150:転機かもしれない
気持ち悪い姿を、ほどよく草むらから覗かせていたケダマ草。それらを道具袋四つ一杯に詰めて縛り、肩にかけて歩きだす。納品に一度戻るためだが、少しでも討伐数を増やそうと、未練たらしく辺りをつつきながら移動した。
以前は森沿いの藪も刈り取ってしまおうかと考えていたが止めた。低ランクの魔物は、もっと街に近寄れるにも関わらず、この辺まで来るとすかさず暗がりに入り込む。カイエンが言うように根性がないという言葉がぴったりくる。
お前らは邪竜とやらに作られた尖兵じゃないのか。真面目に人間と敵対する気はあるのか。ご主人様も嘆いておられるだろう。
頭の中でカピボーらに、もっと熱くなれよと説教してるとギルドへ到着だ。ケダマ草を持ち込むと、大枝嬢はぐにゃりと笑顔を浮かべてくれる。
定期的に必要な素材だということは、身をもって知った。もう気持ち悪い上に安い草だからと疎かにはしない。
本日の働きはまずまずだ。
ギルド長に用意された依頼に頼らずとも、現在の衣食住を賄えているという事実があるだけで、少しは安堵できる。
いじけ癖はついてしまったが、最低限は自力でやっていけるんだと思えば、しょっちゅう情けない気持ちになろうと心穏やかになれるというものだ。今後も拗らせすぎない程度に頑張ろう。
タグを大枝嬢に渡すと、分厚い銅板のようなマグ読み取り器の窪みに置き、俺は隣の大きな窪みに手を乗せる。午後に討伐した魔物、カラセオイハエや四脚ケダマなどの合計マグがカウントされた。
「こんなに、カラセオイハエが出るような場所がありましたか?」
朝の分を見た時も首を傾げていた気がするが、一日に二度目だ。さすがに言及したくなったらしい。
予め用意していた理由を、俺は冷静に告げる。
「あーゴホン、無理はしてないです。その、それは祠近くの洞穴でして、ほとんど南の森ですし、倒したのは外に出てきた奴だけです」
冷静には無理だった。
事実しか言ってないのに、これじゃ怪しすぎる。
「あのあたりに洞穴……? ああ、そういえば、ありましたネ。短い通路なので失念しておりましタ」
え。短い、通路?
「他の洞穴のように、奥にいくほど地下に潜っていくとか、危険度が上がるものではない?」
「ええ、その少し東の奥に、逆側の出口がありますヨ」
誰も来ないはずだよ!
「しかし東の奥には通常の洞穴がありまして、そこから魔物が入り込むようですカラ、討伐し終えたと思っても注意してくださいネ」
「は、はい」
なるほど。容易いはずだ。
い、いや、お陰で俺でもなんとかなるんだし良い狩り場だとも。中ランクの魔物でいえば最弱だろうが、仮にも中ランク。ちょっとずつ成長しているようでお得に感じられていいじゃないか!
でもまあ、ある意味安心した。それなら予想外の大群に襲われるなんて心配はない。
幾ら人通りがなさそうでも、声をかけるのは忘れない方がいいだろうが、これで心置きなく出かけられるというものだ。
どうにか立ち直り、マグ読み取り器の数値に意識を向けた。
ハエもどきの前に四脚ケダマをそれなりに片付けたため、良い収入となったのだが、改めて見たその数値に目を眇める。
四脚ケダマ、400マグ。うん。カラセオイハエ、400マグ?
「レベル差が倍近くあんのに同じマグかよ!」
俺の素っ頓狂な叫びにも、大枝嬢は動じなくなったらしい。平然と答えた。
「素材を持つ魔物は本来持つマグ分よりも、得られるマグが減少するようでス。その結果から、素材生成のためにマグが分けられているとのことですヨ」
へえ、そうだったんだ。それは納得……できるか!
あのハエ野郎。面倒くさい上にケチ臭い真似しやがって。
いや、他の魔物のレベルとマグの差から、薄っすらと感じていたことではあるけどさ。そんな単純な理由だったのかよ。
誰も素材を持ち帰らないのって、ただ運びづらいだけでなく、こういった理由もありそうだ。よっぽどの素材じゃなければ使い物にならず、売っても二束三文じゃあな。出会ったら倒さないわけにはいかないだろうが、より難易度の高い魔物を倒せるなら、そっちに行くよな。
「あ、少し確認を」
チェックを終えて、タグを取り出そうとした大枝嬢を止めた。しばらく残額の確認をしていない。
初めの臨時収入で防具などの大きな買い物をしたが、それ以降は減りを見るのが恐ろしくて、あえて忘れるようにしていた。だって、いつも汲々とした気分で過ごすのは嫌だし……。
俺が買うものといえば百や五百マグの投げやり価格だ。どんぶり計算だが、最近ではどのくらい魔物を狩ったかくらい見当はつくから、ちょっとした買い物には困らない。
心情的な不安の程度とは関係なく、慣れて気が抜けてくると、すぐに行動が雑になってしまう。悪い癖だ。
というわけで総額の表示をお願いする。
その場で俺は崩れ落ちていた。が、辛うじて崖っぷちを掴む。
「あの、タロウさん?」
「す、すみません。なんでも、ないです」
カウンターの縁を掴む手に力を込め、情けない体を引き上げる。
は、十万マグ近く貯まっているじゃないか!
あっれぇ? 結構な額になってんですけどぉ? しょっちゅう空になるまで使ってたよな?
あ、それはコントローラーの方か。紛らわしい!
ひとまず見なかったことにしておくか?
預けるのは依頼を半分終えたらと考えたばかりだ……でも、やっぱりもう少し手元に置いておこうとも考えたような。なんで気が代わったんだったっけ。
あー、近頃は行き先が危険な場所ばかりで防具の必要性を感じたからだ。もともと買い控えていたものが余りに多すぎたから。
「あ、ありがとうございました」
再び気を取り直してタグを受け取り、ギルドを駆け出した。
「どどど、どうしよう」
考えをまとめようと大通りを駆け抜けると、無意識に南の森へ向かっていた。
日が傾いているし飯を食いに戻ろうと思っていたのを忘れてたけどこんなん落ち着いていられるか!
木々の狭間へ無警戒にぴゃーと走り込む。
「おいカピボー聞け!」
「キェャ!」
期待通りに草むらから跳び出してくれたカピボーをつまみ上げた。
「お前も積もれば小金持ちだ」
「キュ?」
空き缶を拾って売るように日銭を稼ぐ、競合相手のいない雑用。しかし余裕分は別の依頼によるものだとしても、日々を支える稼ぎは、このぐねぐねと蠢くネズミもどきが支えてくれているのは間違いない。
そう思えば、ゲームのマスコットキャラのイラストほどではないが、可愛げがあるように見えなくもないじゃないか。
「ぶびゃ」
掴んで顔の前に持ち上げていたカピボーが、足をばたつかせ俺の鼻を蹴った。
「ぴャッ!」
反射的に握りつぶしてしまった。
「あいたた……まったく、油断も隙もない」
気が付けばポンチョにぶら下がっていた奴らも潰しておく。
正気を取り戻した俺は、街へとUターンした。
現在思いつく限りの準備できるものは買った。散々頭を悩ませたが、もう何も浮かばない。
毎月かかりそうな経費を差っ引いても残るし、あとは貯めるだけだ……と思う。
修理はともかく、装備類の買い替え時も分からない。その時期が来るまでの積み立て分と考えるのもありかな。
今と同じ装備なら、急な買い替えが必要になったとしても注文できる。それくらいなら稼げる当てはできたが、できればグレードアップしていきたい気持ちもあるし。
あれ? それ以外の純粋な貯蓄は、いつになったらできるんでしょうね?
「はぁ……」
一月前の俺なら、感動しすぎて街中を走り回りそうなくらいの額がタグに収まっているというのに。悲しいかな、素直に喜ぶには世間を知りすぎたのだ。
これまで聞いた話から、冒険者たちはある程度歳をとると半ば引退するらしいと知った。その後どうするかは、別の大きな街に移るとか生まれ故郷に戻るとか、人によるみたいだ。だけどそれは一般的な話にすぎない。
この街の場合は逆に、別の場所で活躍するため若い内にやってくる者が多く、したがって早めに出て行く方が多いらしい。
要するに、よっぽど金に困ってるんでもなければ、討伐依頼は減らしていくんだろう。大きな街なら雑用依頼も多いそうだが、それも肉体労働に違いない。いつまで、そうして暮らしていけるんだろうな。
「うわ気が重くなってきた」
暗くなってる場合か。未来は明るいもののはずだ!
「明るく、してやる……!」
言葉とは裏腹に低く唸りながら誓う俺だった。




