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16 :人族の優位性

 儲けが出た。

 この最弱冒険者の俺に。

 二泊分の宿代を払って余るほどの稼ぎだ。

 これでパンツが買える!

 ではなく防具だ。防具に一歩近付いた。


 まさか草からもマグが貯められるとは思わなかった。

 15日ちょいだろうか、続ければ一泊分無料になるじゃないか。

 買い物カードにポイントが貯まっていくようで喜ばしい。


 塵も積もればを実感できた。

 こういったことは、ゲームでは感じられなかったことだな。


 話を切り上げかけたが、気になったことがあり質問した。


「報告するまで放置してますが、どうやって俺の仕事だと判断するんですか?」


 他人の成果を奪ったのではなんて疑いをかけられたらと考えてしまった。

 誰が草なんぞ盗んで喜ぶんだよというのはともかく。

 いや誰かが放置していると勝手に片付けられたらとか、えぇと色々あるし。


「ご安心を。マグさえあればタグに情報が記されますから間違いはありませんヨ」

「ああタグか」


 マグさえあるなら、どんなものでも読み取れるはずとは便利だ。


「ただし窓口で確認しなければならず、手間をおかけすることになりますネ」

「いや重要な器材ですもんね。ありがとうございました。また頑張ります」


 マグ読み取り器は、両腕で抱えるほどの大きさはあるが、持ち運べる程度の重さだ。セキュリティは……こっちも宿と同じく、鎖が繋がっているだけかよ。


 気になったのは、作業者はマグで分かっても、誰かが嫌がらせで持って行っちゃった場合は分からないんじゃないかということもだ。

 読み取り器のことがあるから、何かあったとしても、その場で解決できそうにはない。

 気になるなら印でも残せばいいが、そこまで労力を割く意味はないよな。


 なんだかどうでもいいことを聞いてしまった。

 大枝嬢が親切に答えてくれるからと気軽に質問してしまうが、あまり邪魔をするのも悪いよな。

 とはいえ、知らないことばかりで、聞かないわけにもいかない。

 質問は一日一つまでとか、自分の中で決めておこう。



 今度こそと大枝嬢に礼をして帰りかけて、出口へと向かう途中のことだった。


「草の討伐ご苦労さん」


 お、俺?

 絡まれたらどうしようといった心配をしていたからか、まさに突然に声をかけられビクッとする。


 扉近くのテーブルに集まっていた、冒険者グループの一部だ。

 挨拶だろうか。からかうほどの大声ではなかった。

 威嚇するのでもなく、労ってるのでもない。

 面白がっての冷やかしか。

 悪気はない感じだが。

 気紛れだろうな。


 驚きすぎて、反射的に会釈だけして外に出てしまっていた。


 おいぃっ、なんで出ちゃってんだよ! 

 ぼっち冒険者卒業の切っ掛けになったかもしれないのに!


 い、いや友達ができたって、ランクの壁で一緒に行動できないのは分かってる。

 分かってるけどさ、居ると心強さが違うだろう。


 くそっ……早く宿に戻って休もうっと。




 ギルドを出ると後ろ髪を引かれつつ、暮れ行く通りを宿へと急いだ。

 食堂や酒場などの周辺が、賑やかになり始める時間だ。

 へたしたら気分が悪くなりそうに、調理の混ざった臭いが通りに漂っていた。

 それらの店や人々を物欲しげに横目で眺めつつ通り過ぎる。


 みてろよ俺だってもうすぐ食いにいってやるから。


「俺も覚えられてきたかー」


 おい、まだ三日目だぞ。

 噂の一端は、人族の癖に冒険者なんかなっちゃって、というものだろう。

 ちょうど人もそこそこ居た中で、注目集めてしまったから仕方がないか


 どんな風に話されているかは知る由もないが、どんな内容だろうと、それをネタにして話す取っ掛かりになる。良くない方の印象だとしても、実際に話してみればイメージの修正はできる、こともあるからな。あまり悲観しないでいよう。


 それに、ギルド内の集まりを思い出すと雰囲気は悪くない。

 ぱっと見は、ゴツイし挙動は大きくて武器だとかガチャガチャして怖いが、野心に燃えてギラついてるとか、血気盛んな感じはないんだ。

 ギスギスしてなくて、陽気な空気ってのはいいよな。

 見えてないところでのことは知らないが。


 魔物という共通の敵の存在があるからか?

 街の雰囲気もそうだが、かなり長閑というか治安が良さそうで、そこは安心し始めている。




 すっかり日が暮れて宿に到着するも、やはり扉をくぐると、すかさず宿のおっさんが飛び出す。

 いつも待機してんのな。


「お疲れさん、今日も稼げたようだな」

「お陰さまで!」


 昨日までは冷や冷やもんだったけどな。

 今日の俺はちょっとばかり違うぞ?


 俺は人差し指と中指の先でマグタグを挟んで、おっさんの前に掲げると不敵に笑う。

 格好つけてみたが、そのままマグ読み取り器の窪みにうまく乗せられず持ち直した。口数の多いおっさんのはずだが、今は生暖かい笑みを浮かべている。


 咳払いして、ぺちんと乗せて金額を確認し了承する。

 それでも空っぽにならない、このタグの存在感よ。

 心なしかおっさんも感心したような表情を見せた。


「もっと稼げるようになったら、飯も頼んでくれるとありがたいな」

「えっ食堂あったの?」


 金がありそうと見るや営業トークか。やるな。

 それは俺も知っておきたかったことだから素直に嬉しいが、このクソ狭い宿のどこでだよ。


「おう、そっちの部屋だ」


 おっさんの忍者パネルのある記帳台の真横には、トイレに向かう薄暗い通路。

 そこから狭い壁を挟んだその隣、ここからだと俺の左背後に、煤汚れて通常の半分しかないような幅の狭い扉があった。

 すぐにおっさんが顔を出すから、振り向いたことがなかったな。


 ちらと覗くと、確かに小さなテーブルと椅子が並んでいる。

 宿の壁に沿うように細長く。


 狭っ!


 駅構内の、カウンターしかない蕎麦とかうどん屋のような狭さだ。

 それが三席しかない。


「えぇと、幾ら?」


 なぜかおっさんは少し固まった。値段、考えてなかったとか言うなよ。


「朝だけなら10、朝晩なら15マグ。昼の持ち出しもできるぞ。それは10でどうだ」


 どこか投げやり価格だな。


「朝晩まとめてなら安めなのはおまけ?」

「うむ、まあ、気持ちだけだがな。冒険者ってのは帰りがはっきりしてないだろ? だから晩用の食材はろくにない。貧相だから値引きだ」


 堂々と自らの商品を貧相と言い切りやがった。

 でも、そうだよな。

 普通の冒険者なら、向かう場所や討伐対象の問題で、帰りの時間なんて変動するのが当たり前なんだろう。


「はは、まあその内でいい。期待してるぞ」

「楽しみにしてる!」


 その期待には間違いなく応えるだろう。

 残念だが、もう数日は我慢だ。

 話を終えると、井戸へ向かおうとしたんだが呼び止められた。


「兄ちゃん、洗濯だろ。こいつをやる」

「これって?」

「例の粉のやつは強力なもんでな。ちょっとした汚れならそれで十分なんだ」

「えっいいんすか。ありがとうございます!」


 渡されたのは、レンガかよというくらいでかい固形石鹸だった。緑がかった黄色で白くはない。日常的に使うのは似たような石鹸なんだな。

 例のよく落ちる粉石けんは高価なんだろうな。


「でも」


 受け取ってから戸惑う。下手したら飯代より高いんじゃないか?


「そいつは、うちで作ってるもんだから気にすんな。まだまだ泊まってくれるんだろ? こっちも助かるからな」


 ああ、普通の冒険者はあんまり小まめに洗濯しないとか聞いたっけ。しかも手作りか。

 そういうことならと、ありがたく受け取った。

 もったいないからカットしながら使おうっと。




 またしても早めだが、汗を流して洗濯すると部屋に戻りベッドにもぐりこんだ。

 戦闘が多かったせいか疲労感は強い。

 それでも昨日までと比べて、かなりの働きをした割に同程度だ。たった三日目にしては上出来だろう。


「持久力か」


 裏ステータスね。

 またゲームには存在せず、俺の知らなかった情報が現れた。

 人族は、ただ弱体化したのではなく、種族補正が強力なんだろうか。

 そうだとすれば他種族にも、その種族なりの補正がありそうだ。


 今日知った情報の中では最も重要なことじゃないか?


 ゲーム内の種族補正は、ステータスの傾向とか、各仲間の持つ特殊攻撃などで表していた程度だった。

 まあゲームだから他に特色の出しようも難しいしな。


 数日だけでも分かったが、あまり疲れを感じずに長々と働けるってのは日常生活にはかなり有利だろう。だから戦闘向きではない特性ってことなんだろうけど。


 逆に言えば、敏捷性と腕力に優れた炎天族なんかは、一瞬に出せる力は強力でも、すぐにばてるってことだろうか。

 そういった理由があるから、戦闘で弱いからと特に見下されることもないのかもしれない。


 大枝嬢の言葉も、それを裏付けるようだったな。

 草刈りが辛いとかどんな補正だよ。知らなければ怠けたいだけじゃないかと思うぞ。


 しかし、岩腕族の兵が言っていた、人族の優れた点ってこのことだったのか。

 ただの慰めで出た言葉ではなかったんだな。


 価値観の違いなんて、すぐに理解できるわけはない。

 なあに、まだ三日だ。

 少しずつ馴染めばいいのさ。


 やけに長く感じたが、満足できる一日だったんじゃないか?

 明日の宿代まで稼げたことが嬉しくて、板に直接布を敷いたような硬いベッドさえ心地よく感じられる。


「レベルは、上がらなかったけどな」


 続けていれば嫌でも上がるだろうし、それより宿代を毎日稼ぐことが第一だ。

 明日は、二十束逝くぞ……。


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