153:詠唱破棄、無効
なんとなく、シャリテイルにも何か肩書があるんだろうなとは思っていたが、想像を超えて重要そうな立場だった。
「えぇと、聞いたらまずかったとか?」
「別に隠してるわけじゃないのよ」
重要そうとはいっても、社会に出たことのない俺には、いまいちピンとこない。
あれかな。
掃除時間にホウキでチャンバラやっててヒートアップして喧嘩してるのを、先生に言いつけるクラス委員長とか、そんな感じか?
悪いのは俺たちだったとしても、告げ口しやがって感じ悪いとか心の中で八つ当たりしてしまう立場。あの時はすまんかった。
それはともかく。いわゆる内部調査官?
そんな洋ドラを見たことがあったな。軍内部の腐敗を暴くだとかそんなやつ。
ギルドの腐敗……この街の場合、ものすごく縁遠いイメージだ。
ドラマのようなことはないにしても、組織の犬と言い換えれば、冒険者稼業なんてやってるやつらは最も嫌いそうな立ち位置にいるような気がするが。
もしかしてソロでいる理由には、それが関係するんだろうか。人手が足りないだでなく、避けられてるのかもしれない。
いつもあちこち走り回っているシャリテイルの姿を見て、せめて相棒でもいれば楽だろうにと、いつも思っていた。
でも俺の依頼に付き合って湖へと行った時、他の奴らの態度は悪くなかったような。
ごく自然にパーティーを組んでいたし、遠征組と戻って来た時も仲が良さそうに見えた。
まあシャリテイルはこの性格だし、嫌な顔をする奴なんて、そうはいない気がする。微妙な顔なら幾らでもされてそうだが。
そんな疑問を補足するようにお姉さんズが説明する。
「仕事の内容的に、まず嫌がられるものだから」
「特に新しい人ほどねぇ」
ああそうか。
そこで、クロッタたちの反応を思い出した。あいつらは低ランク冒険者だ。
あの姉ちゃんかと複雑な顔で言っていたのは、シャリテイルの素っ頓狂な発言のせいだけでもなかったんだろうな。
ランクを上げたいと思っている奴らには、抜き打ちテストされてる気分になりそうだ。
少なくとも距離は置かれているんだろう。
なんとなく事情はのみこめた。
俺が嫌そうな反応をするかと、大枝嬢はシャリテイルのためにしっかりと伝えてくれたんだ。
「そんなもんすかね」
思わず出たのは、曖昧な言葉だった。
こういったことに気の利いた事なんか言えないよ。
「ほんと、タロウは我が道を行ってるわよね」
「タロウさんは、ご自分の意志をしっかり持ってらっしゃいますものネ」
いや、たんに意地になっていただけで……。
間抜けな反応しかできなかったが、安心してもらえたみたいだ。
せっかく久しぶりの息抜きみたいだし、雰囲気を台無しにしたくはないだろう。
それで話題は、仕事の話へと切り替わってくれてほっとした。
俺が世間に疎くて良かった。
少しだけ焼き野菜もつまんでしまったが、話し辛いことがあるかもしれないし、あまり長居するのも悪い。
そもそも餅……らしきものを味見したかっただけだ。すぐにお暇しよう。
大枝嬢とシャリテイルに声を掛けた。
「そろそろ、帰るよ」
「ほとんど食べてないじゃない」
「流れで邪魔しちゃったけど、おっさんが晩飯作ってるだろうし」
「急だったものね」
俺が立ち上がると、すかさずトキメが立ち上がった。
「もう帰るのか? 残念だなあ。依頼の話なんかを聞きたかったよ」
「またギルドで会いましょ」
「頑張ってねぇ」
残念そうに見送ってくれるトキメの後ろで、ユウさんとリンダさんは笑顔を一瞬向けてくれたものの、軽く振った手をすぐに食べ物へと伸ばした。
くっ、好感度ゼロじゃないか。
なんで俺は大枝嬢が休みの日に別の窓口へ行かなかったんだよ……!
こうして妄想上のラッキーイベントなど微塵もないままに、俺はとぼとぼと女子寮を立ち去った。
これが現実か。
宿に戻ると、頂き物のドライフルーツをおっさんに渡した。
俺だけでは食べきれる気がしないし、きっと食事に追加されるだろう。
以前、衝動買いした赤身を渡した時も添えられていたからな。
毒々しい赤色の漬物だなと怯えながら食べたら酸味の強いリンゴ味で、ギャップに吹き出しそうになったのを思い出した。
宿で改めて晩飯を食い直した後は、南の森へ来ていた。
カラセオイハエと四脚ケダマのお陰で、コントローラーのマグの回復が早い。
確認したいことの中から、時間のかからないものを考える。
しばし悩んだ末に次に試すことにしたのは、掛け声についてだ。
例の必殺技名がどうにかならないかと気になっていた。
残念ながら、無詠唱での使用はできないらしいからな。
「だからさぁ、せめてマシな名前にしたいんだって。そこんところ頼んますわ」
なんで、よりによってヴリトラソードなんだっての。
これが親父なら狂喜乱舞しているに違いない。
ふぅ、心を落ち着けてっと。
記憶の中から、必殺技名らしい言葉を幾つかをピックアップする。
おっと、厨二時代の黒いノートの記憶は抹消だ。
漫画や小説の技名も省こう。漢字の横にルビで読み方の違ったものが多いし。
アニメかゲーム辺りが無難だろう。
コントローラーを眼前に構えて集中し、技名を叫んだ。
「始祖直伝の秘技、黒糖百裂剣!」
小学生になった頃、日曜の朝を楽しみにしていた世紀末ファンタジー戦隊モノの剣技だ。
レッドの技だが、モヒカンイエローの方が好きだったな。
「A-10フィールド展開、出でよアヴェンジャー!」
高学年頃にヒットした、重々しい軍用機がロボットに変形して戦うアニメだ。
当時は知らなかったが、ミリオタや高齢者にも人気が出たのが流行った理由だとか。
「記述ブラックマジック、適用ターンアライブ!」
中学の時にゲーセンで爆発的な人気となった格闘ゲーム、デッド・オブ・ザ・デッド。プレイヤーはネクロマンサーとなりバーチャル空間で死霊を召喚して戦う。
使っていたキャラ、ブードゥ君の技で、浄化作用が大ダメージを与えるのだ。
「無属性魔法メギドレイン!」
高校生に入ってすぐにはまった亜熊合体が売りのダンジョンを攻略するロープレだ。その呪文の一つだが、属性無視でダメが入るため、考えるのが面倒になるとこればかり使っていた。マジックポイントを馬鹿みたいに使うから、それで進退窮まってやり直したことも思い出す。
魔法だし、必殺技とは違うか?
そうして幾つも叫んで、やがて俺は頭を抱え込んだ。
「おいぃ……融通きかない奴だな!」
まじかよ。
何も、起こらなかった。
違いを探して、記憶を遡る。
最も古い必殺技に当たる記憶は……間違いなくヴリトラマンだ。
奇しくも俺の中では、あれこそが必殺技と刻まれてしまっているようだ。
そのせいなのか……?
がっでむ。
親父の洗脳計画は粛々と進行し完了済みだったのかよ!
「待てよ、使えてもな」
考えたら、俺が選んだ言葉は長ったらしいものばかりだった。
いざ実戦で使おうとすれば、舌を噛みそうだ。
「あーもう、しかたねえな……ヴリトラソード」
難なく青い刃が生成された。
「解除」
その言葉で刃が消える。
これで固定かよ……。
俺の詠唱破棄無効計画はあえなく失敗した。
やる気が失せたので、これまで。さあて、討伐討伐っと。
大人しく藪をつついてまわっていると、焼き餅大会での話が思い出された。
人に嫌がられる仕事か。
そう言われても、こんな場所だ。誰かが本当に好き勝手を始めたら、大変というか面倒なことになるのは想像できる。
人間同士が揉めてる間、魔物が待っていてくれるはずもない。
統率しなきゃならないってことは、現場の情報は必要だ。
でも……もし、俺も普通の低ランクの冒険者並みに働けるなら、また違った感想を持ったのかな。
もやもやして、目の前の木に頭突きした。
もし、なんて考えてる場合じゃねぇだろ俺は。頭空っぽにして戦えよ。
頭に落ちてきたホカムリを叩き潰し、明朝の予定を書き替えた。




