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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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174:俺の頭上を越えてゆく

「ピョロリー」


 ひぃひぃと息を切らせつつ、急ブレーキのかかりそうになる足をなじりつつ、速度をコントロールしながら必死に走る。

 呪われそうに甲高い鳴き声が背後から迫り、否応なく気持ちを焦らせた。


 走れ、走るんだ。気になっても絶対に振り返っては駄目だ。

 B級ホラー映画なら、その時点で死ぬ。

 でも……様子が分からないと対処のしようがないよな?


 緩やかな丘を登り切ったと気付いて、一瞬だけだからと振り返り、呆気にとられた。


「あ?」


 間違いなく、三匹のコチョウは追いかけてきている。

 ただ、思ったほど距離は縮まっていないどころか、徐々に引き離しているようにも思えた。

 というより、俺と同じように必死な様子だ。


「どういうこと?」


 スリバッチほどでないにしろ、俺から見れば速い。

 走る速度を落として観察すると、どうも飛び方の問題のようだ。

 追ってくるときでさえ、上下にふらふらと浮き沈みしながら飛んでやがった。


「無駄過ぎる……」

「……ピョロルー」


 さらにはコチョウらも、丘を登り切ると速度を落とした。

 これまで戦ってきた魔物を見るに、疲労もするらしいが、マグの流出に関係しているような節がある。

 今追っているこいつらには石をぶつけてすらいないのに、動きが鈍ったのは何故だ。


「そうだ、石を拾ってたな」


 袋から幾つか取り出して握り、また背後を振り返ると、三匹の距離が離れ始めていた。

 ふらふらした動きに加えて、横への動きも増えたというか、こっちへ来たいのに戸惑っているような。

 あ、結界だ。

 こいつらのレベルだと、この辺が嫌な気分になる範囲ってことか。


 そうと、分かれば。

 立ち止まって、背後へと向き直る。

 先頭を飛ぶ根性のある一匹に目がけて、思い切り石を投げつけた。


「ビョッ!」

「よっしゃ、当たった! って、え?」


 とっさに横っ飛びに避け、飛び起きる。

 真正面にコチョウが居た。


「汚ねえぞ! 真っ直ぐ、飛べるじゃねぇか!」

「ピョル!」


 初めから本気出されなくて、本当に良かった。

 急いで剣を右手に持ちなおそうとして取り落とし、コチョウが頭上にのしかかろうとしてくるのを転がって避けながら拾う。


 泡を喰って飛び起きようとしたが、今日の分の筋力ゲージは尽きたらしい。

 立ち上がろうとしたが片膝立ちになってしまい、頭が真っ白になりそうになる。

 が、それは皮肉にも結果的に良かった。

 こっちの動きに反応したコチョウも高度を下げたのだ。

 手を伸ばせば届きそうな位置に降り立ったコチョウは、巨大花に下半身が埋まり、当然羽の動きも止まる。


「う、おおおぉ!」


 その羽を目がけて下から突き、切り上げていた。


「ひョロッ!?」


 バランスを崩して側面から転がったコチョウの、腹だか尻だかを切り裂いて始末する。

 やっぱり柔らかそうな見た目の通りと言っていいのか、コチョウの強度は低いようだ。

 よ、よし。まずは一匹。


 後の二匹はどこだと辺りを見回すまでもなく、マグ煙の向こうに、すぐそこまで追いついている姿が見えた。

 一息つく暇もなく、どっこいしょと立ち上がる。


「ピョルリー!」

「ぴょろぴょろと、うるせぇよ」


 柔らかい相手だ。

 二匹が並んでいるわけではない。一匹ずつ倒せば、どうにかなる。

 剣が届きさえすれば、勝てるんだ。

 だけど、どうにか立ち上がった膝は笑っていた。

 あんなに走るから……。


「くそが……あ、相手に不足はないぃ!」


 あえて重心を前に傾け、足を踏み出す。

 近付きすぎたのか複数だからか、コチョウは羽の特殊攻撃は使わず、体をこちらに傾けた。

 突っ込んでくるかと、こっちも身構えて剣を下から突き上げようとした寸前、ぐるぐると巻いた口が鞭のようにしなるのが目に入る。


「な……!」


 まだ隠し玉があったのかよ!

 ノマズに串刺しにされた過去が甦るが、あれは腿だ。

 それも危険だが、気分的には頭の方が嫌だ。

 飛ぶコチョウの口が、眼前に迫る。


「させるかあああぁ!」


 腕で頭を庇いつつ思い切り踏み込み、剣を突き出そうとした。


「ぱヒャッ」

「ヒャぷッ」


 眼前のコチョウの胴が横から千切れ飛び、爆ぜる。重なるように、背後のコチョウも千切れ飛んだ。

 突き出した殻の剣先は、遅れて飛び散る赤いゼリーを掠めていた。


「……手応えが、ない?」


 というより、どう考えても俺の軌道じゃない。

 周囲を見渡すと、森から出てきた誰かが手を振りながら何か叫んでいる。

 おかしな動きも混ざってるから、手振り信号なんだろう。残念だが解読不能だ。

 しかし問題ない。でかい声だから少し近付くと内容も分かった。


「おぉーい、タルゥーオ、大丈夫かぁー!」


 聞き覚えのある声は、岩腕族の低ランク冒険者クロッタだ。同じく岩腕族のバロック、ライシンたちが続き、最後に森葉族のデメントが杖を掲げながら逆の腕を杖に傾けた。

 なるほど、攻撃は魔技だったらしい。

 あまり嬉しくないが、解読できてしまった。


 俺も手を振り返すと、緩やかな坂を花を蹴散らしながら駆け上ってくる四人を妬ましく眺める。するとコチョウのマグ煙が、薄く伸びながらもデメントへと流れていくのに気付いた。

 結構な距離があっても有効なんだ、と納得したところで合流する。


「おい、なんともないのか!」

「頭にぐさーってやられて、血でも吸われてるのかと思ったぜ!」


 角度的に、そんな風に見えていたのか。

 って、血を吸うのかよ!

 腕を犠牲にしようなんて、恐ろしいことをやらかすところだった……。


「怪我はない……ちょっと、討伐してみようかと思って」

「げっ! 獲物を取っちまったのか、すまん!」


 懐に入れたし、いけそうだと思いはしたが、ストロー鞭にだけ目が行って全体の動きが見えていたわけではなかった。

 正直あのままだったら、仕留めることができたとは言い切れない。

 俺の方が仕留められたとは言わないまでも、確実に刺し違えていたはずだ。

 しかも、もう一匹が到着する前に、致命傷を与えられたかも分からなかった。


「ああ、いや助かったよ。怪我しそうだったし」


 だから、ゴツイ野郎どもが、子供が怒られそうだと親を見るような顔して震えるな。キモイから。


「そ、そうか。さっすが俺たちだ。見間違ってなかったぜ!」


 立ち直り早いところは、本当に見習いたい。


「そっちこそ、こんなところで何してたんだ」


 確か四人組じゃないと言っていたはずだが、俺が会う時はいつも一緒にいるな。

 俺も最近では結構、西の森周辺を歩き回っていたと思ったが、遠目に見た冒険者らの中にクロッタたちの姿はなかった。

 そんなに頻繁に擦れ違うほど人数は少なくないだろうし、そんなもんかとも思っていたけど、単に討伐先を変えていたのか。

 ただ、低ランク中は、そうそう選べる場所もないはずだ。

 森の奥地から出てきたんだから、花畑に来たはずはないだろう。低ランク冒険者が初めに放り込まれる場所で、うんざりしてると言っていたし、街に戻るところだろうか。


 などと不思議に思っていると、機嫌を直した四人は、揃って胸を反らすと満面の笑みを浮かべた。

 怖い。

 聞いてはいけない話を振ってしまったようだ。

 腰に手を当てて、顔は期待に輝いている。何かを自慢したくてしたくて仕方がないといった感じ。

 なにか、ものすごくスルーしたい空気が漂っている。


「ぐへへ、聞けよタロウ」

「聞いて驚くなよタロウ」

「悔しがれよタロウ」

「なんと俺たちはな、タロウ」


 思わず聞かずに帰りたくなった足に、力を込めて踏みとどまる。


「なんと、中ランクに上がったのよぉ!」


 四人分のでかい声が上がり、続いて高笑いが空に響き渡る。

 思わず耳を塞いでしまった。

 どうだと鼻高々にふんぞり返っているツラを見ていると……殴りてえ。


 そういえば、俺が中ランク冒険者たちと出かけているのを、羨ましそうにしていたっけ。

 なるほど、それは嬉しいでしょうとも……素直に祝うとしようか。


「頑張ってたもんな、おめでとう!」


 俺を地獄の草刈り道へ引きずり込んだ根源どもだというのは決して忘れないが、お蔭さまで商売繁盛しているよ。くそっ。

 それに、あの怠けてるのかなんなのか分からない態度も、他の奴らを見て大差ないと今は知っている。

 頑張っていたらしいのは確かだ。多分。


「そう素直に褒められたんじゃ、どう反応したもんか困るじゃねぇか」

「改めて言われると照れちまうぜ、げへへ」


 身を捩りながら、げへげへ笑われる方が困る。


「おぅ、そんなわけでだ。西の森の浅い場所だけでなく、もうちょい先を巡ってるってこった」


 ああ、何してたか聞いたんだった。

 街へと移動を始める四人につられて、なんとなく俺も並んで歩き始めた。

 まあ、日が傾き始めているし、ちょうどいい切り上げ時だろう。

 これからは真面目にレベル上げに勤しむと幾ら息まいたところで、森葉族でもあるまいし夜の討伐は危険すぎる。


「それにしてもよ、タロウも雰囲気が変わったじゃねえか」

「そ、そうかな?」

「おぅ、こんなに早く防具揃えるなんて、大したもんだぜ」

「……今日、手に入れたばかりだよ」


 なんだ、そっちか……。

 俺の立ち居振る舞いに貫禄が出てきたとか、そういったことではなかった。


「俺たちだって、街に来てすぐは一文無し同然でな。装備を揃えるのも、もっと時間がかかったもんだぜ」


 そう言うクロッタも革製の鎧を身に着けているが、俺のベストのような薄く柔らかな革ではなく硬そうだ。

 素材のランクから違えば、そりゃ苦労するだろう。おまけに俺のは、ストンリお任せの怪しい試作品だ。

 というより、こいつらの装備、以前より良くなっているような……揃えるだけでなく、既に買い替えさえしているのか。

 くっ……同じ低ランクでも、こうも稼ぎが違うとは!


「それがようやく中ランクだぜ!」

「でさぁ、ランク上げるのによぉ……」

「まさかあんな奥地までなぁ……」

「緊張もしたが、それより嫌な試練だったぜ……」

「ケムュッ!」


 それから四人は、ぎゃーすかとランクアップについてのあれこれを口々に語りだしたが、同時に言われても聞き取れねぇよ。

 とにかく、ものすっごく浮かれてるのだけは分かった。

 そんな態度ながらも、そこらのケムシダマはしっかりと片づけていく。


 ほほぅ、それらしくなったじゃないか。

 俺などに言われたくはないだろうが、これまでに会った中ランク野郎どもと比べると、悪いが戦いぶりは低ランクなりだったなと思う。

 それが装備も良くなってるし、前より周囲への配慮も出来ているようだ。

 アラグマ一匹に苦労していたとは思えないな。

 それにしても、成長するの早くないですかね?

 ……これが普通だってことくらい分かってるけどさ。


「ぎゃあ! ゲロ吐いたぞこのケムシ野郎!」

「デメント、てめぇはいつも教えるの遅いんだよ! べたつくぅ!」

「だから、そっちに寝そべって見えてねぇって言っただろ……言ったよな?」


 こいつらが低ランクなりに思えていたのは、この落ち着きのなさのせいが大きいのかもしれない……。

 草原を横切り、結界柵が近付いたところでバロックが振り向く。


「タロウはギルドに戻るんだろ?」


 なんとなく戻ったが、確かに、一旦報告に向かう方がいいかな。

 頷いてみせるとクロッタが続けた。


「おっとそうだったな。俺たちゃ西の倉庫に用があっから、ここでな」


 こいつらも、筋肉まとめ役の配下に加わるんだろうな。

 まずは後輩思いという名で、禄でもない悪戯に喜びを見出しているらしいヤミドゥリたち先輩中ランク冒険者の下で揉まれるのが先か。

 ……ランクアップも良いことばかりではなさそうだ。


「ランク上がったからって、浮かれるなよ」


 俺が言っても説得力ないというか、逆に経験豊富で説得力あるというか。


「いやぁ、難しいなあ、それ」

「うっきうきに決まってんだろ!」


 ダメだこいつら。


「じゃあな。タロウも頑張れよ」

「またな!」


 こうして低ランク仲間と知り合ったところで、次々と俺を越えて先へ進んでしまうんですね。

 一抹の寂しさと虚しさが心に風穴を開けるような気分で、俺は手を振り奴らが遠ざかるのを見送った。


 街なかへ戻りながら、マグタグをちらと見る。

 そう言えば、レベル上がらなかったな。

 さすがに、もう一桁レベル相手を二匹倒したくらいでは無理か。

 あんなに苦労したのに、腑に落ちない……。


 俺は今日ようやく、低ランクのスタートラインに立てたかもしれないといったところだ。

 最後は助けられてしまったが。


 それでも、花畑で最強の魔物を討伐できたのだ。

 もっと喜んでもいいはずなのに、クロッタらのランクアップを聞いて、少しだけ気落ちしていた。


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