152:シャリテイルの立ち位置
餅への妄執は去った。
日本の食べ物が食えるかもと期待しすぎてガッカリしてしまったが、そんな都合のいいことはないよな。
それに失礼な話だ。これはこれで美味いんだし。
正気を取り戻して顔を上げると、全員に注目されていた。呆れよりも笑いをこらえているように見える。恥ずかしくなって背筋を伸ばすと、腕が嵩張った腰の袋に触れた。
宿に戻らなかったから貰いものを持ったままだ。こういう集まりって割り勘とか持ち寄りだよな?
誤魔化すように、その袋を差し出した。
「えっと、先にいただいてすいません。そうだ、これ! 野菜と果物です」
多分な。
トマト色のナスビみたいなやつとか、俺には判断つかないものばかりだ。どうやって食うかも分からないし、ちょうど良かった。
「えぇ果物なんていいの? ありがとういただくわっ!」
炎天族のお姉さんは果物と聞くや飛び付いた。その様子に、隣にいた森葉族のお姉さんは呆れた声をあげる。
「もう、リンダったら食い意地が張ってるんだから。どれどれ? 今度は私の分まで食べないでよ」
「アタシは太らないから多く食べてもいいの。ちょっとぉ、ユウ、ずるいわよ!」
ユウと呼ばれた森葉族のお姉さんは、呆れた声を上げつつも差し入れた袋を横から奪った。リンダと呼ばれた炎天族のお姉さんも立ち上がり、二人は興味深々で中身をテーブルに取り出していく。その目は食欲を雄弁に物語っていた。
そんなに果物って貴重なんだろうか。
笑いながらそれを見ていたシャリテイルは、網の上から焼けたカボチャのようなものに竹串らしきものを刺して皿に取りながら俺を見た。
「もしかして食事会があるの知ってたの?」
「たまたま貰ったんだよ」
あ、頂きものとバラしてしまった。
仕方なく、この近所でのことを話すとシャリテイルは頷いていた。
「言われてみれば、あの畑で育ててるものばかりね。お喋りしてると貰っちゃうのよね」
シャリテイルが知らない人間など、この街には存在しないに違いない。
食材置き場のテーブルから嬉しそうな声が上がった。
「これは水玉じゃない! 傷みやすいし、さっそく食べちゃいましょうよ」
「皮剥くわ。深皿取ってぇ」
水玉ってなんだよ。
手のひらから、はみ出るほど大きな玉ねぎだが、見た目は淡い緑色だ。
リンダさんが深皿の底に置いた玉ねぎのてっぺんからナイフを入れると、水がどべっと噴き出た。
なるほど。水の玉ね……。
深めの小皿にその水を掬い入れ、切り身を浮かべたものを渡された。
串で刺して、生のジャガイモのような欠片を口に放り込む。ザクリとした歯ごたえの後に、メロンやスイカの皮付近の風味はあるが、味自体は薄い。周りに倣って水も飲んでみる。実よりも、水の方に甘味が全部出てしまっているようだ。
暑い日に冷やして食べたら爽やかで美味そうだが、残念なことにずっと持ち歩いていたから生ぬるくて微妙だった。
「んー甘くて美味しい」
「一仕事終えて食べる甘いものは格別ね!」
皆さんは、とても美味しそうに食べている。どうやらこれが普通らしいだ。
「はい、タロウ君。これは持って帰りなさい」
ユウさんが袋を返してくれたが、何か残ってる?
中には小さな袋が幾つかあった。ああ、ドライフルーツか。
「日持ちするものでしょ?」
確かに。野菜もたくさんあるのに、今食べる理由はないな。
言われた通り持ち帰ることにした。
食材の下準備を終えて、お姉さんたちが席についた。
先に網に乗せていた野菜も火が通り、煎餅と共に皆に取り分けられると、大枝嬢が声をかける。
「久々の魔震でしたが、今回の確認作業もおつかれさまでしタ」
「はーいお疲れさまでしたー!」
おお、打ち上げか?
みんなにつられて、お疲れと声を出してしまったが、俺は何もしていない。
「反省会に集まっていただいてありがとうございまス。期間中に気になったことなど、気軽に意見を交わしましょウ」
ますます俺は居て良いのかと思ったが、大枝嬢の言葉が終わるや、ユウさんとリンダさんは食べる宣言だ。
「先にお腹を落ち着けましょ」
「今日は休憩する暇なかったものねぇ!」
そうして焼き野菜に齧りつきながら、みなさんギルドでのなにげない話をしはじめた。
「余分な仕事が減っても、今度は溜まった仕事が待ってるわねぇ」
「ふぅ、こっちの都合も考えてほしいものよね」
「俺はまだ書類仕事が残ってるよ」
「まぁまぁ今回も何事もなく良かったですヨ」
「そうよねー」
ハハハ!
俺も一緒に笑ってみたが……空しい。
「こうして大仕事を終えて食事するときが幸せ。ねっ」
シャリテイルが無邪気に俺を見て同意を求める。
労せずに得た飯はうまいか――。
「美味いです!」
胸は痛むが無駄に空気を読んでやるぜ。
実際、こういうの久しぶりだ。
各々野菜を齧りながら気ままにお喋りを始める。
俺も隣の大枝嬢に気になったことを聞いてみることにした。
「職員の集まりだったんですね」
「ええ、魔震の影響に関する調査や対処も一段落つきましたので、一度区切りをつけましょうということで集まっていただいたのでス」
その後を横から続けたのは、大枝嬢をはさんで座っていたシャリテイルだ。
「むぐー、反省会というのは建前よ。いつも食事をして楽しむだけなのよね」
また片頬を膨らませて話している。食べるか喋るかにしなさい。
「シャリテイルさんたら、そんなことはないですヨ。ちょっとしたことでも参考になりますし、とても助かってまス」
「食事会ということは、じゃあ今ギルドは閉まってる?」
「いえ、ギルドが閉じることはありません。他の職員が応対してますヨ。食べ終えたら交代でス」
人数の割に馬鹿みたいに食材があると思ったら、そういうことか。
知るほどに大変な仕事だ。一冒険者というだけでギルドの内情とは無関係なのに、なんだか邪魔して申し訳ないことをした……冒険者?
そうだ、シャリテイル。
「なんで、シャリテイルがいるんだ?」
「なんでって、私、ここに住んでるし」
なんだ、住んでるんだ。
「は?」
いや、だって、ギルド職員の寮なんだろ?
「冒険者、だったよな?」
「そうね?」
あれ、なんか場が静まった。
お姉さんらも好き勝手にお喋りしてるかと思えば、しっかり聞き耳立てていたらしい。
なにか、聞いちゃいけないことを聞いた?
「ほら、タロウと同じよ」
「へ、俺?」
「ギルド長から直接依頼を受けたでしょ。それとおんなじ……かな?」
「どこがだ」
なんで最後疑問形なんだよ。
そこへユウさんが割り込んだ。
「あーこほん。タロウ君、それね。ギルドも外回りの仕事が多いのに、人手が足りないのよ」
助け船を出すような、まずい内容なんだろうか。
続いてリンダさんが豊満な胸を反らした。揺れる気配がないのは筋肉質だからだろうか。それはどうでもいい。
「アタシのように、高ランクの場所まで出かけられる人材を、ギルドで確保するのも大変なのよぉ?」
こんなところは冒険者と変わらず自信満々だ。やっぱり、自分の能力を誇るのが当たり前な価値観なんだろうな。
お、俺だっていつかは誇るし……違う。思考が逸れるところだった。
ギルド長から手が足りない悩みを聞いてはいた。当然それは冒険者だけでなく職員もだ。だから職員の仕事を肩代わりする臨時依頼があるとか?
いや、それにしては雰囲気が変だ。
「討伐に人手の足りない場所があれば向かわなきゃいけないし、遠征にも同行しなきゃだしね」
ユウさんが、職員の現場での仕事を教えてくれる。
ああ、そうやって依頼の偏りがあれば調整してるのか。その上で窓口業務だってあるんだよな。
「まあ、俺は事務方専門だけどね」
トキメが頭を掻きながら答えたが、それは言われなくとも分かる。
よく、分かるよ。同じ人族だもの。
「で、その手伝いを、依頼として受けてるってこと?」
「なんていうか、冒険者に身を置いているけど、ほとんど職員と変わらないかなぁなんて」
俺の言葉に、シャリテイルはすまして言うが、歯切れが悪い。
大枝嬢が大きく溜息をついて、俺を見た。
「シャリテイルさんには、冒険者内の内情や現場での行動を調査し、ギルドへの報告をお願いしておりまス。要するに、専属契約ですネ」
真面目な顔で見つめられているため、俺も精一杯真面目に頷いてみる。
「そう、でしたか」
けど、それがなんだ。そんなまずいことか?
「やだぁ、タロウ分かってないよ!」
俺が首を傾げるとリンダさんが豪快に笑い、シャリテイルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「上からのお目付け役って、嫌じゃない?」
あ、あぁ、そういうことね。




