156:お花畑
依頼まで空き時間ができた。午前中いっぱいだから結構な仕事ができる。
電話とか無線といった遠距離で連絡を取る方法がないから、午前と午後で大ざっぱに予定を考えるらしい。
ちなみに狼煙は緊急時だけに用いるもので、気軽には使われないようだ。
たまに聞こえてくる雑談から分かったんだが、これでも他の街と比べると細かいスケジューリングらしい。街が狭い分、距離の問題をあまり考慮しなくていいからだとか。大抵の街だと、連絡を取り合ってから予定を決めて、いざ行動するのに一日単位で時間を見積もるのが普通のようだ。のんびりとした時代だよな。
比べて日本での自分の行動を思い返すと、何をそんなにせかせかしていたのかと思う。特に急ぎでなくとも、ちょっとコンビニ寄るのですらチャリだった。
俺がほとんどを小走りで移動してしまうのは、時間がもったいないような、気が急くような、その時の感覚があるからだ。
実際、人より多く働かなきゃならないから別にいいんだけどさ。
ギルドを出てから、また自然に南へと歩いていた。
「なにすっかなー」
何日もかかると思っていた洞穴襲撃も、いきなり攻略してしまったし。
といっても中ランクの中でも最弱の、最弱洞穴だ。
本来なら、研修中といって差し支えない低ランク冒険者ですら、中ランク低難度の花畑がスタートだというのに。
なんということでしょう。まだ俺はスタート地点にすら立っていない!
そんな馬鹿な。カワセミすら倒せたんだぞ。ラッキー討伐だけど。
「しまった。タグ渡すの忘れてた!」
大枝嬢からも聞かれなかったが、朝からいきなり討伐証明の必要が俺にあるとは思うまい。
ここ何度かの、ハエもどきとの戦闘を思い返す。そして、倒したときの感触も。
その感触の軽さが不思議で、じっと手を見る。革手袋に包まれた手のひらを見ても意味はなさそうだが。
刈り取れど刈り取れど、わがくらし……ら、楽になってるし。
暮らしはともかく。
手応え、か。
動き自体は実際に身に付けなければならないとはいえ、こうも自覚できるほど差を感じるのは、レベルが押し上げていると考えるべきなんだろうな。
そもそもレベルという概念があるのかどうか、実感を得るためにもレベルを上げてみようと思ったんだった。
低ランク冒険者という立場や、未だまともな仕事は出来ないという現実があるからスルーしていたが、この感覚こそステータスが上がったという証拠だよな?
あくまでも、身体能力の向上にのみ働くらしいのは残念なことだ。元々スキルやジョブのあるゲームではないから、そこは期待できないけどさ。
たとえば鎖鎌という武器を購入したとして、その後すぐに戦闘に出かけても、ダメージを与えられることはないだろう。俺が血まみれになるわ。
武器だけでなく防具だって、重く嵩張った金属鎧をフル装備して、いきなり動き回れる気はしない。肉はさみそう。
そこは、コマンド選択でその通りになるゲームとは違うところだな。
ひとまず、知りたかったことは確認できたということにしておこう。
なら、今後は躍起になってレベル上げする必要はない。というか、続けていれば結果的に上がってるもんだ。
しばらくは依頼に集中しようかな。
合間に実戦を重ねて、出来ることを模索するのがいいだろう。俺の場合は実力に見合った相手を調べるのも大変だが。
よし、ちょうど今がその合間。
とにかくそこらの魔物をぶん殴って回ろう。
「キピッ!」
まあ考え事しながらも、カピボーどもは抹殺していたけどな。成長著しいぜ。
魔物を見付けた瞬間に殴り掛かってしまうようになったのは、悪いことではないと思う。だが、よく忘れるがステータス差だけでなく特殊攻撃にも気を配らないとな。
俺に回れる場所か。徐々に難易度を上げつつね。
改めて、中ランク低難度の場所と魔物を思い出してみる。
「あ、花畑、泥沼」
すっかり忘れてた。その二つをすっ飛ばして洞穴に来てるじゃないか。
どうも忌避感から無意識に避けていた。初めに無理だと思い込んでしまったし、実際に危険な目に遭ったからな。
「……まずいか?」
いける、気がする。いやいや早まるな気のせいだ。
「何か、見落としてる気がするんだよな」
どっちがマシかと言えば、泥沼より魔物のレベルが低い花畑だろう。
手がかりがないか見に行ってみるくらいはしよう。
フラフィエから教えてもらったことによれば、スリバッチは青っ花が生えている場所をテリトリーにしていて、近付かなければ襲われることはない。
行動範囲は広そうだから、花畑の周辺をぐるっと回るくらいにしておけばいいだろう。
「というわけで、やって来てみましたー」
もちろん草原に。花畑の中にまでは入らない。
遠目には草原の中の、ある一帯が花で溢れて見えるが、近付くと端の方は膝丈の草と花がぽつぽつと混ざりながら切り替わっていくため、境界が明確にあるわけではない。その、少しばかり花が混ざっている辺りをうろつくことにした。
また祠周辺を探索しても良かったが、こっちの方が待ち合わせの畑に戻るのも楽だ。
飯のために少しでも稼ごうと思いはしたが、一度気になると午後の仕事に集中できなくなるかもしれないし、雑念は隙間時間に晴らしておかないとね!
改めて、広々とした丘陵へ目を向けた。
ごくわずかに草原よりも高台になる、なだらかな一面が花で埋まっている。その縁まで登って向こう側を見渡すと、今度は山並みに向かって下りになっている。下りきったところは、また草原で、山並みとの間は木々が縁取る。
草原は草の背も低いし、ケムシダマは発見し易く迂回も楽だ。
スリバッチが黒い粒にしか見えない距離を保ちつつ、周辺を見て回る。
厄介な敵と言えば、もう一種類、飛ぶ魔物がいるはずなんだが、どこにも姿はない。
コチョウという蝶の魔物だ。いるなら多分でかいだろうし、すぐ分かると思うんだが。
そいつのレベルはスリバッチより上だが、敏捷度はスリバッチよりも低かったから飛行速度も遅いはず。遅くありますように。
花畑の中に潜んでいる可能性もあるが、前回は見なかったし、フラフィエも何も言わなかったからな。
レベルを考えたら、もっと結界柵と離れた場所にいるんだと思う。
念のため、花々の隙間にも時に目を走らせつつ移動する。何種類かの花が生えているが、どれも気持ちの悪い巨大な草花だ。通り過ぎがてらよく見て思わず顔をしかめた。粒々具合などが気持ち悪い。
街の中に生えている雑草や草花は普通で、素通りするほど目立たないものなのに、ここだけ異様なのも不思議だ。
確かフラフィエと話したな。
誰かが植えた畑を魔物に乗っ取られたとかではなく、魔物自身が種を持ってきて生えたのではないかといわれている、だっけ。
魔物が執着するとすれば、マグの含有率が高い種類だとか、そんな理由しか浮かばない。スリバッチの持つすり鉢の中身は、青っ花の蜜を利用してるとも言ってたから当たってそうだ。
魔技石にも利用する蜜なんだから、マグと結合して加工しやすいんだろうか。
「なんでもマグか」
そろそろ勝手な思い込みじゃないと思うくらいには、なんにでも関係している。
魔物だけじゃなく、人間の世界もそうだ。金銭や燃料に道具と、こんなに依存しているのはどうなんだ。なんでも石油だとか電気があるのと変わらないのか?
やめやめ。小難しいことなど、俺の生活には塵ほども関係ない。
「こうして見てる分には、すごくのどかに見えるのにな」
花を見て和むような感性は持ち合わせていなかったはずだが、なにしろこの街には娯楽がなさすぎる。
虫が育てているようなものと考えると気持ち悪いような、ものすごいような。
それにしても、これっていつでもこうなんだろうか。
季節ごとに生え変わるとかないのかな。
なだらかな斜面沿いを歩いていると、でこぼことした地面にぶつかった。
綺麗に円を描いて生えているわけでもないから、密集した花が外へとはみ出ていたりするのだが、そこを大回りで移動すると、岩の欠片が埋まっているような場所があった。
花が固まっていたのは、これを避けたせいか。
足元に目をやりつつ歩いていると、倒れた花の葉や太い茎が絡まっていて躓きそうになった。
「おっと、でかい根っこがはみ出て……るわけないな。ケムシダマしね!」
「ケュムッ!」
絶対いると思った。
こんなこともあろうかと剣を手にしているのだよ。
「お前も、もっと弾力があったはずなのにな」




