157:花畑コンプ
広々とした草原の中に、これまたそこそこ広い花畑がぽつんとある。
そう思っていたが、街側から丘陵を上り、また傾斜が下りへと変わるころには、反対側の端が森と接しているのが見えた。
遠目にそう見えるだけで、木々とは距離があるのかもしれない。
他の場所も、森の境目が分かるように手入されているようだし。
ふと街の景色や人々の生活が浮かぶ。なんでも木製品だ。
ああ、単に資材として必要だから、ついでに伐採してるのかも。
工場通りの奴らは特に燃料が必要だろうし、自前で調達してそうだ。
岩腕族は伐採スキル持ってそう。
ストンリもたまに素材調達に出かけると言っていたな。
木材調達といったら、人族に向いてそうだけど。
「こんな場所じゃ、人族が仕事するのは無理だよな」
これも冒険者たちの仕事なんだろうか。そんな気がする。
雑用っぽい感じがするし、ギルド職員や砦兵も関わってそうだ。
いや必須なら雑用とまではいかないか?
そんなことを考えながら花沿いに緩やかな坂を下り、森の際へと目を向ける。
気が付けば、遠かった森が結構近くに見えるまで来ていた。
だだっ広い草原の中だし魔物はケムシダマしか見ないから忘れていたが、もう位置的には南の奥の森のさらに奥、泥沼辺りの地点だ。
この辺で引き返そうかな。
ん、なんか今、キラキラと空中が光ったような。
目を凝らすと花畑の森側の端の方で、花の中から上空へと、ふらふらと彷徨っている姿がある。
「お、おぉ、新たな魔物? そうか、お前がコチョウだな……把握した」
ゲーム中レベル9のコチョウ。
毛羽立ったような黄色い胴体に、同様の淡い紫色の羽がくっついている。
間近に見たらさぞ気色悪いに違いない。
よく考えたら、どいつもそうだな。
もっと格好いいのは居ないのかよ。えー例えば、そう。ドラゴンとか。
あ、ドラゴンっぽいのは邪竜になるのか……一生目覚めなくていいです。
見た目なんか今はどうでもいいんだよ。
コチョウの特殊攻撃は、弧を描いた羽の縁が弓になるダブルショット。
序盤の雑魚だと思って挑むと痛い目に遭う、初見殺しな敵だ。
俺は剣を握る手と爪先に力を込め、全力で回れ右した。
そんな攻撃なんか現実で喰らってたまるか!
地面に手をついて立ち上がろうとして勢い余り、掴んだ雑草をむしり取ってしまった。無駄に握力ばかり付いてる気がする。
それよりも、弱点が全体的に緩和されていってほしいってのに。
全力で花畑から離れようとしたせいで、草原の半ばで行き倒れてしまったのだ。
やれやれレベルが多少上がったくらいでは動じないなんて、ちょっとばかり人族の種族補正は強固すぎるんじゃないかな?
「ひぅ、エキサイティングな、散歩だったぜ……どっこいしょ」
片膝を立て、側にある手ごろな岩に手を付いた。岩はきゅむっと音を立てる。
「はぁ、まだ花畑に向かうには早すぎたようだ」
「ケム」
「そうか、お前も、そう思……」
「ぎムゥッ!」
粘液を吐かれる前に、お椀状の口を後ろから掴んで引き裂いた。
今度こそ立ち上がって、己の位置を確かめる。次に日の位置。
「まだ、時間あるな」
待ち合わせ場所から、あまり離れたくはない。仕方なく南の森に進路を取る。
ついでに草むらの狭間で、とぐろを巻くケムシダマを見つけては、ナイフで串刺しにしながら移動した。
「よおカピボー、全力でかかってこい!」
「キゥ!」
花畑をただ眺めただけだったが、十分な下見はできただろう。
なにより花畑面の魔物を全種確認できたからな。収穫はあったんだ。無駄ではないとも。脳内でゲーム画面を思い浮かべ、黒枠だった情報ページを画像で埋めた。
豆粒サイズだろうと拝んだことに違いはないからな!
「ぷキッ!」
跳んできたカピボーの短い尻尾を掴んで、後に続いたケダマを叩き落とす。
殴ったケダマは半分に縮んだだけで、カピボーの方が尻尾の根元から千切れて消えてしまった。
一石二鳥作戦ならず。
「最弱魔物なんだから当たり前か……」
最弱か。
人間の方は、種族差はあれども得意分野が違うだけって感じなのにな。
魔物の方は、結構律儀にレベル差が段階的になってるような。
この場合は同種族内の差で考えるべきだろうか。
「どのみち、お前ら中身はマグだもんな」
「ケゥェッ!」
ケダマらを殴り倒しながら、周囲の景色やらをなんとなく見渡す。
正直なところ、魔素という存在以外は元の世界となんら変わりがないような気さえする。
その魔素が、なんにでも食い込んでいるから、色々と違いもあるんだろうけど。
多分、人種の違いなんかも魔素によるものなんじゃないかなんて、大枝嬢の目を見て思った。
マグと似た色だからってだけだから、違ったら失礼だな。
ともかく、そう考えれば邪竜と呼ばれるボスらしき存在も、邪神がどうたらといった超越的な存在ではないんだろうなって気がする。
今まで結界だとか封印だとか、ファンタジーっぽい言葉に惑わされていた。
実際は、そう呼ばれているだけで、この世界にとっての物理的なものというか。
さすがに自然現象っていうには、不自然すぎるような気もするが。
なんで言いきれないのかと思ったが、魔物に知性っぽい行動を感じるからだろうか。
少し早めに、森の外へ出た。
結界柵に腰かけて弁当を片付けておくためだ。
待ち合わせ場所である畑の西端にある小屋へ向かう。
以前、西の森のまとめ役が、そこを指示してたな。
連絡路周辺の持ち場とか、割り当てでもあるんだろうか。
まさか今日の依頼者も、あいつらじゃないよな。
小屋の姿を視界に収めたが、たどり着く前に逃げ出したくなった。
遠目にも、両手をぶんぶんと振っている人影が見える。
「おぅい、こっちだぞう!」
野太く豪快な叫びもだ
「おお、タロウ君。今日はご足労頂いちゃってありがとう!」
「ひ、久しぶりです」
やはり、お前らか……。
まとめ役は暑苦しい満面の笑顔で俺を威嚇する。
「それほど経ってないけどなハハッ」
「おっと勘違いするなよ。また怠けて草生えたんじゃない。新たな依頼だ」
腕を組んだまとめ役の両隣に控えているのは、腰に手を当ててのけぞって笑う首羽族と森葉族の男。
いや依頼なんだし、気持ちを切り替えるんだ。
目に入るだけで鬱陶しいが、考えたら、こいつらと居て魔物に怯えることはなかった。
自分の失敗で危ない目に遭っただけで……い、いや俺も学んでるし、もう足を滑らせたりしないぞ。
「それではさっそく出かけようではないか!」
俺の既にうんざりした気分とは対照的に、朗らかな声に続いて、渋々と歩き始めた。




