160:高原の戦闘
細切れになった転草を、逃げ出さないように丸めて固める。今もガサガサと音が鳴っていて、かなり不気味だ。
問題は片づけだが量があるから背負って持ち運ぶしかない。背中で蠢く感触が伝わりそうだし、すごい嫌だな。
そう思って顔をしかめていたら、ゴストから救いの言葉が投げかけられた。
「それはこちらで燃やそう」
ちょっとした炊飯用に、風を避けるため入り組んだ岩場の陰に、火を起こす場所を作ってあるらしい。後は、そこで燃やすとのことだ。
燃えやすくなるまで乾燥するのが邪魔そうだが、土気のない岩の密集した場所もあるからそこに放置しておくと話している。
飛ばされないように気を付けてくれよ。
「なぁに、場所だけはある。気にすることはない。それにちょうど良い燃料になるだろう」
そういや湖の跳ね草だったか、金たわしみたいなやつ。あれも野営場所の篝火に使うとか言ってたっけ。
薪とか詳しくないからイメージだけど、草だとなんか煙がすごそうな気がする。
子供の頃に田舎の爺ちゃんちの広い庭で、集めた落ち葉で焚火していたが、結構むせたよなあと思い出した。それも自治体の決定だったか焚火が禁止になってるらしく、長いこと見ていなかったな。
そういえば煙が出るで思い出したが、大枝嬢から何か聞いたような。あっ、そうそう。
「狼煙は滅多に使っちゃダメだと聞いたんだけど、これ結構な煙が出るだろ。大丈夫なのか」
「情報収集にも余念がないと噂に聞いてはいたが、そのような稀な事例までご存じとは!」
大げさな。稀でも規則なんだよな?
なんか講習会みたいなものがないから意識から外れていたが、元より知ってないといけなかったことがありすぎる気がしてるんですけど。あ、そういうのは、中ランクに上がる時に説明があるとか……?
俺が永遠に知る機会は来ない、かも。だったら勤勉に見えてもおかしくないな。
「火を使っちゃダメ、なんつったら飯が食えなくなんだろ」
「泊りがけで乾燥したもんばっか食うのは寂しいしなー」
「まあ、その区別は簡単につくのだよ」
ゲラゲラ笑う筋肉二人に、なるほどと頷きつつ、うきうきと説明するゴストに耳を傾けた。ゴストは懐から、くしゃくしゃの紙に包まれた塊を取り出して広げた。
「まとめ役といった立場の者と、それと同等の立場である高ランク者が持たされるものがこれだ。こういった団子が支給されている」
砕いた草木と土を団子にしたようなものだ。これを燃やすと色付きの煙になるし、煙の量も多くなるらしい。
むやみやたらと使わない手段と聞いていたが、そりゃ飯とか色々と火を起こすことはあるよな。当たり前だろうが、ただの煙と判別するために工夫がされていたようだ。
色合いは、黄色い塊は危険ではないが重要な連絡用とか、緊急の場合は赤だとかの決まりがあるとのことだ。
ゴストの赤い団子を見る目が輝いて見えたのは、さらなる魔物の危険がある状況を想像してらしい。マイルドな表現ながら、言葉の端々から殴りてぇといった欲求が漏れ出ており不穏だ。やだこの人たち危ない。
「おっと、つい長話で時間を取ってしまったな」
そう言いつつゴストは満足気に団子をしまう。
俺は足りない知識を補い、ゴストは不穏な妄想をお喋りして楽しんだ。これも依頼内容の一部と思えば、俺の方が得しているんだし我慢だ。
なんだか友達代金を頂いているような複雑な気分……おっと、真のぼっちは俺のほうだけどさハハ。
それはともかく、移動できる準備は整った。
「ご苦労ご苦労。やはり見込んだ通りだよ。なんと卓越した業前だろうか。我らの目に狂いはなかった」
「さすがは唯一無二のスキルを持つだけのことはあるねー」
「いや見事だったな。引き摺られても手を離さない意地は真似できねえわ」
ものすごく棒読み臭いんだが。
おい最後の。足を滑らせたのを無理矢理褒めた風に言うな。
投げやりな労いの言葉と共に、ゴストは改めて依頼の終了を――告げなかった。
「では草刈り先生、次の会場はあちらです!」
「うむ」
へこへこしながら誘導するゴストに、もったいぶって頷きつつ歩き始める。
って、つい乗ってしまったが、なんだよ次って!
「さっきの一つだけじゃなかったのか」
あんなのが、そこら中に徘徊していると思うとぞわっとする。慌てて周囲を見渡した。
見える、見えるぞ。
普通の芝生とか苔みたいな部分も多いが、一度触れてしまった後なら分かる。奴が、どこにいるのか!
ぽつぽつとあるだけで多くはない、と思いたい。ただし広い分、そう見えているだけのような……。
「おぉ、勘違いさせたようだな。何も全部を頼みたいわけではない。よく通る道周りのものだけで構わんのだ」
そう言いながらゴストが指差す先には、そこそこ大きな岩の破片に沿って、獣道ように細い道というか筋がある。
よく見れば、大岩の櫓に向けてだったりと幾つかのルートがあるようだ。
どれも開けた場所にではなく、まばらに木々の固まったところだったりと、物陰に沿っている。
その理由は一つしかない……。
「ちらっと話したが、魔物が出やすい辺りの除去を頼みたいのだ」
は?
「ほら、魔物を片付けてるときにさ、うっかり足元に移動とかされて危ないんだよなー」
「いきなり、ずぼっと足ぃつっこんで、気持ち悪いったらないんだって」
セプテの言った理由は、確かに問題だ。特に夜間の戦闘中だと想像するだけで恐ろしい。
最後のイレントの言葉で本音はよぉく分かったが。このやろう。
「なに、そう危険な場所ではない。この開けた場所だ。潜む場所も岩陰などに限定されている。この辺りで面倒なのはハリスンくらいのものだ」
「そりゃ素手ならそうだろうけど、俺は矢が通り辛いヒソカニが面倒だよ」
「ヒソカニなんてでかいし叩っ切るのに楽だろ。断然コイモリが面倒。当たったと思っても妙に柔らかい羽で逸らされることもあるしよ」
なんか言い合いというか雑談し出したが、それさ、お前らがそれぞれの役割で動いてんなら結論出ないだろ。
それに気が付いたのか、不意に三人は気まずげに黙ってから俺を見た。
「と、言うわけでだ。我らにかかれば、この辺りの魔物など問題はない。安心したまえ!」
誤魔化すように言いやがって。余計に心配になっただろうが!
高笑いしながら移動しはじめるゴストの後を、渋々と追う。
「つうか、まさかハリスンまで素手で倒してるとは」
「当然だろう」
あの素早いハリスンだ。ゴストにとって大した魔物ではなかろうと、幾らなんでも潰すの間に合わなくて全身にたかられそうなもんだ。
「頭は俺が守ってやってるんだからな。感謝しろよ」
などと背後から聞こえた。なるほど、仲間がいるって羨ましいな。
ではなく、だから初めにあんな胡散臭い態度だったわけだよ。
やっぱり前に連行されたときといい今回といい、こいつら碌なもんじゃねえな!
低木の陰から飛び出した全身に跳び付くハリスンを、ゴストは回転する勢いのラリアットで消し去っていた。
そんな姿をちら見しつつ、俺はきもい転送に引きずられている。
どうにか断ち切って動きを止めた側に、ベンチほどの平べったい岩が地面に半分埋まるようにしてある。
埋まってるのだと思っていた。
散らばった転草をまとめようと半分回り込むと、こちらからは死角になる地面すれすれの部分が抉れているのが見え、なんとなく警戒して暗い隙間をじっと見る。
赤く光る丸い玉が二つ、暗がりに浮き上がった。
呼んで間に合うとは思えない。
「くそっ、ヤケクソだ!」
小さく叫ぶと即座にナイフを掴み、そいつが瞬きしながら上へと移動するのと同時に突き込んでいた。
躊躇せず思い切りぶっ刺したが、腕に伝わった硬い手応えに、ダメだったかと冷や汗を掻きつつ横に移動した。岩を盾に、隙間を食い入るように見る。
地面に這い出た姿からは結構な量のマグが流れて、震えていた。
弱っている。
すぐに追撃した。
ありがたいことに、それで絶命してくれた。
掻き消えていく姿に息をのむ。
「ハリスンだったのかよ……」
未見の高レベルの魔物でなくて良かったような、俺にとってはかなりの危機だったような。
ほっとして体に飛んでくるマグを眺めると、倒した実感がわいた。
ふふん、俺もすぐに気を取り直せるようになったか。




