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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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149/295

149:失意の花園

 俺は崖に背をはりつけて立ち、暗い洞穴の内側を頭だけ出してそっと覗いた。

 石を投げる前に、まずは声かけ運動だ。


「どなたか御在宅ですかー」

「ブンヴヴー」

「お前じゃねえ」


 いやお前でいいけど!


「やんのかおりゃ!」


 再びカラセオイハエに挑んでいる。華麗に戦うドタドタとした足音が聞こえますよ。俺の足元からね。はは。


「引きこもるんじゃねえ、顔出せ!」

「ぶビーッ!」


 こうして戦ってますが、実は午後も元気に草刈りをツアーを愉しんでいたんですよ。ですが結界崖を回りこんだ南側は住宅地の範囲が思ったより広く、それなりに手入れされてる様子。狭いですが小洒落た家庭菜園なんかがありまして、住人がついでに片付けちゃってるんでしょうね。一応は畑をはさんで、崖と家屋の間は結界柵で離されているようですが、そう距離はないんで毟るほどの草も残っていませんでした。

 困るよド底辺の仕事を取られちゃあ、おまんまの食い上げだ。誰が小銭になる俺の草を持って行ったのか顔を拝んでやろうと畑を見たわけです。


「お、おぉ……!」


 なんと家庭菜園は、そばの集合住宅の住人が利用する共同の庭らしく、そこでは額に眩い汗を浮かべた女人が何人も働いているではないですか。森葉族に炎天族や岩腕族が主で、少ないながら首羽族の女性が楽しそうに歓談しつつ、ブロッコリーのように束ねた葉っぱを、手籠に詰めている。なんと麗しい。この、むさい野郎のいない空間。何年振りかという気分でした。

 素晴らしい光景に涙をこらえて、しばし見入ってしまったというわけです。


 この街で、ここまで女性が集っている場所が他にあるだろうか!

 いやない、と言いたいところだが縫物の仕事してるような場所もあるらしい。俺の職場が遠いだけだった。室内の仕事なら人族でもできる、今からでも転職をと考えたが、俺は指の皮を布に縫い付けるほどの腕前だ。

 邪念を振り払う。


 そこで彼女らの視線がこちらを向いているのに気付き、慌てて礼をして手元の草を掲げた。どんな挙動だよ。まずい、住宅地に人族が草刈りに現れる事案が発生してしまう……。俺は無実だ。次は女子寮の門前に生える草に生まれ変わりたいなどとは微塵も思わない!


「あら?」

「ねぇねぇ、あの草。タロウよ」

「あれが噂の」


 聞こえてきた大きなひそひそ話は、いつもと変わらないものだった。そのはずが、彼女らはばたばたと動き出した。一部が住居の壁沿いに作られた棚へと引き返し、一部が俺に駆け寄る。

 彼女らが同時に口にしたのは、似たような言葉だ。


「いつも旦那が世話になってるって聞いてるのよ!」


 巨大な金タライに頭を殴られたように目が覚める。

 旦那。

 なんてこった……ここは奥さん方の棲み処だったのか。

 ということは冒険者たちの住居でもある。道理で人族だけ見ないと思った。


 世界は非情で無常だ。

 素晴らしいと思えた光景は一瞬で過ぎ去り過去のものとなった。しかし、あの頃は良かったと追憶にひたることは許されない。


「おすそわけよ。貰ってちょうだい」


 俺には眩しする強烈な事実に胸を痛めていると、棚に走っていった人たちが戻ってきて、袋が差し出された。彼女らは先に俺を呼び留めた女性らの輪に加わる。

 押し付けられた袋には、数種類のドライフルーツに見えるものや、採れたての野菜らしきものが詰め込まれている。


「あ、ありがとうございます……?」

「いいえぇ」


 え、こんなにいただけるんですか? これを貰う理由はないんですが。それどころか、あんたらの旦那方のお小遣いから養われている身分だぜ。

 世話になってる? なってるのは俺の方だ。


 そう言いたかったが、日本でリーマンのお父さんたちの怨嗟が聞こえた気がしてやめた。

 あら、そんな余裕があったの。だったら貯蓄に回していいわよね。

 なんていう修羅場を作りたくはない。少なくとも俺のせいになるのは御免だ。そんな文化が存在するかは知らないが、余計な口は利くもんじゃない。

 しかし、半ば俺を取り囲むようにして、なにやら姦しくまくしたて始めた。


「ね、雑務を引き受けてるって本当? 依頼はギルドに言えばいいの?」

「討伐もやってるんだって? 危険なのに頑張るわねぇ」

「それより草よ草! 記録を塗り替えてるって聞いたわ」


 笑顔と称賛の合間に、獲物を見つけたぞと舌なめずりしているような気配を感じる。噂話の出所が目の前にいるのだ。お前は最高のおやつなんだよと幻聴が聞こえた気がした。


「み、皆さん頼もしいんで、こちらこそ世話になってます。依頼は魔震の人手不足による一時的なもんなんでギルドに相談を……えぇと、それじゃ!」


 ぼろが出る前にと、俺は逃げ出したのだった。




 そんな風に、哀しみに背中を押され洞穴までやってきたのだ。自暴自棄になっているわけではない。また来ようと決めてたし。決めてたし……。


「あと、一匹!」


 最後のハエもどきが前に迫った。反射的に殴ろうと反応する腕を、引いたまま抑え込む。体当たりでもする要領で前のめりに突っ込んだ。

 ハエは俺が無防備だと思ったのか胴を晒すように頭を上げ、鋭い棘のある細い前足で、こちらの頭に掴みかかった。


 今だ!

 前傾姿勢の勢いのまま踏み込むと同時に、腰をひねり引いていた腕を前に出す。

 体重を乗せた拳は巨大な複眼のすぐ下、顎へとめり込んだ。


「ぷビョッ!」

「うえっ!」


 殻の大きさで全体は把握しづらいが、本体は外見より一回り小さく柔らかい。俺の拳でも難なくハエの口から体を貫き、殻の内側を打っていた。

 本体は赤く外気へと滲んでいき、殻だけが地面に落ちる。


「や、やれた」


 喜びは、すぐに気持ち悪さにかき消される。口らしき場所には赤みのある水滴が垂れていた。殴ったときにぬるっとした感触に鳥肌が立つ。消化液とか?

 よし、この技は封印だ。


 それにしても、さすがに入り口近くにいるなんて思わなかった。暗がりが好きなんじゃないのかよ。

 声をかけるとすぐ顔を出しやがったから、泡食ってつい戦ってしまったが、終わって抜け殻を数えてみれば……たったの三匹。

 いつになったらドッキリしないでいられるようになるんだろうな。


 もう殻は必要ないし端っこに置いておこう。洞穴の内側にそっと放置して、引き返した。

 森を抜け街道を渡り、そのまま南の森へ走り込む。


「キェッ!」

「うわっと、悪ぃ」


 踏み抜いた草むらにケダマが寝ていたようで、そのまま倒したり、まとわりつかれたりしながら走り抜ける。


 洞穴の方に人の気配は全くなかったな。別に感知能力などに目覚めちゃいないが、足跡とかの何かしら人が通ったような形跡が見られない気がした。

 まだ曖昧だけど、なんとなく森歩きにも慣れてきたからな。


「ぷシェッ!」


 でも、確か人が来るようなことを聞いたぞ……って、シャリテイルからだけど。

 この世界に来た日、俺を祠で見かけたのは、あの洞穴からの帰りだと言ってなかったか? 

 まあシャリテイルだけの話ではなく、踏まれた地面の感じから人通り自体が少ないと感じるんだけど、そこまで把握できている自信はないな。


「キュぺッ!」


 シャリテイルはケダマ草をよく摘むとも言っていた。今思えば、金にならない仕事ばかりだ。

 ソロらしいといっても、行く先々で人手が足りなければ手を貸すといった風に 流動的に活動しているのかもしれない。

 そうじゃなければ、湖への依頼時のように臨時でパーティーを組んで、自然と役割分担かできるもんだろうか。

 みんな顔見知りといえども、難しいんじゃないかと思える。


「俺の身体能力で考えればだけどな!」

「ピャッ!」


 それにしても、とうとうカラセオイハエをまともに倒せるようになったか。

 二度目の強襲もうまくいったし、もう少し漁ってみたい気になるな。


 でも初日から欲張るのはよくない。南の森に慣れたのだって、それこそ何日もかけて攻略したんだ。本日のところは、これまで!

 あとは日暮れまでカピボーと戯れるしかない。


「そうだ、ケダマ草。思い出しついでに毟るか」


 そろそろ藪から溢れてそうだ。生えすぎて栄養を取り合って腐るとかしないのかね。

 ケダマ草の生態に思いを馳せつつ、走るそばから魔物の奇声を響かせ、俺は草原まで抜けた。


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