155:洞穴攻略
ナイフを持ち替えたのは、ハエの外殻で刃こぼれしたら嫌だなと思ったからだ。
かといって、薄暗い中で数匹が一度に寄ってきたら、殴るのに間に合うか分からない。
というより、殴り倒してたときに感触が気持ち悪かったのもある。
それに、勢いが乗ってないまま殴りつければ普通に齧られそうだからな。
どうせ攻撃が当たりそうとなれば、反射的に殻に閉じこもる奴だ。
出会い頭に躊躇せず殴り掛かることを胸に刻む。
正面の敵が殻を閉じても、横から来た奴が腕を齧ろうとするだろうが、ナイフの刃が多少は邪魔になるはずだ。
そんなことを考えて、柄で殴りかかってみようかと思ったわけだ。
いつも無駄なシミュレーションに終わるけどさ!
そろそろと、狭い洞穴の入り口をくぐる。
外から見れば黒く見えたが、穴倉に入り込んでしまえば目が慣れるのか、薄っすらと明るい。それは背の入り口から光が入り込んでるせいもあるだろう。
洞穴の奥は、すぐそこに見えていた。
近すぎ。
だが気は抜けない。どうやら、右手に曲がるようだ。
ゆっくりと近付いて曲がり道をさっと見る。
その光景に力が抜けた。
右手の奥地には、壁沿いから白い明かりが漏れているのが見えている。
大枝嬢の言葉通りだった。
「まじで、短い、通路……」
呆然と呟いた途端、視界の壁から、出っ張った岩の塊が崩れ落ちた。
「うわっ」
「ブブー」
カラセオイハエ、お前そんなところに留まっていたのかよ!
「あ、危なかった。驚かせやがって」
三匹で助かった。
残った外殻を端に寄せるために拾い集める。
一応、反対側の出口も確認しておきたいし、どうせなら奥の入り口脇に放置しておこう。
光が差し込んだところで、地面に置こうと殻を見ると、表面が石で削り取られたような跡に気が付いた。瑕は新しい。
これ、昨日俺が壁に叩きつけたときのじゃないか?
「やっぱ、使い回してんのな」
そのくせマグは400で固定なのか。
初めから、マグで生成する分のマグを取り分けて生まれるんだろうな。
腑に落ちない。
殻とランタンを置いて、武器を持ちなおして外を覗いた。
視界悪すぎ。
出口の前を塞ぐように細めの木々が迫り、枝から垂れ下がるツタやら藪が木々の隙間を塞ぐ。
そっとナイフで枝葉を掻き分けると、急な斜面がすぐそこにあった。
放牧地側から山へ登る道と似た感じだ。この上に大枝嬢の言っていた本物の洞穴があるんだろう。
まだ巡回前だろうと思う。人を見たことはないが、南側は結構後回しっぽいし。
四脚ケダマが大量に飛び出てくると大変だと、その辺をつついたが、なんの反応もない。
さらに小石をやや遠くへと投げてみたが、何もいないらしい。
それから頭を出して左右をさっと確認した。
崖沿いに沿って、草が倒れたように生えているのが見えた。
他の奴らはここを移動してるんだろうか。
力任せに枝葉を押しのけて歩いているのが目に浮かぶようだ。
「脳筋どもが。力におぼれてると、いずれ痛い目見るぞ」
まったく羨ましいことだ。
「少し、片付けておくか」
草を持ち帰ろうと思ったわけではない。
妬みをやる気に変換し、辺りの藪に斬りかかった。
木の根元を片付け、釣り下がった蔦を引きちぎって、十分な視界と足場を確保できたと人心地ついたところだ。
ん?
なにか、がさごそと聞こえたような。
慌ててナイフを持ちなおして前方を睨んだまま、背後の穴まで後退する。
足元の邪魔ものを始末しておいて良かった。
と思った矢先だった。
「うわっ」
位置が悪くて、壁に肘をぶつけてしまった。
同時に、魔物が開けた視界を横切った。
斜面に曲がって生えている木の陰から、別の幹へと飛び移る。
滑空するように飛んだ次には、たった今俺が蔦を払った木にそいつはいた。
「げっ!」
カワセミだ。
いきなり中ランク中難度の魔物が出るのかよ。
いや北側の山と同じような場所なら当たり前なんだけどさ。
各難度の場所が近すぎない!?
眼前の木、その側面に留まった巨大なセミもどきは、まな板サイズの羽を震わせる。
皮で出来た羽でどうやって飛ぶんだよ。謎生物が。いや生物じゃないか。
「ピゥ!」
「ぉわぁ!」
幹を蹴って、びょんと飛んだカワセミの突撃を、とっさにしゃがんで避けた。
「ぷピャ」
頭上から鈍い音と潰れるような声がして、カワセミは頭を庇ってしゃがんでいる俺の腕に当たり、目の前に落ちた。背後の壁にぶつかってくれたらしい。
腹を上にして落ちたため、羽を震わせて地面をぐるぐると滑っている。
「……あのさぁ」
羽の一枚をガシッと掴み、もう一枚を膝で固定するとナイフを押し当てる。
ゲーム中レベル20と、ハエもどきより8も上だ。
その分だろうか、押し返すような弾力はそこそこ感じたが、刃が滑るようなこともなく致命傷を与えカワセミは消えた。
煙が絡むと、体に活力が沸き上がる。
「お、おぉ? レベルアップか」
こんなのでレベルアップしちゃうのかよ。
文句言ってる場合じゃない。どう考えても運が良かっただけだ。
残された羽を拾うと、洞穴に退避した。
レベル26か。
こんなに早く次が来るとは思わなかった。
カワセミのレベルも高いだろうが、四脚やらハエやらを倒したのも理由だよな。
カピボーなどと比べれば、それなりにレベルが上なだけのことはある。
「まずまずの成果だし、こんくらいにしておくか」
よし、撤退!
爽やかな朝の空気を吸いながら、南街道を大通り目指して歩く。
木々の狭間を眺めていると、小さな藪では定員オーバーだったのだろう。尻を出していたケダマが目に入り、思わず微笑みかける。
「お早うケダマ君、今日も気持ち悪い毛並みだね!」
早朝の短時間の狩りで、この収穫。
そうだ、狩りだよ。刈りじゃなくてね、ふふ。
予想外だったが、やっぱり嬉しいもんだ。
おっと、にやけている場合じゃない。
早くギルドに行かないとな。
魔震関連の仕事が一区切りついたということは、今日こそ依頼続行の指示があるはずだ。
シャリテイルからの伝言があるかもしれない。
あ……でも、そうか。
人の配置も元に戻るなら、もうシャリテイルが付き添う必要もないんだ。
ギルド長の口ぶりからして臨時で仕方なくって感じだったよな。
人手が割けない分、強い奴にお守りを頼んだんだ。
なんでシャリテイルがってのも、ギルド直属の立場だと知ったところだ。
今後は本来のように、依頼者が直接引率するんだろう。
少し残念な気もするが、まあ仕方がない。
俺は、低ランクの中でも下からナンバーワン冒険者なんだ。
さっきまで、少しばかりいい気になってた気持ちがしぼんだ。
「また、一緒に働く機会もあるさ」
他の奴らとの探索も、俺にとっては代えがたい機会だ。
なんでも勉強になる。知識になるだけだが。
ともかく、まずは大枝嬢に確認だ。
ギルドへ着くと、まだ人がそこそこ居た。
かけられる挨拶の声に応えつつも、話しかけられて止められないように足早に移動する。
下手に話し込むと何かに巻き込まれそうになるからな。
今はそんな心の余裕がないんです。
「コエダさん、伝言はありますか」
「おはようございまス、タロウさん。依頼ですネ」
大枝嬢はメモ紙を取り出して、さっと目を通した。
赤い魔技石のような目玉がギョロりと動いた。樹人族の生態も不思議だ。
「午後一杯で片付きそうな場所がありまス。西の森の連絡路周辺ですネ」
それって、前に連れていかれた場所じゃないか?
「あまり延びるのも困りますからネ。少しでも予定を消化できるよう調整しまス。お待たせして申し訳ないでス」
「いえ、とんでもないです」
悪いのはギルド長だ。そういうことにして、偉い人になすりつけよう。
「明日はお休み頂いて、明後日は早朝から一日入って頂けそうですヨ」
「予定はお任せします」
大枝嬢は、ほっとしたように微笑んだ。
「では、よろしければ昼までに、畑の北西にある小屋に待機をお願いしまス」
「了解っす」
午後で済むし、知らない道じゃないだけマシだな。
へこみ気味だったが、依頼があると思うと気が引き締まった。
日々の飯を得るために働かなくちゃな!




