151:故郷の味?
夕暮れに赤く染まる、冒険者街ガーズと書かれた看板を横目に、街の中へと足を踏み入れる。
まだ遠いが、見覚えのある姿がこちらへ歩いてくるのが目に入った。
黄色い頭に、青と白の衣装。そして間違えようのない巨大な目印である杖。
「おーい、シャリテイル!」
声が届いたのか、俺に気付いたシャリテイルは片手をぶんぶんと振り返した。
シャリテイルの方が先に気が付かないのは珍しいと思ったが、どこか別の方を向いていたようだ。
珍しいといえば、いつもは両手を振ってくるのに片手なのもそうだ。
近付くと、大きな袋を抱えていた。表面がぼこぼこで破れそうなほど満杯だ。
「ケダマとの夜遊びは終わったのぉ!」
誰が夜遊びだ。夜の討伐は、遊びじゃないんだよ!
「討伐! それは日が沈んだ後の予定だよ」
シャリテイルが駆け寄ってきたため、そう伝えたが。
「タロォウ! 毎晩無理してるんじゃないでしょうね!」
「もうでかい声出さなくても聞こえるよ」
「あっそうね」
夜な夜な出かけていたから、知られているのもおかしいことではない。
それにしても俺の一挙手一投足が住民にダダ漏れな気がする。
田舎の情報網、恐るべし。
……盗撮なんかされてないよな?
「なにをキョロキョロしてるのよ?」
「ごほん、なんでもない。それより無理はしてない。外からつつくだけだし」
そういえば俺の名前が時々語尾がおかしくされるのは、口の動きを見るに、どうやら巻き舌を使う言語だかららしいと気づいた。
はっきり言い切るとか早口だと普通に聞こえるが、叫ぶなどして間延びすると影響が出るようだ。
自覚はないのに、俺もアッポゥみたいな感じに喋ってんだと思うと、変な気分になるな。
「ふぅん。一日中街を巡ってるんでしょ。疲れないの?」
「まあ、昼間に走り回るようなことがなければ大丈夫みたい、だな……?」
俺が答えている間に、身の詰まった袋が渡された。
疑問に思いなからもつい受け取る。
ずしりと重い。カボチャとか野菜が詰まってんのか?
というか、すでに口から大根なみに太さのある長ネギのようなものが覗いている。
「んー。そう。人族のそんなところは羨ましいわね」
シャリテイルは、伸びをした。
俺は、半目で見る。
なに、しれっと持たせてんだ。
「あっごめんごめん。ちょっと肩が凝っちゃって!」
シャリテイルは誤魔化し笑いをして、また袋に手を伸ばした。
「どこに持って行くんだ? ちょうど帰るところだし運ぶよ」
あからさまにシャリテイルの顔は輝いた。
シャリテイルの後について大通りから右手に入り、住宅街の路地を抜ける。
どこまで進むんだろう。そろそろ南東の森沿いまで到達しそうだ。
なんて考えていると、間もなく区画の端まで来た。
位置的には、昼間に寄った奥さん方の棲み処のある並びで、南端になるか?
他の長屋っぽい隙間なく建ち並んだ住宅地と違って、隣近所とはやや距離があり、独立した家屋に見える。
コーポなんたらと書かれていても違和感なさそうだ。
他にはない特徴は、石を積んだ壁に囲まれていることだ。
といっても、俺の胸辺りまでしかない高さで、防犯用とは思えない。
結界柵に近いから、一応の魔物対策だろうか。
「着いたわよ」
丈夫そうな木製の門を、シャリテイルが開く。
まさか、シャリテイルの自宅なのか?
なんとなく気まずくて、尋ねてみた。
「ええと、ここは?」
「あーここね。ギルド職員の住居なの。あ、こっちは女性職員の方よ。もう一つ、あっちのが男性職員の住居」
なっ……んだと。野郎のはどうでもいい。
じゃあ、ここは……じじ、じょ、女子寮ッ!
「どうしたの目を剥いて?」
俺の目は、門に釘付けになっていた。
昼間に冗談で女子寮が云々と考えていたら、まさか、本物が存在したとは!
わざわざ男女別、ということはだ、考えるまでもなく独身女性職員が住んでいる場所ということだ。
ふむ。女子寮か――いい響きだ。
「いかがわしい目をしてるわね」
ぐ、言い返せない。
「ちょっと遅れ気味なの。急いで」
シャリテイルは、門の中へと滑り込んだ。
「待って」
慌てて後を追い、門を閉め直すと振り返った。
門から続く細い道、その先にある扉は硬く閉ざされている。
「あ?」
「タロウこっちよ!」
左手を見ると、そう広くはない雑草の繁る中庭に、細く煙がたなびくのが見えた。
煙の上がる位置を囲むように、レンガが四角く積んであり、その上には網が乗っている。
その周囲に椅子を並べ、見覚えのあるモスグリーンの制服を着た連中が座っていた。
男女の別なく、毎日のように見ている職員たちだ。
男女の、別なく。
「……え?」
目が合うと、まず声を掛けてきたのはトキメだった。
「おっ、タロウじゃないか! よく来たな!」
あんた何を混ざってるんだよ羨ましい。しかも我が物顔で歓迎か。ここは女子寮じゃなかったのかよ。
「あらぁ荷物持たされて」
「シャリテイルにつかまったのね」
話したことはなかったと思うが、窓口で見かける森葉族や炎天族のお姉さんもいる。
「タロウさんも参加ですか? いえ、その様子だとシャリテイルさん、お話ししてないですネ?」
そして、大枝嬢もだ。
大枝嬢はシャリテイルを見た。
シャリテイルは、ああっと小さく叫んで、ぽんと手を打った。
「そうそう、ちょうど焼き餅大会するところなの。食べる?」
餅、だと。餅が、あるのか!?
思考が止まっていたが、意識はその言葉に全力で跳び付いた。
「ぜひ!」
餅大会ってなんの競技だよ、といったツッコミを飲み込んで即答したが後悔はない。
「ええと、お邪魔します」
木のボウルや皿の乗ったテーブルの一つに、持たされた荷物を置いた。
早速、お姉さんが袋を開いて中身を取り出す。案の定野菜だった。
お姉さんらが野菜を洗い切り始めた側にある大きなボウルの一つを、俺は期待を込めて見た。
ナガイモをすりおろしたようなもので満たされている。恐らく、あれだ。
「腹が減ってるようだな」
そう言いながらトキメが用意してくれた小型のテーブルのような椅子に、礼を言って座る。
一同に会した面々を見回した。
ギルド職員ばかりなのも気になるが、女性ばかりでなくて残念なような安心のような。
もしかして、まずかったかな。職員の親睦会だったのだろうか。
優しい大枝嬢のことだ。知り合いだから礼儀で参加の意志を尋ねたが、断って帰れという意味だったとしたらどうしよう……。
いや、それならそれで遠回しに食ったら帰れと言われるはず。
その時には大人しく立ち去ろう。
今はそんな気まずさより、重要なことがある。
餅だ。
餅への欲求を満たすことがなによりも大切なのだ!
「じゃ、焼くわね!」
シャリテイルが木の大きなスプーンを手にし、例のボウルに突っ込んだ。
それは、どろりというほど伸びない。
あれ?
それを掬うと、ぼたりと網に乗せて、上からスプーンの背でぺたぺたと潰す。
お好み焼きかよ。
それは、わずかに膨らむと穴が開く。するとトキメが裏返していった。
白く丸い塊が、網の上でじゅうじゅうと音を立て、ほどよい焦げ目と漂う香りは食欲をそそる。
「良い焼き加減ですヨ。タロウさん、どうぞ」
「ありがとうございます」
大枝嬢から出来上がった餅を木皿に受け取る。
餅の周囲に、お姉さんズがスライスした野菜を並べていくわずかな間だった。
焼けるの早いな。
ほどよく焦げ目がついた、手のひらサイズの丸く平べったい餅。
ああ、餅よ。
まさか、こんな西洋風な世界でお前を食えるとは思わなかった。
俺は気が逸るままに食らいついた。
ああ、餅か。
餅、ね。
「なによ、その顔。さっきは、もっのすごい食いつきだったのに」
「いや、あまりのうまさに感動してるんだよほんとうだって……」
それは、平べったくてパリパリとした食感の、煎餅のようなものだった。
うまい。
うまいよ、そりゃ。
ただ、米っぽさはなく芋のような風味だけど。
想像していた餅とは、少し違っただけなんだ。




