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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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172/295

172:雪辱戦

 新しい装備の重みを全身で感じ、生まれ変わったような気分で大通りを歩いていると、道行く人々の視線を集めているような気がしてくる。

 行きつけの店となりつつある雑貨屋の店員と目が合って挨拶をするが、その後に客と話している様子に余計なことを想像してしまう。


「やだ、あれ見て。防具なんて着込んでるわよ。人族のくせに」

「あら本当。ぷっ、着てるっていうより着られてるわよね」


 なんて言われているのではないかと考えて落ち着かない。そわそわしながら全力小走りで南の森へと急いだ。


 予定のない日で良かった。

 まずは体を慣らさなきゃいけないが、それだけではない。防具を手に入れたことで、いくつか確認したいことが出てきた。


「おい、出て来いカピ師匠」

「キェシャ!」

「なになに、我が弟子よワシを超えてみろだと? 吠え面かくなよ!」


 飛びかかるカピボーを正面から受け止める!


「キャピャー!」

「なにか、鳴き声が普段と違わない?」


 それは気のせいだが、ぶつかり方に違いがある。

 よく見れば齧ろうとしているのだが、ちっこい牙だ。さすがに革は通らないらしい。いつもなら服に噛みついてぶら下がるのに、掠ってバランスを崩しては転がっていく。

 さすがはカピ師匠。

 間抜けた行動ながら、これまでとの違いを浮き彫りにしてくれた。


「ほほぅ、これがまともな防具の効果なのか。助かったよ、もうお前に用はない」

「シャぴェ!」


 カピボーを叩き落して、次はケダマだ。

 森の奥へと分け入り、横から飛んできたケダマに左腕を掲げる。カピボーの牙よりは長く鋭い爪が腕を掴んだが、こっちも通らない。そのままケダマが取り付いた腕を木の幹に叩きつける。


「キぷャ!」


 あっけなくケダマは潰れたが、ヒソカニ殻かカワセミ革のお陰か、腕に伝わる衝撃も軽減されていた。

 本当に安物かよ。俺には上等過ぎる気がする。

 それにしても重苦しいような感覚は、なかなか消えない。

 別に動きを阻害するなんてことは一切ないんだが、ここまで存在を主張するものを着たことがなかったから気分的に引っかかる。


「すぐには馴染まないよな」


 ちょっとばかり厚みがあるだけの服で、革ジャンみたいなもんだろうと思っていたが、かなりの存在感だ。柔軟性は低いし、通気性も悪いせいで気になるのかもしれない。元の世界でも兵の装備とか重いと聞いたが、こんな気分なんだろうか。


 これまでポンチョ程度で邪魔臭いなんて言って悪かった。こんなんで他の奴らは動き回ってると思うと感心する。シャリテイルは除く。

 嵩張るパーツ付けてる奴も多いし、見た目よりずっと重いんだろうな。確かに、これは疲れる。俺にとっては気分的なもんだけど、他種族にとって、なるべく身軽でいたいってのは結構シビアな問題なのかも。

 だから泊りがけで討伐するときくらいしか、まともな装備は持って行かないんだろう。この辺の危険度も、あいつらには低めだろうし。


 ともかく検証は済んだ。

 マグ回復の魔技石はある。回復薬も取り出しやすいポーチに放り込んでる。

 敵に挑む準備は万端だ。


 今の俺なら、あいつを……あいつを()れるはず。

 そう、ノマズに雪辱戦だ!


 目指せ、奥の森の奥――沼地へ。


「やっぱりキモケダマが面倒だから迂回しよう」


 草原側から入り込んで、こそこそと森の中を移動する。途中で四脚ケダマ数匹に見つかってしまったが、随分と戦いやすくなった。背後に回り込まれても、身体に穴が開く心配をしなくていいのは大きい。


 徐々に湿った土臭さが漂いだした。柔らかくなりつつある地面の上に、ゆっくりと足を運ぶ。


 ノマズ戦がトラウマになったのかは分からないが、俺は本当に、この世界に生きていて、死んだらおしまいだってことを実感した出来事だったのは確かだ。

 現レベル以下の相手なら戦えるはずだと思いつつ、あれからレベルが上がっても、ずっと再挑戦を避けてきた。さらには山道整備の依頼を受けたのを良いことに、考えないようにしていた。

 慎重になんて言い訳して尻込みしてたんだと気づいても、だからと言ってそのまま突撃するのも馬鹿だしと、思い切って装備を注文した。


 最近、急にレベルが上がりやすくなった気がしたのは、やっぱ気のせいだ。ほぼ一桁レベルの魔物ばかり相手にしていて、たまにレベル20ほどある魔物を何匹か倒したんだ、そりゃ上がるよ。


 もうちょい生活が安定してからなんて逃げそうになるのをこらえて、防具を揃えて良かった。

 レベル差が縮まったこともあるが、今は腿がカバーできている。四脚の重さで取り付かれた感覚からも、抉られる心配なく十分に戦えると感じた。

 さらにケロンやハリスンの手応えと比べれば、やれる気はしている。


 足が沈む感覚のある場所まで来て、木を背に立ち、暗い地面を睨む。

 土が盛り上がったような筋が幾つか見える。魔物が移動した名残りだろう。

 ヤツが居ると思うと、手に力がこもる。


 ノマズはぬるっとしているのと、弾力があるせいで殻の剣は通り辛いだろう。マグ強化で切れ味は上がっているが、レベル差を考えると心もとない。

 ケロンを相手にしたとき、手にしていたのはナイフだった。

 もし、あれが殻の剣だったら、ぬめった口内に滑って弾かれたか、折られていた可能性もあると思えた。


 やはり、ここはマチェットナイフがいい。

 あの時よりも、手はしっかりと柄を支えられているのが感じられた。

 レベルが上がったお陰か、ようやく扱いに慣れたか、やたらと集中しているせいか。いや、それだけじゃない。

 俺は余計なことに気付いてしまった。


 これは、草を刈り尽した手応えなのだ。

 握力がかなり上がっている。思えば異様なほどだ。握力だけではない。ナイフを持つ腕がぶれない。


 砦兵のヴァルキに言われたことが頭を過る。

 剣の練習でもすりゃ様になるだろうと言われたことは、ぼんやりと頭にひっかかってはいた。

 笑えてくるよな。

 野宿したくない、食っていかなきゃならない、明日の事は分からないしと不安で必死に刈っていた。それが、ずっと素振りをしていたようなもんだったんだ。

 何千、何万と振り続けてきた、この力を解放するときが来た――。


「あ、フナッチが出る可能性もあったな……えー気を取り直しまして、ノマズさん、どうぞ」


 咳払いして、適当な土の盛り上がりに石を投げた。

 ねちょ。

 そんな音を立てて地面はひび割れ、泥が跳ねあがる。

 姿を現したのは、丸く巨大なオタマジャクシ。


「当たりだ!」


 ノマズの正面に立ち、その鼻面から伸びて、にょろにょろと揺れる憎き髭をにらむ。まずは特殊攻撃を封じる必要がある。

 怯えるな。草のようなもんだ。

 ノマズはのたのたと歩いて近付きながら、ゆらりと髭を持ち上げる。


「二度と、串刺しにさせるかよ!」


 ばいーん。

 意気込んではみたが、一瞬でノマズの頭が迫っていた。

 ナイフを振り下ろす前に跳ねたノマズは、その勢いで髭を伸ばす。

 とっさに腕を広げて、腹に巨体を受け止めた。


「ぐげっ!」


 汚ぇぞ、なにを変態的な跳躍かましてんだよ、お前と感動の再開での抱擁など望んでいない!

 ノマズの勢いと重みに後ずさり、木に背中をしたたかに打ちつける。

 ま、また、喰らってしまった……無念。


「まだだ、前とは違う……!」


 ぶつかって落ちたノマズは、勢いで転がり体勢を立て直す。

 その隙を見逃さず、上体をひねって力を乗せたナイフを薙ぐと、今度こそ髭を断ち切っていた。ノマズは、激しく転がり身を捩る。そのたびに切れた髭の根元から、赤いマグが飛び散った。

 ぬめって掴みづらいし、尻尾からの攻撃を警戒して隙を伺う。

 間もなく気を取り直したノマズは、さっと正面を向き、頭を引いた。

 突進の予備動作だ。距離は近いし素早いが、ハリスンを見た後では以前ほど脅威に感じない。

 見切った!

 ノマズは身を捩ると再び、だばーんと跳ねた。同時にささっと横移動だ!


「でぇ!」


 避けたのに、足に食らうってどういうことだ。

 でかいノマズの頭の向こうで、平べったく長い尻尾がしなるのが見えた。

 そいつのせいかよ。


「く、くくく……その程度かノマズよ」


 腹に喰らった髭と体当たり攻撃など効くはずもない。なぜなら、今は防具があるからだ。しかもモグーの葉っぱ入りのな!

 そして脛に受けた攻撃も、ヒソカニ殻のお陰で切り傷など皆無。

 とはいえ当たり前たが、装甲が硬かろうと重量物を受け止めた衝撃を軽減はできない。


「げべっ」


 ノマズは大きく飛んできた後、足元の地面からびよんびよん跳ねて頭を腹にぶつけてくる。

 くそっ鬱陶しいな!

 一度組み合った相手だ、重量は覚えているぞ。

 ノマズの勢いを抑えるべく、巨大な頭だか胴体を抱え込むように腕を回す。そのまま後頭部に手を伸ばして尻尾の根元から生えているヒレを掴むと、そのまま足から力を抜き、自分の体重を利用して体を傾け地面へと落とした。


「おらぁ!」


 ぼよんとノマズの体が地面を跳ねるが、それを膝も使って抑え込み、掴んだヒレは意地で離さないまま振り切られる前にナイフを突き立てる。己の鍛えた腕力と握力を信じた行動でもあった。


 何度か組み合って切りつけるか、前と同じく突き刺したまま息絶えるのを待つことになるのか――そう、考えていた。


「はへ?」


 ノマズの眉間に深々と刺さったナイフは、あっさりと頭を縦に引き裂いていた。

 これまで自力では意識して見たことのない量の赤い煙が、体にまとわりつく。


「い、いちげき……?」


 手応えも、思ったより軽いものだった。前は、あんなに押し返されるような弾力を感じていたのに。


「おぉ……う、うおおおぉぉ!」


 思わず場所を忘れて叫ぶも、すぐに振り上げた拳が宙で固まる。


「って、冷静に考えたら、レベルはそこまででもなかったな」


 それでもレベル14で、ミズスマッシュと同じか。

 ミズスマッシュは虫だから外殻が硬いのもありそうだが、ノマズの弾力もなかなかのものだ。

 レベル10を超えると、いきなり手応えが増す。例外はカラセオイハエだが、あいつは殻に栄養が行ってるせいだろう。


 手応えはともかく、そう素早くはないと思うが手こずった理由はなんだ。

 ふと足が重く感じて視線を落とす。

 ああそうか、泥だ。

 足元を見れば靴は泥まみれで、半ば地面に沈み込んでいる。そりゃ、踏ん張ろうにも加減が狂うだろう。

 こういった場の影響もあるのが、ゲームと違って面倒なところだな。


 森葉族なら気にせず動けそうで羨ましいことだ。

 でも岩腕族はちょっと苦手そうだな。

 お、もしかして、この感覚。他の奴らが、なんとなく他種族の得手不得手を考える時って、こんな感じって気がする。


「おっと、まずい。戻ろう」


 ノマズ一匹に勝ったと喜んで、他の奴らに沼に引きずり込まれたら笑い話にもならない。

 泥で、すっかり重くなった体を引き摺り、のろのろと歩き出す。


「ギャー」


 そう思ったそばからフナッチに食いつかれて倒したりしつつ、沼地を後にしたのだった。


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