164:国のこと種族のこと
遠い遠い昔、ジェッテブルク山一帯は大きな水の地だった。
国の歴史は、この大地の変化に伴い起こった。
手にした本は、そんな出だしで始まった。
こういった時代の国の成り立ち云々なら、神話みたいなもんでも書かれてあるんだろうと思ったら、意外と現実味のある内容のようだ。
それでも国以前から始まるとは壮大だな。
「海だったってこと?」
北西の、寒く乾いた隆起の激しい地には岩腕族。
南東の、暑く湿地の多い平らな大地には炎天族。
その両者の間を、踏破不可能と言われていた大樹海と水の地が隔てていた。
大樹海には、外縁の山間に隠れ住むようにして首羽族が、広大な森のほとんどには森葉族が栄え、中心部に閉じこもるように樹人族が暮らしていた。
そして水の地沿岸には鱗鰭族がいた。
我らはそれぞれの地に住まい、互いに干渉できる環境にはなかった。
「お、変な種族でてきた」
我ら別々の種族が今日を共に歩むことになった原因は、自然の気まぐれによるものだ。
ある日、激しい揺れが各地を襲うと、大地を割り多くを飲み込んだ。かと思えば、隆起した。
そうして、長くはない期間で水の地は消え、山が聳え立った。
それがジェッテブルク山である。
「おぅスペクタクル」
そのとき、周辺の鱗鰭族は絶滅したと伝えられている。
「滅んだのかよ!」
えぇ……いずれは他の種族に会えるかもって、密かな楽しみだったのになぁ。残念すぎる。
いきなりやる気が削がれたが次だ。
ジェッテブルク山ほど高く峻険な山を我々は知らない。当然ながら祖先の気を引いた。周囲も含めて陸続きとなったのだから、引き寄せられるように訪れたのだ。
ちょっと待った。あれが、この世界で最高峰なの?
えぇ、小学生の遠足コースレベルなんですけど。
ハッ! 山登りなら俺でも俺ツエーでき……遠足競技などないな。
で、それから?
まずは岩腕族と炎天族が、突如現れた山を目指した。
興味本位もあったのだろうが、どちらの暮らす地も穏やかとは言い難かったこともあり、新たな住みよい地を求めたのだろうと言われている。
そうして山の麓で二者は出会い、争いとなった。
初のジェッテブルクの戦いである。
「逃れられない運命!」
人の業ってやつですか。そこは仲良く分け合っておこうよ。
こんな平和に見えるのに、そんな過去もあるとは……平和?
魔物は、ひとまず別問題で。
ぺらっとめくったら、数頁が第何次ジェッテブルクの戦いだとか、奪回戦だ攻防戦だと続いている。流し読みすると、後半には遅れて合流した森葉族がヒャッハーしていた。とんだ暗黒時代のようだ。
そんな時代に飛ばされなくて本当に良かった。微塵も生きていける気がしない。
最後の大きな戦いで、時の長らは山の周囲を三つに分け、それぞれを岩腕族、炎天族、森葉族が治めることとなった。
そのように境を決めはしたが、なるべく争いを避けるように、山に居住区は置かないなどの条項が設けられる。
「やっぱ森葉族はちゃっかりしてるわ」
そのときに定めた境を元に、他者から種族を守護する概念が生まれたのが国の始まりである。それぞれの種族が住んでいた地に国を興した。
大小の部族は多くあったが、それらを包括する初の試みであった。
そして内乱がしばらく続くと。ええい、もう最後らへんを見よう。
そのようにして山の周囲に国が興こり、外へと広がっていったのだ。
我が岩腕族率いるレリアス王国は、間違いなく世界を率いる中心の一つである。
「めでたしめでたし」
なるほど、レリアス国民が書いたものだから贔屓目な内容のようだ。岩腕族の功績あたりは話半分で覚えておこう。
確かに、レリアス王国の王様は岩腕族だったな。
と言っても、俺が見たのはゲームのプロローグでちらっと流れた絵だ。邪竜のことで苦悩し項垂れている絵面だった。顔は見えなかったが、代わりに頭を抱える腕の特徴は目に付いた。
そういや、ここは中心地だから、とかなんとかは……ああシャリテイルが言っていたな。こういった出来事も関係するんだろう。
これが現在の人間が知り得る歴史だよな、多分。知っていて当然、前提の知識の気がする。
結局、分かったのは争いのことばっかりだが。というより、その結果が国という形なのか。どこだろうと人間がいれば大して違いはないのかもな。
本を閉じてから気が付いた。
「おい、俺はどこだよ?」
いや人族だ。人族どこいった。
「まさか、同じ人間と数えられてなかったとか……」
できれば暗黒面は知りたくないが……仕方ないか弱っちぃんだもん。
ちらと隣に並んでいた本を見ると、今読んだものと同じくらい分厚い。他の数冊は、この二冊の半分ほどの薄さだ。
厚い方を先に片づけよう。
重いもう一冊を取り出すと、魔素の関わりと書かれていた。
「あるじゃん。こういうのだよ」
これなら仕事にも役立ちそうだ。
しかし開いて目に入った見出しは、思いもよらない言葉だった。
『人族の成り立ちから話そう』
出てきたよ人族。
その下には、大地が繋がる前からのことについて簡単に書いてある。先に国の成り立ちを読んでおいて良かった。それにしても、こっちもまた壮大そうだな。
期待に頁をめくり、目に飛び込んできた言葉に衝撃を受けた。
『全ての種族は始祖種の人族から枝分かれした』
「えっ嘘!?」
人類の元が一つの種だったってことは、俺は、他種族の良いところを取り除いた残りカスみたいなもんなのか。いや、進化できなかったのか?
恐ろしいことが書かれてないだろうな。ちょっとドキドキしてきた……。
「ん、まてよ」
魔素の話だよな。
一度、表紙に書かれた文字を読み直してから内容に戻る。
なんで人類学になってんの。魔素はどこだよ。
まあいいか。これはこれで気になるし。次頁だ。
始祖種人族は、全身に満遍なく魔素を巡らせていた。
それが原始的な様々な環境下にも耐えて順応できるだけの、頑丈さと柔軟さを備えていた。
細々とだろうと生きていけるがゆえに、環境の改善を試みようとは思わなかったのかもしれない。時を経て、人は遠く方々へと散っていった。
より過酷な環境に辿り着いてしまった者達は、体を適応させるべく体内の魔素を変異させた。その結果が現在の種族差である。
「おぉ、魔素はそう繋がるのか」
灼熱の地に炎天、雪と岩山の地に岩腕、空の遠い大森林に森葉、外縁部に首羽、奥樹海に樹人族、水辺に鱗鰭。
「さっきの本と内容ダブってね。手抜きかよ……違った」
岩腕族は凍える山中で、凍傷から末端を守るために自らの四肢を硬化させた。
「余計に血が詰まりそうなんですが」
炎天族は獣を狩るために、一時的な身体能力の強化を成し得た。瞬発的なマグの強度増加を支えるべく大型化した。
「やっぱりチーター系肉食獣だったか」
大樹海の種族は、三種とも同様の進化を遂げる。
森葉族は、空が遠く視界の悪い森林を難なく歩き回れるように、察知能力を発達させる。その変化が、葉のように大きくなった耳だ。
「自前のアンテナか。羨ましいような、自力で音? 遮れないのはうるさそうな」
首羽族は樹上に隠れ住む内に体が細くなり、耳よりも音を聞き、髪よりも風を感じることのできる羽を発達させた。
「一体なんの器官が発達したんだいや知りたくない」
樹人族は、うねった巨木が大地から空まで覆う奥地に暮らす内に、自らを木々の一部のように変化させた。奥地は魔素に満ちており、それらを活かすべくマグを多く取り込みやすい肉体へと変質した。しかし、あまりに大きな変化のため、運動能力は著しく衰えた。
「そこまでしてわざわざ擬態する?」
このようにして人種の表に出ている特徴は、体内の魔素を変異させて表面化されたものである。
しかし、全身を巡っていた魔素を一部へと集中させたことにより、弱点も作られることとなった。
「へえ、それが動きの制限に繋がるのか。だったら元の人族は完璧超人じゃん。で、現在の人族は?」
頁をめくったが、その項目は終わっていた。人族って人類についてかよ。
肝心の現在の人族は、書かれてねえ!
腹立たしく次の項目に移ったら書かれていた。別枠でした。
後の人族だけが、他の種族と違い、体内の魔素を抑える方に発展させた。隠れ住む忍耐力を引き継いだのだ。
その変化のありようから、すでに世界は魔脈の危険にさらされていたことが窺える。
「退化してんじゃねーよ!」
いかん叩きつけてはダメだ。俺の本じゃない。
しかし、マグか。
ふとシャリテイルが言っていた、宴会での爺さんの戯言を思い出した。
樹人族と森葉族が遠い親戚ってのは、こういう話だったんだろう。
疲れたしと本を閉じかけて止める。
ざっと最後だけ確認しておこうか。何かしらの結論だか、重要なことが書かれているかも。
そうして飛ばした最終頁にあったのは一文だけだ。
『十分に聞き取り調査をし、各地へも足を延ばした。これらは未だ定かではないが、我らは確信を得たものであると、ここに記しておく』
「推測かよ!」
俺の感心と久々に勉強しようと湧いた意欲をどうしてくれる。しかも魔素の関わりって、魔素と人類の関わりってだけじゃないか。
複雑な気分だが、これがここの住人の共通認識なんだろうし、無駄なことはなにもない。ないはずだ。
途中から人族の事が気になって飛ばして読んでしまったし、また気が向いたら読みに来ようか。




