158:他愛もない羽の話
本日の依頼者ご一行様と俺は、西の森に入り込み北へ向けて進む。
のしのしと前を歩くまとめ役は、炎天族の上に横幅もあるせいで周囲は見渡せない。
それでも木々の狭間から左右を必死に見たところでは、心なしか以前に来たときよりも小ざっぱりしているようだった。
頑固な団扇草も邪魔になる場所には見当たらないから、あれからは真面目に片づけてるんだろう。
久しぶりに来た気がするけど、考えればそう経ってないんだよな。
ここ最近で急にあちこちに連れていかれるようになったから、それまでの俺の行動範囲を考えると感覚がおかしくなったように感じる。
筋肉森葉族が前の作業とは違うと言ったからには、川沿いの道なりではなく、森の中方面なのかなと思っていた。
なのに前と同じように川沿いを歩いているし、道を逸れる気配がない。
「あのーまとめ役? 連絡路周辺の依頼としか聞いてないんだけど、この辺じゃないのか」
そういえば前に名前を聞いた気がするが、筋肉まとめ役としか覚えていない。
いや、あれはギルド長から聞いたんだっけか。
「べぶっ」
思い出そうとして首をひねり一瞬でまあいいかと諦めたとき、いきなり立ち止まった背中にぶつかってしまった。
魔物が現れたかと思って見上げると、まとめ役が鋭く睨んでいる。
「あ、ぶつけて、すんません……」
俺、弱っ。心根が弱すぎ!
しかし怒らせたかといった心配は杞憂だった。
「タロウ君。まとめ役だのと水臭いじゃないか。そういえば名乗ってなかっただろうか? これは失礼しちゃったな。ゴスト・ヘッドだ。気軽にゴスちゃんと呼んでくれてもいいぞ」
「いやです」
「なっ、なにぃ?」
狼狽するまとめ役を笑いながら、俺の背後を歩く二人から声が上がった。
「俺はセプテな!」
「イレントだ」
「あ、どうも」
筋肉首羽野郎が冷やかすように名乗り、筋肉森葉は流れで気のない返事をした。
そういや、こいつらが互いを名前で呼んでるのを聞いた覚えがない。
恐らく脳筋波長で交信しているのだろう。
「お前ら、ずるいじゃないかっ」
「ハハハ、まとめ役様々なんだししょうがないじゃん?」
「そっか……責任ある立場とは孤独なものだな」
筋肉仲間がいるだろうが。
背を丸めて項垂れながら歩き始めたが、背筋を盛り上がり震わせる様は、やはり威嚇されているとしか思えない。
鬱陶しいな。
「ゴストね。俺も君なんか付けないでくれたらいいですよ」
そもそも、前は呼び捨てじゃなかったか。
なんで突然そんな対応に変わったんだよ。
がばっと振り向いたゴストは、満面の笑みを浮かべていた。
「いやそうだったなタロウよ。今回は、少しばかり無茶な依頼をしてしまったからな。気を遣って呼んでみたのだ」
「そう、ですか」
それおかしくないか。
俺が依頼を受けた側なのに、なんで金出す方が畏まってんだよ。
大体、無理といえば前回の方がそうだ。
よく分からないがウキウキと歩き出したので、もう下手につつくまいと急いで後を追った。
「がはははは!」
時に敵を殴りながら笑う、うるさいまとめ役の声を聞いたりしつつ、背後の木陰に縮こまって様子を伺う。
あれは魔物を殴って嬉しい変態なんではなく、気合いの表れなんだろう。そう思いたい。
今回は、道々の草を刈る依頼ではないらしいが、足止めを喰らってる間は暇だ。
雑草にまみれた湿った土の細い道だから、魔物を避けつつ移動するのは難しいからな。
それも、俺の鈍足のせいだろうけど。
仕方なく、移動するぞと声を掛けられるまで、なんとなく目に付いた枝葉を払いながら待った。
とはいっても、さすがはまとめ役に抜擢されることはあるんだろう。
さっさと片づけてしまうから、そう長い時間ではない。
やはり抜群の安心感だと感じたのは間違いじゃないようだ。
比べるのは悪いが、強いなと素直に思ったベテラン中ランク冒険者らしいヤミドゥリとトワィラ兄弟たちを思い出しても、やはり安定感を感じる。
まあ比べるのが失礼だといった価値観も、ここでは薄そうなんだけど。
力量を明確にしないと、自他共に身の危険があるからだろう。謙遜する奴はいないが、見栄を張る奴もいない。
それはともかく、その安心感も個々の力量によるだけではないよなと、びくびくしながら眺めつつ思った。
どこが違うのかと思ったが、思うに連携がスムーズなんだ。
セプテとイレントの方も見る。
「ぎゃははは!」
「うはははは!」
うん。よく息が合っている。
こいつらだからこそという気がするよ。
どこか突出しているから人より秀でるのかなとすると、こいつらの場合は無駄に鍛えた筋肉と、それに侵された脳だろうか。
役に立ってるんだから見せ筋ではないか。
ともかく、これを一つの基準として参考にするのはまずいかもしれない。
どのみち、俺が目指すには高すぎる身体能力だった。
せめて同じ低ランク冒険者から参考にといっても、クロッタらしかまともには知らないが、あいつらにだって追いつける日は来るといいなーと溜息交じりに呟く程度だからな、はぁ……。
空しさを手近な枝を叩き折って晴らす。
どうやら午前中にしっかり討伐を済ませていたようで、前ほどは魔物に遭わないし、数も少ない。
上り坂に差し掛かる場所まで、すんなりと来たが、ここでまたミズスマッシュが現れた。
俺を庇うように背を向けて側に立ち矢を放っている首羽族の男、セプテを見た。
正確にはその首から生える一対の翼だ。
普通は正面から話すし、フラフィエ以外の羽をまじまじと見たことはなかった。
セプテの羽は、濃い茶色と黒っぽい斑点の模様が、ベースの白い羽毛を覆っているようで、イメージ的には梟などを思い出す。いや鷲とか鷹でもいいんだけど、顔が前面にあるからそんな気がするんだろうか。
そんなことはいい。
恐る恐るじっと睨んでみるのだが、おかしいな。あんまり気色悪くない。
人間っぽくない部分に俺もようやく慣れてきたのかと思ったが、考えたら岩腕族の岩のような肌もよく見れば不気味だが、特に気にはならなかった。
セプテの羽はきびきびと動き、フラフィエのように無駄にパタパタふわふわと、はためかせることはない。
骨がある辺りが太くしっかりしているし、ちょっとくらい引っ掛けても問題なさそうだ。
思い出してみるとフラフィエの方は、あの華奢さが駄目なんだろうな。
簡単にもげそうで。
「どうしたタロウ、こいつの羽になんか付いてたか?」
「ぅわっ、いやなんでもない!」
静かに隣に立っていたのはイレントだ。気が付けば警戒していた森の奥から戻ってきていたようだ。
森葉族め。隠密スキル高すぎんだよ。
「ん、俺の羽を睨め回してたって? 喧嘩売ろうってのか。やだよ面倒くさい」
「嫌な言い方すんな! そんなつもりはない」
「魔物は片付いたぞう。どうした争いか、やんのか?」
「誤解だ」
「チッ、違うのかよ。期待させんな」
「なんでお前らは一々物騒なんだよ!」
じゃあ、なんだよと不思議に見られた。
前に、シャリテイルと話したことを思い出して胃が痛む。
他種族の特徴にも慣れないと、いつもじろじろと見るのは失礼だよなと思ったことだ。
気を悪くされませんようにと祈りつつ、渋々と白状する。
「そのぅ、ちょっと、どういう機能があるのか気になって」
あっ、機能とか言い方も、もちっとなんかあんだろ!
「ああ、これね。やっぱ人族も気になるもんなんだな」
何気なく答えられた。
「首羽族は多くないからな」
ゴストもイレントも、初めて見ると気になって聞いちゃうんだよなあと頷いている。
ほっ、俺だけじゃなかったのか。
いやそれはそれで、いつも聞かれるとうざいんじゃないかと思うが。
県民性の話みたいに、食事はやっぱりウドンが多いのとか、お茶が安くて美味しそうとか、ラーメンは豚骨しか認めないのかとか、タコヤキとゴハンを一緒に食べるのは本当かなどなど、各地のイメージによる定番のネタ。他愛もない会話の一つでしかないが、それを繰り返されすぎてうんざりし、ある日そんな話をふった罪のない誰かに対して半ギレしてしまうようなことが、俺の回で起こってしまったらどうしよう……。
ついぐるぐると悪い思考にはまりかけてしまったが、バサッと大きな音がして意識を戻す。
羽を広げたセプテは、風切り羽を器用に動かして見せた。
しかめっ面になるのを堪える。堪えきれてますように。
「これな、風を読むんだよ。矢で獲物狙うとき、すげー便利」
「そう、なんだ」
なるほど納得と何度も頷いてみせると、セプテはゲラゲラ笑い出した。
え、俺からかわれたのか?
隣のイレントも噴き出した。
「いやぁ昔さ、俺が聞いたときと反応そっくり。つうか同じで笑える」
ああなんだ。そういうことですか。
信じていいのか迷ったじゃねえか。
「うむ、問題はすべて解決したようだな。それでは先を急ぐぞお!」
解決するような問題だったのか。
とりあえず、嫌な気分にさせずに済んで命拾いしたのは確かなようだ。




