171:カスタマイズアーマーコンプリートエディション・低
とうとう正体を現したな。
いずれ貴様とは決着をつけねばならないと思っていた。いつもいつも、こそこそと付いて回りやがって。だが、今度こそ逃がさん。
そこを動くな……よし、捕まえた!
「ふがっ! いってぇ……」
クソ鼻毛が。
最後のあがきは何度でも俺を苦しめるぜ。
こんなむさい街に汚れ仕事だし、外見なんか気にしなくてもいいんだろうが、時々狙ったようにムズムズするんだよ。戦闘中だと命にかかわる。命に……えー、命にかかわる熾烈な戦いを繰り広げているとも。
引っこ抜いた一本を、葉っぱで作ったゴミ入れに放る。折り紙の箱を作る要領で作成した小さなものだ。
ゴミ入れの横に並んだ鏡を見る。少し歪んで曇っているが、あるとないとでは大違いだ。鏡もあるんだし、鼻の方の道具も何かないもんだろうか。
ふと手元にある、ひげ剃り用に使っている小さいナイフが目に入る。
「お、あるじゃ……むりむり」
指ぐらい幅あるじゃん。
まあ、くだらないことと言っていいのか、意外と死活問題と言えなくもないような……ともかく、こんな些細なことで悩めるとは俺も良いご身分になったもんだ。
「……仕事行くか」
さて、午後はどんな顧客が森から飛び出してくるのだろうか。まずはカピボーさんだろ、それからケダマさん。顔なじみばかりかよ。もちろんお得意さんへのご挨拶は大切だね……はぁ。
お肉製造現場から、いったん体を洗いに戻ってきたわけだが、気が抜けて目蓋が重くなってきた。目蓋をこじ開けるようにして階下へ向かい、おっさんの言葉に目が覚めた。
「おぅタロウ、戻ってたのか。ちょうど良かった。ベドロク装備店から伝言だぞ」
「ストンリから?」
おお、ついに来たか!
「やけに嬉しそうだな」
「新しい装備ができたんだよ!」
「ほぅ、順調に頑張ってんな。嬉しいからって無理するんじゃないぞ。気を付けて行けよ」
「分かってる!」
そわそわと落ち着かない気持ちだが、昼飯を食って出ようと思っていたこともあり、慌てて掻き込んで咳き込む。味わうのもそこそこに、急いで宿を飛び出した。
「ストンリ、伝言聞いたぞ!」
「狭い店なんだ、大きな声出さなくても聞こえる」
またストンリは半開きの眠そうな目と覇気のない声で出迎えた。俺を確認すると商品棚の側に置いた大きな木箱へと手を伸ばし、次々と中身を取り出しては台に並べていく。
「まさか、その装備作るのに夜更かししたんじゃないだろうな」
俺如きの装備、なんて言うと虚しいが、そこまで無理してもらうほどの額でもないというのは、すっかり知ってしまっている。
「別件。タロウのは、頼んでた部品さえ届けば組み合わせるだけだったから」
「だよな。知ってる」
改めて台に乗ったものを見おろした。茶色い艶のない革製で、いかにもイメージの防具そのものだ。
これが俺の物になるのかと思うと、ちょっとした感動が湧いた。
「ありが……」
礼を言うのにストンリの顔を見て思い出したことがある。正確に言えば、顔の真ん中。
「ないな鼻毛」
「なんだ藪から棒に」
あ、こめかみがやばい。
「いやそのぉ、除去する便利な道具があるのではないかと思いましてね……」
「初めからそう言ってくれ」
睡眠不足の人間を怒らせてはダメだ。
言いつつもストンリは、既にカウンター隅の道具箱の中からアイテムを取り出していた。さすがはストンリえもん。
手渡されたのは、綿棒サイズの黒い棒だ。手のひらに乗せて、まじまじと見れば、棒は縦に割れており先が開くようになっている。トングのような形状だが先端まで半円に丸まっているから、鼻の中に突っ込むとしたら粘膜を痛めない親切設計だろう。
挟めそうなのは分かったが。
「これは……毛抜き?」
「挟むと切れる」
なんと鼻毛鋏か!
こんなに小さくて精細な道具まで作れるとは、実は大した技術がある世界なのではないだろうか。見た目の生活水準的に何百年と昔っぽい雰囲気に惑わされてしまうが、忘れてはいけない。ここは異世界なのだ多分。
「すごいな、試していいか。もちろん買うから。いや待った、お値段はお幾ら万円で……」
「500でいい。まんえんってなんだ」
ストンリは嫌な顔をして箱の底から鏡を取り出した。
ではさっそく、ちょきちょきと。
「おお、切れる……簡単に切れるぞ!」
「そんな魔物素材だけのもんで喜ばれても」
「え、魔物素材?」
「ヒソカニの触覚を割って加工しただけ……なんで投げ捨てる」
「すまん、つい」
いかんいかん。魔物素材だらけなのは当たり前じゃないか。盲点だったな。
「お買い上げありがとう」
「嫌味っぽく言わないでくれ。ごめんって」
無駄にテンション上がって損した気分だ。
「本題」
「そうだった」
苛立ちはじめたストンリに促され、慌てて鼻毛鋏を道具袋にしまった。
試着すべくポンチョや肘当てなどの部分装備を取り外して、まずは革のベストを手に取った。シャツの上から腕を通し、ダブルベストのように合わせが脇に寄っている部分の小さなベルトを留める。
ベストと言っても、肩が隠れそうな幅がある。元々他の装備と組み合わせることが前提のような作りなんだろうか。肩口にも小さなベルト通しがあり、そこに肩当てを装着するらしい。俺の場合は樹皮甲羅の肩当てだ。最低品質の革素材と比べても樹皮素材は見劣りするが、相乗効果はあるだろう。あるはずだ。
後は葉っぱブラにならないかと不安だったモグーの葉っぱだが、表からは全く分からない。胸部は分厚いが、内側にも革が重ねて縫い合わせてあるようだから、その間に挟まれてるんだろうな。
安心して腕を覆うカバーを手に取る。肘の内側に切れ込みがあり、二の腕の内側のベルトを留める。これと似た構造の膝下と腿を覆うカバーを最後に装備。
それらの上から、元々あるグローブやら肘当てやらを装着し直していった。
「お、おぉ」
思わず手を握ったり開いたりしてみるが、手の平には関係なかった。
薄く柔らかめの革と聞いていたが、上半身を捻ったり腕の曲げ伸ばしをしてみると、厚みのある革が全身に貼りつくような、引っ張られるような感覚がある。フィットしてるってことでいいんだろう。
革特有の臭みさえ気にならないどころか、プロっぽく思えて嫌でも気分が盛り上がるというものだ。
これは、すげえ嬉しいな。
「見たところ問題なさそうだ。着心地はどうだ」
ストンリの確認の言葉に我に返り、即座に最高だと答えようとした。
「お、重くるしい……」
「笑顔で言うことか?」
ぺらい装備と舐めていた。
全身に分散した重みは実際に重量を感じさせることはないし、別に動きを阻害するわけでもない。なにより人族の体だし大差はない。
「これまで薄着だったから」
ポンチョだって丈夫なものだし身を守れている気になっていたが、こうして本物の防具を着込んでみると、これまでいかに無防備だったかと思い知らされる気分になる。パンツ一丁で魔物に挑んでいたような錯覚を覚え、体が震えた。
「まずい部分が?」
「い、いや、着心地はいい。調整の必要はないと思う」
ストンリは安心したようだ。
しかし俺は一つ、問いたださねばならないことがある。
浮かれて着込んでしまったが、肘から手首までの部分と脛と腿の前面に、黒くざらついた板が取り付けてあるのだ。軽く叩くと鈍い音と共に、硬い感触が手に伝わる。
この色艶といい、筋肉まとめ役のグローブなんかと風合いが似ている……ま、まさか、金属素材で強化とかじゃないだろうな?
もしクロガネなんて高級素材だったら……そんな余裕ないぞ俺。
血の気が引いてストンリを睨む。多分睨んでいる。涙目ではないはずだ。
「お、おい、なんの加工しちゃってんだよ。オプションは無しだったよな?」
「もちろん。ああそれ、殻」
「は? 殻ってこれが? まるでクロガネみたいじゃないか」
「大げさな。そんな強度はないよ」
確かに触ったことはないが、カラセオイハエの殻が軽く思える重量感がある。これで殻なのかよ。
「この前、珍しい持ち込みがあった。それはヒソカニ殻だ。殻の中では最高品質の素材だが、そう値段に差はないから安心しろ」
「そ、そうか……良かった」
「たまたま手に入ったから加工してみた……じゃなく、金額内でのおまけだ」
ストンリの趣味だというのは、よぉく分かった。
しかし、これがヒソカニの素材なのか。それも珍しいとは……どうも、ものすごく身に覚えがある。
それって、俺がシャリテイルに拾わされたやつだろ。
「上質で珍しいのに安いって、所詮は殻だから誰も拾わないのか?」
「いや、そこそこ拾う。食器に使われることが多いから、装備屋への持ち込みは珍しいんだ」
食器! そもそも装備用でもないじゃねーか!
そんなオチだと思ったよ!
「かなり使える素材なんだぞ」
俺が嫌がっていると思ったのか、ストンリはふて気味に殻素材の有用性を解説し始めた。さすがは素材フェチ。
「こいつは丈夫でキメが細かい。頑丈さでは金属素材に劣るが、大抵の中ランクの魔物を相手取るのにも不足はない。軽いし水漏れの心配がない上に、革製の水袋と違って皮臭さもない優れものだ。加工のしやすさから汎用性も高く……」
終わりそうもないので諦めて聞くことにし、水を飲ませてもらおうと断りを入れ水筒を取り出した。
「なんだ、活用してるじゃないか」
「あ、なにが?」
途端にストンリは機嫌を直したようで、厳しい表情を緩めた。どれを指してるか分からんが、初期装備?
そういえば、こっち来て役に立ってるのって、ほとんど初めの装備だ。今は見た目ほどしょぼくはないと知っているものだが……殻装備ってどれだよ?
「その水筒は、ヒソカニの中でも最も丈夫な鋏部分を……おい、店ん中で水を飛ばすな」
水筒かよ!
なんてこった……俺は呪われた装備を身に着けていたようだ。
「それで、特に問題はないんだな?」
腹立ちを通り越したのか呆れ声のストンリに、俺は大きく頷いてみせる。
「後は、実際に動いてみなくちゃな」
「そうだな。違和感があれば、すぐに持ってこい」
商談成立だとストンリはマグ読み取り器を取り出し、俺はタグを押し付ける。
防具は注文時に前払いしているから残りの代金と、本日追加の鼻毛鋏代、しめて八千マグ。この程度の出費では、びくともしなくなったぜ。
「くくく」
薄気味悪いといったストンリの視線をスルーして、俺は上機嫌でベドロク装備店を後にした。




