159:蠢くもやし
川沿いの連絡路を急ぎ足で進む。
たまに魔物に遭遇したものの、午前中の討伐は済んでるだろうし、気が付けば登り斜面まで来ていた。
「よし、ここまで来たら魔物の取りこぼしも減る。一気に登るぞ」
ゴストの掛け声に頷いて後に続きながら、周囲へも目を向けた。
前回は余裕がなく、周囲をよく見ることもできなかったからな。
登りながら崖下になった川沿いに目を向けると、巨大な緑の塊が見えた。
「うわっ、なんだあれ」
超巨大ヤブリンみたいなのが生えてる。
背高草が柔らかければ、垂れ下がってこんな風になるんじゃないかっていう丸い葉の塊だ。マリモが半分埋まってるような感じというか。
「おっとタロウ、本日の任務はそっちじゃあないぞ」
つい身を乗り出そうとした肩をがしっと掴まれた。
あ、危ない。もう一歩で転落していたかも。
こんなところで、ただの転落死なんて、ケダマに殺されるより情けないな。
いや、たまにニュースでも見たし、意外とそういった何気ないことで死んじゃう方がリアリティある気はする。
足元には気を付けよう。
だけどあれ、川の半分くらい、はみ出てるんだけどな。
「いいのか? すごく邪魔そうに見えるけど」
「いいのいいの」
あのもさっとしたのを放置して、他になにがあるってんだ。
考えたら、あれを毟るには川の足場が問題だよな。
それからはあっさりと森を抜け、山側に出ていた。
おい、連絡路周辺の依頼じゃなかったのかよ。
だったら遠回りでも街の北側出口から回った方が、敵に時間を取られずに済んだじゃないか。
「森ん中を通る必要はあったのかよ」
思わず呟いてしまった言葉に、ゴストは真面目な顔で右腕を掲げると力こぶを作る。
「少しの時間も無駄にせず、討伐したいではないか」
もっともらしいことを言っているが、時間に余裕があったのだろう。
俺の依頼は本当に短時間で済みそうな感じだな。
「やっぱり俺はついでだろ」
「おっ、タロウ鋭いじゃん」
「誤魔化しても無駄みたいだぜ」
「さすがだタロウ。草なぶりに特化した、慎重派と名高い冒険者だけのことはあるなハハハ」
うるせえよ!
特化したんじゃなくて、せざるを得なかったんだ。そんなポジティブな見方はやめろ!
たまに思う。
こいつら心底そう思ってて、嫌味じゃなさそうなのが性質が悪いって。くそっ。
いっそ茶化してくれよ!
「では、拠点に移動だ」
さらっと今さら告げられた目的地に、冷や汗をかいた。
「どうだね。大変な光景だろう」
枝葉で偽装した拠点――と呼ばれている小さな掘っ立て小屋。
その板屋根の一部が、ぱかっと開くようになっており、俺とゴストは頭を出している。
中途半端に覆った邪魔臭い枝葉が、ちくちくと顔を刺して地味にいらつく。
くっ……静まれ俺の右腕よ。
お前のスキルが目覚めるのは、もうちっと後なんじゃ。
刈ってやりたい衝動を抑えつつ、周囲の状況を改めて確認する。
高原を吹き抜ける爽やかな風を顔に受け、俺は広々とした淡く青い空を呆然と眺めた。
土色の荒野には、黒々とした大岩がぽつぽつと転がっているが、もしかしたら昔に邪竜が現れた時の名残だったりするんだろうか。
今は、中ほどの巨大な岩には櫓が組まれている。
辛うじて誰かが手を振っているのが見え、ゴストも振り返した。
「なんで、俺は岩場を見ているんだ……」
確か以前、岩場にも来てほしいなんてふざけた依頼のフラグは全力で叩き折ったはずだ。
うやむやになっただけの気もするが、それはいいとして。
「俺って、山道の整備に来たんだよな」
現状を把握した俺は、思わずぞんざいな態度で訊ねていた。
「無論だ。タロウ、見ろ。あいつが標的だ」
言われた先へと、雑に目をやる。
「確かに緑色の塊はあるけど……」
普通の雑草が、地面にへばりつくようにして生えているようにしか見えない。
背高草のように視界を防ぐでも、細い枝葉が広がって邪魔な感じでもない。
どこの山でも見られそうな光景にしか思えないが。
「まあ、しばらく見ていてくれ」
何か毒液でも吐き出すとかあるんだろうか。
言われたとおりに、じっと目を凝らす。
濃い緑と枯れた茶色い部分が、まだらな雑草の密集地。
それが、地表をぬるっと滑った。
「ぬ、見たか」
「か、風が強いし、そのせいだよな」
「見間違いじゃないぞ。ああいうものだ」
え、ええぇ……あんなん触るの嫌なんですけど。
ここには気持ち悪い草しかないのかよ!
「あれ動くんだよ」
「突然だから戦闘中なんか邪魔でさー」
パニックに陥りかけていると、すぐ下からセプテとイレントの声が届いた。
二人は外に立っていたが、大して高さのない小屋だし背のある二人だから、屋根の上からでも近い。
この覗き窓の位置に意味はあるんだろうか。
「対象物と位置は把握できたな。さあ、向かうぞ」
渋々梯子を降りて、外への扉を開ける。
「ケゥ……ぴョッ!」
「ふおっ!」
途端にハリスンが飛び出したが、イレントが長剣を片手でくるっと回しただけで、なんなく切り落とした。
西の森の側だし、中ランク中難度の位置か。
この小屋、拠点だとか言っていたが、機能を果たしてんだろうか。
人が集まるのに、こんな場所でいいのかよ。
がさがさと木を揺らす音を聞く度に、びくついてしまう。
ちょくちょく魔物が飛び出すたびに、近ければイレントが剣で、遠目ならセプテの矢が撃ち落とす。
なんの心配もないように思えるものの、こいつらの体力はどうなってるんだ。
見ていると無駄な動きはないし、これで休みつつなんだろうというのは見てとれた。さらには、魔物が少ない間は交代で戦闘したりと、やりくりしているようではある。
それにしても、他の種族ズルすぎない。
「もしかして、遠征とかにも行ったりする?」
「ああ、たまにな。こちらの仕事が優先だから、よっぽど人が足りないのでなければ、参加は見合わせるが」
もしかして、中ランクといえど上位者なんじゃないかと思い始めていたが、やっぱりそうだったのか。
俺も、どうにか見る目くらいは肥えてたようだ。
このまま冒険者専門の解説者として鍛えよう。
ちょっとした岩の破片以外は、なんの障害物もない高原を横切り、目的の緑の悪魔へと近付いていく。逃げたい。
間もなくゴストは草の手前で立ち止まり腕組みした。
間近で見れば、膝ほどの高さもない。クローバーのような平べったい葉っぱが連なり、絡まった細い茎の先端はぜんまいのように巻いている。
今は風にあおられ、そよいでいるだけだ。
「これが忌々しき、転草という名の敵なのだ」
「またそんな人を馬鹿にしたような名前」
どこの植物学者か駄洒落研究家かは知らないが、名付けた奴、いっぺんしばいてやりたい。
深呼吸して頭を冷やして、集中だ集中。
「少し調べる」
こいつ、引っこ抜くだけで済むのか?
移動するくらいだから根を張れないと思ったが、ものすごく伸び縮みするとかの可能性もある。
得体の知れない草の塊の側で片膝をつき、気分的に息を止める。
そっと剣で茂みを掻き分けると、葉っぱがぶわっと蠢いた。
「うおぉ気持ち悪ぃ!」
鳥肌立った!
また仰け反りすぎて尻餅つくところだったろうが!
どんな生態してんだよ。ハエトリグサみたいなもんだと思うが、動きすぎだろ。
我慢して根っこ辺りを覗いてみるが、どうなってんのか分からん。
さらによく確かめると、根っこが地表を覆うように広がっているようだ。
接地面は細かいもやしのような層があり、葉や茎はそこから生えているらしい。
さらにそのもやし層と地面の隙間辺りに、剣の刃を水平にして挿し込んで、持ち上げてみ……ぎゃああ動いた! こいつ、目の前でっ!
「な、面倒だろ?」
「特に、夜は困りもんでな」
暢気にぬかしやがって、依頼したくなる気持ちはよく分かったよ!
俺だって頼みたいわ!
移動距離は、ほんの数十センチといったところだろう。
ただし目の前で、ずずっと動かれると、かなり動いたように見える。
毟りながら移動されるなら追いつつだから面倒だろう。
しかも、そこそこ面積もある。
どうにか切り分けながら殺るしかない……。
「こいつに毒は」
「それは大丈夫」
ならば、ひとまず剣はしまって、素手だ。
ちょくで根に触るとすぐに動きそうだから、まずは葉の下の方を掴み、思い切り引っ張った。
途端に、手に絡まるように茎が動く。
ぞわぞわ動くな。
引っ張ると、もやし層が逃げるように滑る。
幅があるためか、それなりに力までありやがる。
大人しくっ、毟られろよ!
試しに綱引きをしてみたが、千切れるのは葉っぱばかりだ。
もやし層を断たなければ、除去は難しそうだ。
もう少し力があれば、力持ちいるやん。
振り返って目が合うとゴストは首をすくめた。
「そんな草っぱに、この腕が負けるはずはない。だが、そいつもしぶとくてな。茎は千切れるが、肝心の根が残ってしまってね。それにええと、持久戦になれば足腰にくるのだよ!」
ついでに二人を見る。
「あぁ俺、刃物の扱い得意じゃないからさー」
「柔らかいから、農具でも用意しないと難しいんじゃないか。それに剣で地面を叩っ切るのはちょっとなぁ」
セプテは空々しく、イレントはやる気なく言い訳した。
お前らが生き生きとしているのは魔物の前にいるときだけだろう。
分かりましたよもう。
「解体してやる」
こういう時はナイフだな。
茎の束を掴みなおして持ち上げつつ引っ張りながら、すかさず縦に割くようにナイフを突き刺した。
うまく切り分けられたのは良かったが、細切れにしたことで追うのが大変になるとは誤算だった。
逃げまどう敗残兵を刈り尽くすと、動かなくなった骸を集めて汗を拭う。
動かな……動いてるじゃねえか!
葉の方と絡めてしまうと移動はできないようだが、反応はしている。
そりゃそうか、草だもんな一応。枯れるまでこのままなのか……。
どうやって動いてるのかと思ったが、繊毛運動?
大量のもやしが面での移動を可能にしたのだ。どうでもいい。
どうやら転草は、根を地中に下ろしていないらしい。
根は地表に貼りついているだけなのは、ありがたかった。




