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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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148:黄昏れる

 俺の舌にウギチーズは大人すぎる味だった。

 もちろんシェファに味見させてもらったことには感謝しつつ、保管用の穴倉を出る。木製の分厚い扉を閉じるのに、シェファが取っ手を縄で縛っている間、周辺の崖を見上げた。


「結界柵の外なのに、大丈夫なのか」


 魔物が人間の食い物を漁るとは思えないが、こんな場所に保存しているのは気になる。

 その答えは至ってシンプルなものだった。


「反対側に祠があるかんな。崖の街に近い側は柵と変わらない結界だぞ」

「あ、そうなんだ」


 だから幾つも小屋が建ち並んでるのか。

 そういえば、祠の結界が柵の効果も強めているとかビオから聞いたな。

 削って場所を拓いているかと思えば、一部やたら住宅地に近くまで出っ張っていると思ったが、こういうことだったのか。


 薄い緑色で背丈の低い柔らかそうな草に覆われた放牧地を眺めると、ウギのグループが点在している。パッと見で、一つのグループは二、三十頭ほどの群れだ。こういうのは、まとめて管理してるのかと思っていたが、それぞれの群れごとに持ち主は居るらしい。

 さきほどまでいた小屋を振り返った。窓ガラスのない木枠の向こうに、暢気なウギの顔が覗いている。エヌエン家のウギは数頭。


「なにを疑わしい目で俺っちのウギを見てるんだ」

「そろそろ仕事に戻らないとな!」

「おっと、それもそうだ」


 頑張れよと互いに声をかけて、シェファは小屋の一つに戻り、俺は街へと足を向けた。




 ギルドの扉から向かって左に位置する、いつもの指定窓口に体を向けた途端、肩を叩かれた。


「ひぃ」

「よお、いつも妙な時間に見るな」


 大きなお世話だと思いながら見上げると、冒険者だ。もちろん待合室には冒険者以外いない。

 一人が俺に声をかけたが、背後のテーブルに目をやると、座ったままの数人が手を上げて挨拶する。


 基本は人の出払っている時間帯だ。大抵、昼間にギルドにいるのは、野営の必要な場所まで出かけて交代で戻って来た奴らのようだった。現に声を掛けてきたこいつらも薄汚れている。


 何度か見かけた顔ぶれだった。ほとんどの奴らがそんな感じだが、その中でも珍しいと感じるなら、ほんの数度見かけたかどうかだろう。

 ただ、不気味なほど爽やかな笑顔が、不安を掻き立てる。

 男が口を開いて告げた内容は、ある意味予想通りだった。


「湖での活躍は聞いた。順調に経験を積んでいるらしいな。俺らが普段根城にしている岩場にも連れていけそうで、ありがたい報せだ」


 今度はケロンの話にどんな尾ひれがついたんだろうな。

 いい加減に物珍しさも薄れ、話題に上ることも減ってきたと思っていたのに、淡い期待だったな。


「ちょうど依頼が締め切られていたのは残念だったが、次を待ってるぜ」


 反射的に頷くと男はテーブルへと戻っていった。

 ふう、危ない。気付いて募集を取り下げておいて正解だった。

 急いで大枝嬢の元へ逃げ込み、小声で訊ねる。


「岩場ってどこですかね」

「ジェッテブルク山の反対側にある一帯を、皆さんはそう呼んでますネ。家屋ほどもある大きな岩が転がっていたり、そんな岩の連なった丘がありまして、ギルドでは岩山区域と呼んでいまス」

「へえ、他は緑色が多いのに意外ですね」


 まとめ役らに連行されて通った、西の森から山側への連絡路を抜けた先の、殺風景な景色が浮かんだ。

 乾燥して枯れたような草の貼りつく荒野って感じの場所だったような。遠目にも黒く大きな岩陰に、櫓が組まれていた場所があった。あの辺以北か。


「岩場にご興味が?」

「いえ、まったくないです」


 ……おい、中ランクでも、ハリスンどころじゃないんじゃないか? どう考えても高難度だろ。そんな依頼は阻止だ!

 引き受けることはないと伝えようと勢い込んで振り向いたが、すでに待合室は空だった。


「タロウさん、どなたかお探しですか?」

「い、いえ。だいじょうぶです」


 残念だったな。次の依頼は永遠にキャンセルさせてもらうぜ。

 と、言いたいところだが、独断は出来ないんだった……。

 そこは後でギルド長に、よくよく話を聞いてもらえるように努力しよう。そろそろ俺も、流され系から脱却して、交渉スキルを身に付けなければならないようだ。


 日々の糧を得られるだけの働きをして暮らしていけるなら、それで十分だと思っているのに……魔物が存在する以上、安穏と生活できるわけないだろうけどさ。


 改めて草刈りの報告がてら伝言はないか尋ねたが、シャリテイルからのものはなかった。代わりに大枝嬢は、増員した人員の帰還状況などを教えてくれた。

 南の山脈方面に出かけた冒険者は、増員した人数分が戻ってきたとのことだ。

 ならば、平常時の魔物数に戻ったということだろう。


「人手もいるし、時間もかかって大変ですね」


 一つ普段と違ったことがある度に、人を送って確認しなければならないとは、遠方との連絡手段がない時代って大変だ。馬が走れるような道ばかりでもないし。飛脚族とかいれば最強じゃね?


 いや魔物の跋扈する世界で何があるか分からないんだから、伝令を一、二人だけ飛ばすってのも難しいか。

 魔物が跋扈……俺の脳内にはカピボーやケダマが取り囲む生易しい世界が広がったが、その光景を追い払う。危険な世界のはずだ。俺の基準で語ってはいけない。


「危急の場合は、狼煙といった連絡手段が取られるでしょウ。今回も、過去の状況と比べて予想範囲内の変動ですので、心配されることはありませんヨ」


 あー煙という手があるか。時代劇みたいだな。


「他に何かありますカ」


 俺がうんうんと一人頷いていると大枝嬢は優しく促してくれる。

 その心情は、こちとら忙しいんじゃ質問があるならさっさと吐けや小僧といったところかもしれないがネガティブな深読みはやめて早く用事を済ませなければ。


 聞きたい事といえば、そう。さっき、冒険者は見慣れた顔ばかりだと思ったことが気になった。

 ギルド長から聞いたんだっけ。新人といっていいのか分からないが、この街に定期的に訪れるという滞在希望の冒険者はいつ来てるんだろう。この前の行商団の後にさえ、人が増えたような感じがないのだ。

 それを尋ねてみた。


「先日は国主導のものですから、移動者にも制限がありまス。一般の移動者は、各街から出される商人主導の行商に混ざってこられますヨ」


 国の主導だからで納得。聖者のような地位が高い人を連れて、誰でも参加はさすがにないか。

 ここまでにしておこうと、お礼を伝えた。


 考えたら、仕事とは何の関係もない話だった。いつも、やっすい稼ぎで営業妨害して申し訳ないです。頭が上がりません。

 分かったのは結局のところ、本日の予定は午後もフリーでオッケーってことっすね。どうせなら毎日こなして、手元の依頼を片付けてスッキリしたい気持ちが強くなっているが、俺の事情など優先順位は最下位だろう。こればかりは仕方がない。


 用件を終えて去ろうとしたところを呼び止められた。


「そうそう、タロウさんの依頼についてですが、ドリムにはしっかりお伝えさせていただきましタ。ひとまずは現在の依頼を遂行していただき、後の予定については、その時に改めて会議を開きまス」


 それまでよろしくお願いしますネと、ぐにゃりと微笑んで見せたのは口元だけで、目元は笑っていない気がする。どんなお小言だったのかは聞かないでおこう。

 ギルド長の髪が余分に抜け落ちてますようにと願いながらギルドを出た。




 実のところ新たな冒険者について尋ねたのは、俺にとってまったく仕事と無関係というわけではない。

 俺に課された一連の依頼に関するギルド長の思惑。これが一時的な依頼ではないと、当然のように受け止めていた。だって草むしりなんか終わりのない作業だろ?

 その先にあるのは部署を設けること……ギルドの場合は新規の常設依頼にでもなるのか?


 人を増やせといったビオとのやりとりのこともあるし、最終的な形はどうあれ俺一人がどうこうすれば済むものではないはずだ。

 だから、人の来るペースを知りたかったんだが。


「……望み薄だな」


 行商団が、そんな頻繁に訪れることはないようだ。ここの人たちのいう定期的に来るの感覚は、随分とのんびりしてる。

 普通の冒険者たちさえ滅多に訪れないなら、酔狂な人族冒険者がやってくる可能性は無いも同然じゃないか。

 何年も存在しないということは、それだけ危険だと周知されてるということでもあるし。


 やっぱり確認して良かった。これはギルド長に相談案件だ。

 大々的に宣伝されて困るなら、他の街のギルド支部から内々にスカウトしてもらうとかさ、少しくらい広報活動してもらわないと困る。

 このままだと、ぼっち冒険者生活は確定じゃないか!


 落ち着こう。残念ながら今はまだその時ではない。まずは依頼を全て片付けてからだ。とはいえ今日は進められない。こんなときは、のんびりした空気が辛い。


 仕方なく東の崖を回り込んだ辺りから草刈りを再開することにする。そろそろ刈り始めた南側も生えそうだし、ちょうど良かったのさ。


 分かっていても、あまりに出来ることの少ない我が身を思うと、つい遠くを見てしまう。

 シャリテイルに肩を並べる、なんてことは一生かけたって欠片の可能性もないだろうが、少しでも動けるようになりたい。一人歩きしている噂に見合うだけの技量を、身に着けたいよ。せめて人族の誰よりも強くなるくらいは、目指したいよな。


 だったら早い内に切り上げて、祠近くの洞穴に再挑戦しよう。


「あ、やべっ」


 あんな洞穴なら、他の冒険者が巡回していたかもしれない。


「声をかけずに石を投げたのは、まずかったな……」


 ほらみろ、ぼっちの弊害がこんなところにも!

 いや言い訳だ……確認もせずに馬鹿なことをした。軽く避けてくれそうだけど、逆に叩き切られても文句言えないぞ。

 おびき寄せるのが目的なら、呼びかけるだけで十分だった。ハエもどきにも聴覚だか何かしらの感知する器官はあったもんな。


 落ち込みつつ路地を抜けて目的地へ向かう。


「フンフフーン、フフフフンフフーン……」


 力なく英雄奇跡の戦闘BGMを口ずさみながら、現代日本の住宅街とは違う、直線の少ない街並みを眺めながら歩いた。


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