163:ギルド書庫
昨日は大変な一日だった。疲労度的にであって半ば自業自得だけど。
でも転草狩りの収入は一万以上になった。別れ際にゴストが依頼料を五千も上乗せしてくれたからだ。時間超過ってわけでもないから断ったのに、気が引けたからだそうだ。そんな理由で勝手に増やしていいんだろうか。
そもそも悪いなと思うくらいなら、初めから変な悪戯心を働かせずに真っ当に連れて行ってくれよ。というかそう言った。
「ほらまたタロウ怒ってるってー!」
「どこが、話を聞けって!」
筋肉野郎三人が固まって怯えていた。あんななりして気が小さいらしい。魔物には喜々として飛び込んでいくのに、失礼なやつらだ。
とにかく、ここの奴らは一度言い出したら頑固だ。依頼料に関しては特にそう思う。呆れながらも修正した依頼書を受け取った。
俺には必要だし、もっと喜んでもいいんだけど。
すぐに依頼書を作成できるところをみると、まとめ役って立場も便利そうだと思う。けど、少し情けない顔してたから、多分あいつのお小遣いから出たに違いなかった。そう思うと素直に喜びづらい。
なんで、ギルドが出さないんだろうな。新部門設立の先行調査企画みたいな感じだろ?
ビオたち国とのやり取りを見て、予算は割けないし専門に出せる人手がないのも納得したが、それでもギルド長が懐を痛めりゃ良さそうなもんだ。個人的な恨みからではない多分ない。
名ばかりらしいとはいえ領主様らしいし、それくらいできそうなもんだ。
もちろん俺が知らない他のしがらみやなんやも、ありそうだが。
今度、問いただしてみるか。
そんなことを思い返しながら、柔らかな朝日の下をゆっくりと、ギルドへむかっていた。
通りには、俺とは逆方向へと歩いていく冒険者らの姿がある。鉱山方面なら一番手は夜明け前から動き出すようだし、岩場周辺に向かう組だろう。
「よぉタロウ、目が枯れた背高草みたいだぜ」
どんなんだよ。
「あんま無理すんなよ!」
だからお前らは誰なんだよ。
なんとなく徐々に顔だけは覚えてきたけど。そいつらと挨拶をかわしつつ通り過ぎる。
俺がのんびりしているのは、今日も午前中の依頼はナシになったからだ。
昨日の報告時に、ゴストが「思ったより大変そうだった」なんて告げたため、また午後だけの依頼をはさもうと大枝嬢から進言されて俺も頷いていた。
ちょうどいいじゃん。あー今日は少し休みたいなー。
「甘えんな」
午前中だけでいいからさー。
といっても店を巡ると衝動買いしそうだし、他に行く当ても……お。
そうだ知らないことが多すぎると思ったばかりだ。何か適当にギルドで聞いてみるか。いや、また大枝嬢の仕事の邪魔になるな。
他に誰の時間も取らずに調べ物をする方法はないのか、ネットは今から俺が頑張って文献を残しても数百年は先になりそうだし、そもそも仕組みのことなんてさっぱりだから「箱の中に人がいる」と頭を誤解されそうな内容しか残せないな。謎でもなんでもないタロウ手稿の出来上がりだ。
シェファから聞いた限りでは、学校はなく勉強もお爺さんの昔語りで教科書もないようだったし……教科書。
「本だ」
単純なことだった。さすが俺の節穴スキル。
本を探してみりゃいいじゃん。
開口一番、大枝嬢に尋ねる。
「依頼の方、どうですか」
何はともあれ、まずは依頼の予定を確認するのが先決だからな。
つい癖で口にしてしまったわけではない。
「あらタロウさん、ちょうど依頼者の予定が確認できたところでス」
以前、湖へ行きがてらに西の森内の道草を刈ったが、あれの続きにしようということになった。確かに、時間的にも体力的にも無難なところだ。
よし、次こそ思い付きの確認だ。
「ここに本とかありますか。あれば見たいんですが」
「ええ、もちろんでス。書庫へご案内しまス。こちらへどうぞ」
「あっはい」
漠然としすぎかと思ったら即答。慌てて追いかける。
へえ、書庫があったのか。これはしばらく楽しめ……いや、情報収集が捗りそうだなあ!
職員用の扉を開けてすぐ右手には、ギルド長の潜む階上への階段があり、その下あたりに会議用の部屋がある。以前、祠の報告でシャリテイルと一緒につれられて来た部屋だ。それらをスルーして真っ直ぐに進むが、そう広くはない。
二つほどの扉を通り過ぎると奥まできた。行き止まり?
と思ったら大枝嬢が左の壁へと吸い込まれる。その左手を見れば、細い通路があった。窓もなく暗いため余計に狭く見える。無理やり拡張したような歪さだ……。
ギルドの周囲も住居に囲まれてるし、規模を拡大しようにも狭いから苦労してるのかもな。
大枝嬢は最も奥の扉を開けて、どうぞと促した。
言われるまま入れば、積まれた木箱が立ちはだかる。
「……書庫?」
どこ?
どう見ても倉庫だ。
「あちらの壁沿いの棚にありまス」
部屋は暗いが棚の位置は確認できた。天井近くに小さな窓は幾つかある。明かりはどうにかなりそうだ。
「退室時にはまた声をかけてくださいネ」
「あの、勝手に見ていいんですか?」
知ってはならない禁書的なものとか、そういうのあるのかないのかワクワクと気になったんだけど。
「もうご存知の内容ばかりかもしれませんし……タロウさんは豆知識収集が趣味と伺っておりまス。なにやら高ランク雑学者を目指すとカ。助けになれるならギルド職員としても嬉しいですヨ」
「シャリテイルの言うことを真に受けすぎないでください」
なんだよ高ランク雑学者って。絶対そんなもんはないだろう。
「でもご覧の通り、半ば物置きですカラ。遠慮なくどうぞ」
やっぱり倉庫だった!
扉を閉めると、閉じ込められたみたいで落ち着かないな。
ま、まあ、本当に閉じ込められたとしても叫べばダダ漏れのはず。
「いいってんなら、遠慮なく漁ろう。お邪魔しまーす」
なんとなく小声で話しかけつつ棚の前へ移動した。
物が多いせいで分かり辛いが、そう広さはない。体育館倉庫とか、そんな感じ。
整然と並んだ箱は俺の頭の位置まで積まれてあるが、壁沿いだけでなく、部屋中に、人が通れる隙間を作って積んである立体的な構造だ。
地震が来たら怖いな。ここだと魔震か。
そういや普通の地震はないんだろうか。
計測機器なんかありそうな時代にも思えないから知りようもなさそうだな。
隙間を縫って壁の一角にたどりついた。
本棚は両手を広げたほどの幅はあり、やや見上げるほどの高さだ。ただし腰の高さまで積んだ箱の上に乗せてある。至って普通のご家庭にある本棚サイズ。この一つだけだった。
書庫と呼ぶには、一部すぎませんかね。
見る前は、図書館の奥にある分厚い図鑑のようなものがあるんだろうとイメージしていた。
今は目の前に立ってさえ、これが本棚なのか疑問。
確かに分厚くて四角いものがずらっと収まっているが、どれも木製だった。
色もまばらだが、木目は見間違いようもない。
試しに一つ抜き出して、傍の細長い台に乗せる。
おもむろに蓋をぱかっと開いた。蓋かよ。
中には、目が粗く分厚い紙の束が詰まっている。縁は裁断されておらずギザギザしているし、綴じられてもいない。
俺が使っているメモ用とは違いノートサイズだ。依頼書なども葉書サイズばかりだったから、他にサイズはないんだろうなと漠然と思っていた。
「おっと大事に扱わないと」
グローブを外して、布でさっと手を拭う。
土とか草汁とかついてないよな。
そこそこ古そうな中身を手に取り、内容を見て困惑した。
魔物出現範囲と結界柵との距離や、住人と相談した対策や改善したことの経緯などが記されている。
歴史の一部ではあるだろうが、報告書というほどでもないし職員の走り書きのように見える。
これ、木製のファイルケースかよ。
確かに情報といえばそうだけどさ、本じゃないよな。
「どんな街にも歴史ありだな」
棚に戻しながら、なんとなく呟いた言葉が引っかかった。
何がと考える。
ああ、ゲームだ。
初めはゲーム世界に来たと思っていた違和感。
現実ならあっておかしくない歴史があるということが不思議に感じたらしい。
どっちかといえば、この世界を元にゲームが作られた方がありえそうだけど。
まあ元の世界のことは確かめようもないし、気にしてもしょうがない。
それに、今はもう、ゲーム世界と考えてはいない。
他にないのかと見渡して、最上段の隅に目が留まった。棚一杯に収まるファイルケースの狭間に埋もれて、別の茶色い背幅が覗いている。
引き摺りだして手に取ると革製のカバーだった。同じ革ベルトで十字に縛られているのを解いて開いた。
今度は見開きだ。
嵩張る紙は他と似たようなものだし、端に大きな二つの穴を開けて太い紐で括っただけだが。
「本、あったよ」
馬鹿にしていたつもりはなかったけど、文明的に本が存在しない世界なんじゃないかと思い始めていた。
以前、紅茶を飲みながら大枝嬢が手にしていた葉書サイズの本らしきものも、似たような作りだったっけ。
木箱の隙間を漁ったが、本らしきものは数冊だけのようだ。
って、これだけ!?
どう見ても手書きだもんな。量産できないだろうし、こんなもんか……。
これじゃすぐに読み終わりそうだ。
落胆しつつも、初めに手に取った本を掴んで表紙を見る。
「国の成り立ち?」
まあ情報の補完には役立ちそうだ。
広げて光の差し込む位置に移動し、視線を落とした。




