169:余興
ギルドで大枝嬢の説明会を聞き終えるや逃げ出した俺とモブ三人は、ギルド前の通り道でぐったりしていた。
「ふぃーコエダさんは、おっかねえな」
「いや優しいんだけど、俺たちがやり過ぎちまって居たたまれないっていうか」
「ハハハ、いつものことだな!」
俺みたいなやつが、たくさん居たのか。大枝嬢は悟りを開いてしまったのかもしれない。ただの諦めの境地かな。俺も居たたまれなくなってきた。
「というわけでだ。でっかい仕事を終えたなら、祝うしかない!」
「突発依頼の立て替えで懐は痛いが、行くしかねえな!」
「おう、この先十日は小遣いなしとなるが構やしねえ!」
構えよ。
飲むぞ! おお!
といった会話が眼前で繰り広げられ、三人はしゃきんと背を伸ばす。
森からの帰り道はあんなにうなだれていたのに、急に元気になりやがって。
まあ見たところ、駄菓子屋のように懐に優しい店は存在しそうもないし、気晴らしっていったら飲むくらしかなさそうだ。
俺の気晴らしといったら、カピボーらと真剣にたわむれることくらいだし、それよりマシだな。
一旦、宿に戻るか。
「って、え、なにこの腕」
両側から、俺の腕ががっちりホールドされている。
「なにって、飲みに行くって大きな声で宣言したじゃないか」
「いや、俺はそんな……」
「ハハハ、金なら俺たちもない。やっすい店だから心配すんな」
「そっちの理由じゃねえよ!」
「おぉそうか、今晩の話題はタロウだもんな。低ランクで活躍して目立つから照れてんのか?」
話題にする気なのはお前らだろう!
「は、離せええぇ!」
「謙遜すんなよ今日の主役じゃないか。いやぁ飲みに来た奴らに話しまくるの楽しみだぜぇ!」
こいつら、やっぱり禄でもないな!
狭い店内は、八畳もあればいいくらいだろうか、すごく狭い。宿の食堂よりははるかに広いけど。
店内に合わせて無理やり作ったような、小型のテーブルを囲んで、これまた小型の背もたれ無しの椅子を並べて、ぎゅうぎゅうと四人で囲んでいる。
もちろん、周囲も依頼討伐帰りの野郎どもが押しかけているから狭い。
そして当然のように、よく知らないお兄さんたちから声がかかる。
「おぉ、タロウじゃねえか。珍しいな!」
「ここじゃ初めて見たんじゃないか?」
「そうだっけ? 話題になるたびに、そこに居た気になってたなぁ!」
「お前、飲み過ぎなんだよ」
逃げ出したい、このむさくるしい空間。
「ほい、麦酒四人前ね」
ドンと置かれた木のジョッキは、居酒屋のものよりもでかい。
中身はビールっぽい黄色の液体だ。ビールと違い濁り気味だけど。
「痛ぇ!」
「飲むより先に払うもんがあるでしょ」
そうだ、前払いなんだよな。
小型のマグ読み取り器を出した女将さんらしき人に、カマィタが手を叩かれていた。ざまあみろ。
「おっと、タロウの分は俺に出させてくれよ。今日の礼だぜ」
「いやだよ」
「はい、まいど」
さっさと自分の分を払ってしまうと、言いだしたマチが顔を歪めた。
「ぁええぇ!? なんでぇ? 俺の酒が飲めないってのかよぉ!?」
「きもいから泣きそうに言うな! 俺だって働いた後の一杯くらい、自分の金で飲みたいんだよ!」
そもそも、お前らのお小遣いから出た金だけどな。
「タロウも頑固だな」
「それより飲もうぜ」
「喉乾いたな!」
立ち直り早い。
「依頼にお祝いだ!」
「祝い酒!」
などと言ってモブたちはジョッキを打ち付け合っており……乾杯って言い回しじゃないのかよ。それくらい、そのまんま翻訳すりゃいいような。いや俺の認識の問題か。
そんなことはいい。
俺だって誘われて飲みに来てみたかったし、誘われなくとも見物がてら来てみたいとも思ってた。どことなく冒険者といえば酒場が似合うイメージあるし。
ただ、アルコールの影響がどう出るかとか分からないから、まずは一人で試してみたかったんだよ。宿の飯に酒なんて使われた形跡はないし、この街に洋酒入りの菓子なんて洒落たもの……かどうかはともかくありそうもないし、酒で漬けた漬物なんかも見た覚えはないから不安で。
そのうち余裕ができたらと。余裕……た、多少は出来たし丁度良かったのか?
ええい、これもいい機会。少しだけなら大丈夫だ。
よし、飲むぞ!
「ぶぼっ」
「おいおい、嬉しいからって興奮しすぎだぞぉ」
なんじゃこれ……。
苦いっていうか渋みというか、麦の灰汁臭いというか。生ぬるさが、より一層えぐみを引き立てお口に広がり、鼻腔を突き抜け臭みを増す。しかも、ぬるっとした細かな泡がしつこく口の中に留まり、味蕾にまとわりつくという余計な仕事をしてくれる。
体が若い分、舌もお子様なのだ。そうに違いない。
あ、よく考えたら俺、ゼロ歳児?
この世界に飲酒に関する法など存在しないとしても大丈夫なんだろうか。なんて理由を捻り出そうとしたところで、外見年齢はどうみても成人です。
うっわぁ、でも飲まないともったいないし……くっ、もちろん飲むさ。
「ぐぼぇ」
「ハハハ、独特な飲み方するなぁ!」
なんでも良い見方するんじゃねえよ。
風味を誤魔化すように店内に目を彷徨わせると、壁に額縁のように打ち付けられた板きれに、巨大な稲穂が飾られていた。作り物かと思ったが、萎びて垂れ下がり汚れのような茶色のまだら模様は自然に枯れたように見える。
「あれが、これの元?」
「おう、そうだ。見たことねえのか?」
「俺たちだって作ったりはしないだろ」
「それもそうだな!」
まさかと思ったら、まじか。粒の一つが卵くらいありそうなんだが……。
毛がもさもさしてケムシダマを思い出して気持ちが悪い。
花畑といい、この世界にはたまに比率のおかしい植物があるな。
見なかったことにして、なるべく早く飲み切ろうとジョッキを傾けた。
オトギルたちも、ようやく落ち着いて飲み始めたかと思えば、話もそこそこにカマィタが立ち上がった。
「諸君、聞くがいいぞ!」
ざわついていた周囲が、胡散臭げに注目する。
「今日は素晴らしい一日だった。このタロウが、バッサーと退治したんだ! あの巨大流れ草をだぜ!」
「ヒョッホー! す、すげえええぇぇ!」
始まったよ……。
こうして俺の活躍とやらが日々捏造されていたんだな。
今度はオトギルが立ち上がり、不敵に笑う。
「つうわけでだ、お前らにも小遣い出してもらうからな」
「ええええぇ……!」
ああ、なるほど。そんな意図があったのか。
「だが、チャンスをやる。俺に腕で勝ったら、無しにしてやろうじゃねえか!」
突如、うおおおと総立ちで騒ぎ出した。
「汚ねぇぞ! 勝ち続きのくせに何言ってやがる!」
盛り上がりじゃなくて怒りの声だ。
オトギルはどんだけ必死に腕相撲やってんだよ。
「お前らだって、邪魔草いって言ってただろ。これまでも、共に総攻撃した仲じゃないか、え? それでも打ち倒せなかった相手だ。それが、今日この日に、叶ったんだぞ!」
「そうだ小遣いを惜しむ男なぞ、西の森にゃ必要ないぜぇ!」
また暑苦しい雄叫びが響き渡る。耳栓しておこう。
おかしいな。こうも熱くなれる話題だったのかよ、あれ。
「そこまで言われて無視できるか。ほらよ、払ってやるさ!」
「俺もだ、受け取れよ!」
「あ、ち、ちょっと……そんな素直に払われたら、余興が台無しじゃん?」
そっちが本命かよ。
「ハハハッ、ちょっとばかり煽りすぎたかな!」
「あーええと、ともかくですね……挑戦者は誰だぁ!?」
ぐだぐだだな。
「俺がやる」
立ち上がって宣言したのは、この俺だ。
ただの余興だし、腕相撲で力試しなら死ぬこともない。
強さの違いを知る良い機会だと思ったんだ。
どっちかっつうと、いっぺん、こいつにはぎゃふんと言わせたい気持ちの方が大きいが。ぎゃふんって何語だろうな。
あれ、指の耳栓は外したのに静かだ。
なんで静まり返って、目を剥いて俺を見ているんですかね。
俺が挑戦者だよとアピールを込めて、片手を上げてみる。
うおおおおおおおお……!
酒場は割れるような歓声に包まれた。
テンション上がりすぎじゃないか……なんか、おかしいな。
そして即座に、真ん中のテーブルを残して他は端に寄せて積まれていく。
「まぁた、あんたら勝手なことして!」
「まあまあ」
女将さんらしき人が鍋を振り上げて怒っているが、旦那らしき人が宥めている。
大変だよな、酔っ払い相手の商売。率先して騒いですみません。
瞬く間に整えられた簡易の会場。その小さなテーブルを挟んで、オトギルと俺は向かい合う。
オトギルは腕まくりして、挑戦的な笑いを浮かべてこちらを見、俺は背を丸めて縮こまった。
「俺は、強いぜ?」
モブ顔の癖に格好つけやがって。つか、それしか語彙がないのか、好きな言い回しなのか?
「肘とケツは上げるなよ。テーブルに甲がついた方が負けだ」
レフェリー役らしいカマィタに促されて座りなおした。足をしっかり地面につけて力を入れる。
「よぉし、オトギルに一小遣い!」
「手堅すぎるだろうが、そんなもん賭けになるか」
「仕方ねぇ奴らだな。じゃあ、俺タロウに二小遣い。この前勝ったからな」
待てよ、それ単位かよ。
それと俺に賭けた奴。勝ちの分負けてもいいって意味かよ!
くそう、見てろよ。ただでは負けないからな。
「いい目になったな。そうこなくちゃあ、張り合いがねえ」
張り合う気はねえよ。だけど真剣にやる。
テーブルにつき肘を乗せ、手を組む。
「用意はいいか」
「いいぜ」
「おっす」
気合いだけは込めてオトギルを睨む。
肘の真横に、ジョッキの底が打ち付けられた。
掛け声じゃないんだと思いつつも、スタートの合図と理解し全力を手に込める。
「いてててて、待った、待ってタロウ。それ反則」
「えっ、反則? なにか他にあったか」
俺をたばかろうという作戦かと思い、一応レフェリー役を見上げる。
「あぁ指、食い込ませちゃだめだな。腕で勝負しないと」
「うわ、ごめん。つい力んで」
なんと。俺の握力は、低ランクの魔物だけでなく冒険者にも通じるほどになっていたのか?
「なんだよ。なかなか強ぇじゃん。さすが人族で冒険者になるだけはあるな、ハハハ!」
腹立たしいオトギルの笑い声が上がると同時だった。
バターンとテーブルを叩きつける大きな音が響いた。俺の手から。
俺の力、通じてなかった!
「いたたたた! ひじ、肘が曲がる! 変な方に曲がるって!」
「オトギルの勝ちぃ!」
オトギルが椅子を蹴倒して立ち上がり、両腕を振り上げると周囲が湧いた。
うをおおおおおおおおお!
といった歓声の中に、やっぱりなとか、いや結構引っ張ったのはすごいぜ、とか聞こえてくる。
引っ張ったのは会話だよ!
見た目はごついが、冒険者たちの中では、特徴のない普通の体格に見えるというのに……くそ。マジで強いじゃないかあのモブ。
「いやぁ、タロウ。人は見かけによらないな」
「勝ったお前が言うな!」
後の挑戦者はなく、立て替えたお小遣いも戻ってきたようで、オトギルたちはご満悦だった。
そんな様子を渋々と、えぐ酒を啜りながら眺めていた。
遅れて訪れた冒険者客らが、場に居合わせられなかったことを心底悔しがっていたりする光景を眺めつつ、どうにか飲み終えたときには脂汗が浮いていた。
「楽しかったな、タロウ!」
「お、おぼえぇ……」
「うわっ、どうしたタロウ……ハッ! そうか巨大流れ草との戦いで負った疲労が、今頃噴き出したんだな!」
「しっかりしろタロゥォ! 傷は浅いぞおぉ!」
そんな壮絶な戦いは微塵もしてないだろ。
「いや、ちょっと酒が合わなかっただけで……」
「なんだ、弱いのか。珍しいな」
「えぇそうなの? だから渋ってたのか。そりゃあ悪かった」
聞く耳持たない行動力を発揮する癖に後でオロオロするなら、もう少し考えて行動しようよ。
ついでに酔った際の行動をそれとなく聞いてみたが、千鳥足になるとか記憶が無くなるとか吐くだといった不調が出る奴はいないらしい。アルコール度数が低いのか、耐性が高いのかは知らないが、そんな程度のものなら先に知りたかった。
俺の場合は悪いが酔ったからではない。妙な渋みに耐えられなかっただけだ。
でも、もう、二度と飲まないって決めた!




