17 :金色の草っぱら
今朝も夜明けと共に目覚め、早くから刈り場へと乗り込んだ。
ふさふさとした緑の波に一礼する。
今日も手合わせ願いつかまつる。
いやぁ現場直行って楽だ。
「ぁあっしまった、伝言忘れてた!」
やっちまったよ。
十五束刈れて、働いていけそうだと思ったら言付けるつもりだったのに。
自分で忘れるフラグを立ててどうする。
仕方ない。帰りは忘れないようにしよう。
そろそろかなり、考えても答えの出ない疑問が溢れてきたし、ギルドで気軽に聞くのはやめた方が良さそうな、微妙な質問もありそうなんだ。
種族特性のこととか。
今は頼れそうな人も他にいない。宿代に余裕が出来た今の内に、確認しておいたほうがいいよな。
よし、今日の草刈り中の脳内仕事は、この質問をまとめることに決まり。
昨日は子供の強さにショックを受けてペースを乱したが、もう惑わされないぞ。
それに、この身体は持久力とやらに特化されていると知れたんだ。
厳密に俺が想像する持久力なのかは疑問だが、ここ数日の働きで感覚的には掴めているつもりだ。
念のために休憩を挟むとしても、長時間は必要ないだろう。
試しに日本での肉体労働系を真似て、午前中、昼、午後で三度の休憩を取ろう。
ただし短い時間で様子をみて、疲労具合で明日の予定を組めばいい。
あとはカピボーの出現頻度によるが、二十束の目標はそう無茶でもないだろう。
感覚として、今は朝の六時くらいかな。
日が沈む前に早めに切り上げるようにすると、午前中の方が長くなるな。午前で十一束、午後で九束を目標に進めようか。
ナイフを構える。
「行くぜ、草葉無双! はああああっ!」
ザクザクッ――。
余計に疲れるから景気づけはこのくらいで。
その後は無言で草刈りに精を出した。
「お、この辺で途切れてるな」
最期の一房を刈り取った眼前に、木々が広がっていた。
冒険者街南側の森だ。
また夢中になって、外側へ向けて一直線に刈り続けていたようだ。
学ばねぇな。
木と木の合間はそこそこ広く、繁みも少ないため、木漏れ日の具合を見るに結構明るい。
それでもこの開けた草刈り場ほどではない。
所々にどうしてもできる暗がりが、やけに不気味なものに感じられてしまう。
魔物が居るって分かってるからだろうな。
平気で祠周辺を歩いていたが、もうあんな真似できる気がしない。
急いで柵に近い方へと戻った。
魔物のイメージだが、やっぱ暗いところが好きとかあるんだろうか。
そういや、草を刈るのは潜む場所を減らすためと言っていたな。
遮蔽物を減らして警戒しやすくするためってのもあるんだろうが、これまでの憎きカピボーの行動を思い返すと法則があるような。
初日のケダマとは午後も半ばで、昨日もカピボーは日が傾き始めた頃になって出だした。
魔物全体か一部の生態か、陽ざしに弱いとかあるんだろうか。
子供は午前中に遊んでいたが、森の中から走ってきたよな。朝からこの辺で待っていても、カピボーは来ないと知っているのかもしれない。
それで暗がりをつついておびき寄せてるのかも。
……いいか太郎。今のお前にはお勧めしない方法だ。やめとけ?
危機感を司るらしき脳の領域が俺の体に釘を刺す。
言われるまでもないわ。
考えたら、カピボーという俺の知らなかった敵が出るくらいだから、他にも知らない魔物が潜んでいる可能性だってある。
無茶はしない。できない。死ぬぞ。
もう少し宿代が貯まるまでは我慢!
順調に作業は進み、午前中だけで十二束を達成した。
午後から魔物が出やすいのかなとの推測に、なるべく前倒しが良いと急いだからな。
何も出なかったとしても、その分草を刈ればいいだけだ。
さすがに少し腕が重くなってきたから、ややペースダウンはしている。
だいぶ早くなったと思ったら、気がつけば硬い草の根元近くまで掴めるようになっていた。
コツを掴んだか。この調子で午後もどんどん行くぞ。
この茅みたいな草っぱだが、綺麗な濃緑色だ。
そういった季節なんだろう。ここに季節があるかは分からんが。
今は昼は暖かく夜はわずかに冷える。体感でいえば春先といった感じだ。
それは俺が着替えを持ってないせいかもしれない。
ともかく、そんな草も、自然だから緑一色ということもなく枯れたような箇所もある。
細くなる葉先に多いだろうか。枯れススキの黄土色というか。
黄金色の稲穂なんて表現もあるが、そんな色が固まった部分に、まさに金色に見える場所がある。
ぎらついていない淡い金だ。
「へぇ、さすがは異世界って感じだな」
街の中や人々の持ち物や装備にも、金を使った装飾品など見た覚えがない。そんな細部まで気が回っているとは言い難いが。
金って、こっちでも貴重品なんだろうかと、またちらと見る。
金ではなくただの草だぞ。
え、ちょっと移動したような。風で揺れただけかな。
がめついことを考えず、草刈りに集中しよう。
いや待てよ。
似たようなことが以前あったような。
手を止めて、金色に見えた草むらの方を見上げたとき、そこではなく、今まさに草を刈ろうとした草むらがバサァっと開いた。
「うわあっ! いてっ!」
「きゃあ!」
慌てて飛び退ろうとして草の根に躓き尻餅をついた。
また草の輪っかになった罠根っこに引っかかっていた。小癪な。
それは今はどうでもいい!
「やっぱりシャリテイルか!」
「そんなに驚くことないでしょう?」
シャリテイルの方も、おどかした方なのに驚いたのか、両手で草を掻き分けて頭を出したまま固まっている。
「なんでいつも潜んでるんだよ。心臓に悪いからやめてくれ」
仮にも俺だって武器を手にした冒険者なんだ。ドッキリかますと危険だぜ?
刃に滴るのは草汁だけだが。
「ごめんなさい。でも後を付けまわしてるように思われるなんて心外だわ」
意外なことにシャリテイルは、俺の悪態に何か気がついたようで、申し訳無さそうに草むらから全身を現す。
「森葉族の特性なのよ。主に森林の中で顕著なのだけど、気配を察知するのが得意でね。逆に気配を抑えるのも得意よ。無意識にやっちゃうのよね」
「へぇ……そうだったんだ」
祠付近の森や街道の物陰で物音がしなかったのは、それが理由だったのか。
ゲームの説明では、森と共にある一族的なことしか触れられていなかった。
戦闘スキルでの特性は、回復などの支援スキルが目立っていたと思う。
中盤以降、レベルが50にも上がると火力の高いメンバーばかり揃えていたから、自然と回復系ばかり選んで使うプログラムだったのだろうか。
直接の指示が出来ない仕様だったから、あまり当てに出来ず、自分で回復アイテムを使うことが多かったが。
戦わない日常的なことに関する知識は説明書になかったし、当然俺にも無い。
それっぽい感じはステータスに反映されているんだろうな。
聞いた限りだと森付近限定の隠密スキルという感じだ。
「おほん。それはいいの。ちょっとあなた、何か忘れてない?」
げっ、責めるような視線が痛い。
「忘れるはずはないというか、考えないようにしていたというか……」
俺は誤魔化すことはせず、馬鹿正直に話した。他に言い様もないし。
冒険者としてやっていけそうならばといった見栄もあるが。
みっともない戦い方というか、結果を知られたくなかったことの方が大きいだろうか。誤魔化したいとすれば、そこかな。
案内してもらう代わりに、話を聞きたいと約束した。不義理なのは俺である。
「ごめん。いま宿代を稼ぐのに必死で。でも伝言くらいしておくべきだった」
「あら素直ね。毒気を抜かれちゃったわ」
シャリテイルはまた両手を胸の下で組んで、その胸を反らした。
俺は何も見ていない。これは視界に丘陵地帯が広がっているに過ぎないのだ。
また疑わしげに目を細めるシャリテイルの気を逸らすべく、一応の理由を添えてみる。
「話せる時間は、今のところこの仕事中だけなんだ。でも草刈りに付き合わせるのもどうかと思うし」
それは本当だ。
幾ら約束はしたといえども、話をするために時間を作ってその結果が野宿だなんてのは勘弁だ。もちろん、それならその事を伝えるべきだったが。
「いいの。怪我をしたとか話は色々と聞いてるわ」
話したのはどいつが犯人だろうか。
たぶん全員知っているんだろう。くそが。
「それに、手持ちもなくこの街まで来たっていうのも驚いたけど、その事情で頷けるし」
無謀な人族冒険者らしいですからね。
しかも大人が引き受けることのない仕事をしてるわけだし。
シャリテイルは、俺がまとめて置いてある草束に腰掛けた。
ここで話そうということだろう。
「仕事しながらでいいか」
「もちろんよ」
俺は引き続き、刈りながら話すことにした。