162:疲労が見せた未来
夜の日課をこなさなければと、南の森に来たはいいが足は重かった。
適当に周辺をさらうと、木の幹に背を預けて一休みする。
魔物を片付け辺りが静かになると、虫の音が暗がりから聞こえてきた。その鳴き声は風流さからは程遠い。ギギ……ガ、ガガ……チチチ……カタカタカタといった小さな音だ。
気が滅入るというか不気味だ。
そんなBGMを聞きながら、ぼーっと腑抜けるままに過ごす。
なんか、今日はすっげえ疲れた。
これまでの朝からみっちり動き尽くめの依頼と違い、昼からの仕事だし作業は途切れ途切れ。しかも夕暮れが迫る随分と前に解放されたのにもかかわらずだ。
思い当たることは、あるな。
「あー走り疲れたせいかー……」
草原では無駄に魔物と戦わないように慎重に逃げたはずだった。逃げすぎた。
人族の特徴で唯一の長所らしい持久力は、疲労し辛いが回復力がすごいといったものではないらしい。スタミナ切れはこういった形で現れるようだ。
走ったり、それに相当する激しい運動をすると、晩にはかなり疲労がたまっているというのは薄々感じていたことだ。
だけどそれも体力アップに伴い起こりにくくなっていた。
配分は掴めてきたと思っていたが、レベルアップで腕力値が上昇し気分よく力をふるえるようになったことで、持久力だか体力の方もアップしたと思い込んでいたらしい。
ただ、感覚的にどのくらい伸びたのかなんて、ギリギリまで動いてみないと分からないもんだ。どの程度で息切れするかなんて一々……レベルアップ時だけ試して見りゃ良かったのか。
もう頻繁に上がることはないと思うが、一応メモしておこう。
「覚えてるといいね」
次はレベル27だが、それはいけるだろう。一匹ハリスンを倒してみて調子に乗ってるんだろうけど、手応え的には問題ないと思えた。
そもそもあいつらに近付く機会がほぼないのは脇に置くとして。レベル30くらいまでは上がれそうな気がしたんだよな。
これまでの、俺のレベルと魔物のレベル差で感じた手応えを元に考えれば、ハリスンレベルを倒しやすく感じたなら、次のレベルアップも近い。
思い込みには違いないけどな……。
木の根元に座り込み、ランタンの薄ぼんやりした灯りを頼りに鉛筆を走らせていると、不穏な考えが忍び込んだ。
いい歳になって、そろそろ俺も引退かなんて呟いている姿が頭を過ったのだ。
「よっ相棒、長い間ありがとうな」
そう伝えた相手は誰かではなく、手になじんだマチェットナイフ。見慣れたエヌエンのボロ宿を去り、ギルドで最後のお勤めだ。とうとう去るのかとギルド長に問われて頷き、立ち去り際に大枝嬢が言うんだ。
「ドリム、これだけ長く勤めて頂いたのですカラ、せめてランクの方を……」
「うむ、君を中ランクへ引き上げよう。これくらいしか出来ないが」
「ギルド長にコエダさん……ありがたく頂戴します。これなら田舎の隠れ里では英雄になれますよ俺……ははは」
やれやれ階級特進か、まるで殉職したみたいじゃないか。
「いやいや俺だけじゃなく、いつまで二人とも居させる気だよ」
つい貧困な己の想像にツッコミをいれてしまった。
現在と変わらないままに歳だけ重ねてしまった自分を容易く想像できる。
できると思ったが、腹の出た親父が今の俺の恰好をしている姿が浮かんでしまった。こんな仕事を続けていたら腹が緩むことなんかなさそうだけど。
メモ紙をしまってコントローラーを引っ張り出した。特に意味はない。
アクセスランプに触れて流れる光の文字を追う。レベルは26で、いつも通り色が変わるだとか変化は何もなし。お、マグが結構貯まってるじゃん。
使ってみたいが、今回はもうしばらく貯めよう。
こいつの機能、まだ変化するのかな。
しそうだよな。
なにがトリガーなんだろう。
レベルとマグのどっちか、もしくはどちらも一定の数値に達したときだろうか。
初めの頃は、この文字すら表示されなかった。触れるだけなんて思いもしなかったが、かなり弄ってたし、偶然でも発見する機会はあったからな。
なにかが変化したことが理由なのは間違いない。
そりゃ表示内容に関する、レベルとマグ関連しか理由はないだろう。いや、マグがメーターになったのは変化だよな。
初めに文字の表示を確認したのは、いつごろだっけ。確か……十とちょい?
次は切りが良いところで確認したいが、感覚的に10毎か?
段々と差が開いてくるなら、次の開示条件は50とか100なんてこともありうる。そうなると絶望的だな……。
ああ、なるほど。コイツは俺に何か恨みでもあるんだろう。あるから俺をこんな危険が危ない草まみれの世界に連れて来たのではないか。
こいつが原因とは限らないが明らかに胡散臭いからな。そうだろう吐け。恨むほどの理由といえば、うっかりぶつけたとか、不貞腐れて放り投げたとか、それからええと……俺が悪かった。だからそろそろデレてくれ頼むから!
「ふー深呼吸深呼吸」
もう一つの条件はマグ獲得量。
こっちは十万に到達したら確かめてみよう。これも次は百万とか一千万というのもありえるが、何も目標がないよりはいいよなもう。嫌なライフワークだ。
ふと疑心暗鬼というか不安になる。
初めに文字が表示されるようになったのは、俺が気が付かなかっただけで何かスイッチのようなものを起動しただけだったりしたら。ここまで悩ませておいて実は他には特になにもありませんでした、なんてのは勘弁してもらいたいところだ。
「まじで頼むわ」
なにも変わらないよりは、なんでもいいから変化を見せてくれよ。
歯痒い。
これが他の種族だったら、とっくにこんな検証は終わってる。期待し過ぎは良くないんだと自分に言い聞かせても、それが分かるだけに遅々としていて、妙な焦りが追い立てるようだ。
せめて、どんどん変化して使いみちが分かれば、つまらない期待をせずに済むのにってさ。なんに期待しているのかは、自分でもよく分からないが。
たんにヴリトラソードを使いこなせれば働きやすくなるのに、といったことではない。
ああ……そうか。
俺、まだ帰れるかもなんて、どこかで思ってるんだ。
すっぱり諦めて、ここでの居場所を見つけ、新しい人生をどうするか本気で考えなきゃいけないのに。
このコントローラーが謎なままだから、どうにか食い繋いでる内に、実はこいつで帰れるんじゃないかといった期待が湧いてしまう。
元の世界でだって、まだ何も始まってなかったのに、人生やり直しなんてホントきついよな。
藪がカサリと動いた。カピボーらが移動してきたんだろう。
思い付きで、コントローラーを藪の側に放り投げる。
確か、前に臭いを嗅いでいた。臭いを調べてるのかは分からないが、何かを探るようだった。
「ほぉらカピボーこっちだ。美味い餌だぞー」
「キュシ」
藪から鼻先を出したカピボーは、やはり俺ではなく、より近いコントローラーに近付いた。
飛びかからないし、人間と勘違いしてるわけじゃないよな?
頭のサイズに合わない大きな鼻先を、青い光に押し付けてひくつかせている。
「お前はコントローラーのなんなのさ。いや光の方が気になるのか……」
ビオが感知をしていたくらいだ。偽物っぽいとはいえ聖質の魔素臭があるよな、多分。
だったら余計におかしくないか。
なぜ反発するはずの魔物が近付こうとするんだよ。
「なんにしろ、俺には情報が足りない」
「キュッ!」
遅れて俺に気付いたように頭を上げたカピボーの鼻面を狙い、渾身のデコピンをかましてコントローラーを取り上げた。カピボーが割れて煙がまとわりつく。
弾き飛ばすだけにして帰ろうと思ったのに、おおカピボーよ死んでしまうとは……まじで?
まだ投石でさえ倒せなかったのに。え、単に投げるのが下手くそだっただけ?
結構コントロールいい方だと思ってたんだけど。なんてこった、今日一番落ち込んだ。
わざとらしく溜息を吐くと、俺は背中を丸めてトボトボと森を出た。




