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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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147:未来の肉

 次に向かうは、東の森。


「なんでまた来てしまったのか」


 無意識に昨晩の続きに取り掛かろうとしていた。

 草を刈ろうにも、南に向かって崖が塞いでいるから住宅地が近く、そんなに開けた場所はない。終わりが近いと思うと、さっさと片づけたくなった。


 刈りとった背高草は、一定量が溜まるまで地面に置いている。

 風で飛ばないように一束分が溜まればすぐにまとめるのだが、今やこの作業も手慣れたものだ。握力も上がり、一度に前の倍は掴めるようになっている。それをナイフの一振りで刈り取る。三度ほど刈り取れば一束だ。


 どうだ、この無駄に無駄のない洗練された動きは。

 そろそろ束にしようと、足元の草の山へと手を伸ばす。


「キェキ!」

「ぶはっ!」


 カピボーがあらわれた!

 タロウは草まみれになった。


 いつものことですけどね。

 反射的に叩き落したから顔に飛びつかれるのは防げたが、カピボーめ。ほんと、どこにでも現れくさる。

 この辺は隠れる場所が少ないからか、あまり見なかったために油断していた。


「まったく、油断も隙もないな」


 散らばってしまった草を集めると、まとめて縛った。

 崖沿いに作業をしていたが、民家の庭というか畑らしきところと近い場所で草も途切れており、キリが良いため終えることにした。

 崖というかこの段差は、一部が出っ張っているだけで、すぐに回り込むように東の森から南の森へと木々が続いている。

 昼には早いが、伝言があるかもしれないし一度ギルドへ戻ってみようかな。


 倉庫管理人へ報告するため、放牧地側へとやや戻る。崖沿いも街に近い場所には、小屋が幾つも建っていた。結界柵が近いとはいえ、外側だ。日常的に利用している様子は不思議だ。

 あちこち眺めながら歩いていると、途上に家畜が数匹固まってゆっくりと歩いてきた。あれがウギか。シャリテイル曰く、未来のお肉ちゃんだ。


 いつも遠目だった。近くで見るのは初めてだな。

 地方都市で育った俺には、子供の頃にふれあい牧場に連れられて行ったときの経験しかない。物珍しくて、やや離れた位置で足を止めた。


 ヤギの角や長い毛並みを持つ牛。って、ヤギも牛も角や形は種類によって違いはあったと思うが詳しくはないからイメージだ。ただ、こいつは乳牛を一回り小さくした体格に、幅広でカーブした大き目の角と山羊のような顎鬚が垂れている。毛色も、茶色で足元が白かったり、全身が黄みがかっており一部に黒の斑があったりだ。


 もう数歩近付くと、横長の瞳孔が俺を捉えた。

 と同時に、ウギの向こうにある小屋から人影が飛び出した。


「タロウ、避けろぉ!」

「ブメェー!」


 とっさに横滑りに移動したところへ、頭を垂れて角を突き出したウギが突進していた。


 あああ、あっぶねぇ!


「お前っ、なに考えてんだ! ウギの真正面から近付くなんて、下手したら死ぬぞ!」

「ご、ごめん……」


 急いで近付いてきたのはシェファだ。

 すごい剣幕で怒られてしまった。

 どこか気の抜けたようなシェファが、ここまで真剣な顔を見せるとは……これも常識として知ってなければおかしいんだろうな。


 突進してきたウギは、前足の一つで地面を蹴りながら、鼻息も荒く頭を揺らしている。

 興奮させてしまったらしい。

 お前にも悪いことをした。


 シェファは口を引き結んで眉根を寄せた。

 唸っている様子は、何か葛藤しているようだ。


「なぁ、タロウ。まさか、生活が根本的に違ったのか? 人族にゃ珍しいが、隠れ里の場所によっちゃ狩猟だけで暮らしてる集落もあったとか聞いたことが……いや、あれは何十年も昔に途絶えた奴らの話だったか?」


 確認なのか呟きなのかを唱えだしたが、事情は分かった。

 当たり前のことと思って怒鳴ったはいいが、俺の文化背景に気を遣ってくれたわけだ。

 すまない。そんな事情はこれっぽっちもない。というか、俺を絶滅した幻の人族にすんな。


 俺が悪い。素直に謝る。


「すまん。なんつーか、あんまり家のこと手伝ったことがないんだ」


 呆れた目を向けられた。

 しまった。正直に言いすぎた。

 この世界だと、子供の内から生活のために働くのは当然のことだろう。

 どこの高等遊民だよ。


「まあ、怪我もないようだしいいけどよ。それに、あいつが興奮した理由もわかった」


 シェファが俺を指差すから、改めて自分の姿を見た。

 体のあちこちから草が飛び出ていた。

 目に入る部分しか払ってなかったのを忘れていた。

 俺が餌に見えたのか……カピボーめ!


 シェファは興奮したウギの横から近付き背中をバシバシと叩いた。

 それで落ち着いたのか、ウギは頭を揺らすのをやめた。すごいな。


 さらにシェファは、数匹の尻を一度ずつ叩いて回った。

 興奮して暴れ出したらどうすんのかと怯えたが、そう躾けてあるのか、各々が小屋へと移動していく。


「おお、かしこい」


 畜舎自体は柵の内側だが、一部が扉になっているところが開かれていた。

 ちょうど戻す時間だったのか。お陰で俺は助かったようだ。






 俺は、柔らかな脂肪の塊を両手で鷲掴みにした。

 しかし決して力まずに、優しく、その突起へと指を滑らせる。

 ソフトに、だが時に大胆に、リズムをつけて揉みしだくのだ。


「そうそう。はじめてにしちゃ、良い絞りっぷりだ。どうでぃ、うちのウッさんはよ。良い乳出すだろ?」


 話しかけるなシェファ。俺の集中力を乱しやがって。

 半目で睨んでいれば、別の姿に見えてこないかと努力していたというのに台無しだ。

 もちろん半目で見ようが、獣臭さは誤魔化しようもないが。

 なんで、俺は、ウギの乳しぼりなんかやってるんだろうか。



 なんとなく、シェファやウギたちが戻る後を俺も付いて行ってしまったのが、この顛末だった。


「いや、焦って喉乾いた」


 なんて呟かなければ。


「お、新鮮な奴、飲んでみるか?」

「いいの?」


 一応、これは牛乳みたいなもんだよな。


「そこに座れ」

「おう」

「手をこっちのバケツで洗って、はい布」

「ありがとう?」

「じゃあ、拭いてやってから絞るぞ」

「え!」


 そんなわけで、この状況に追い込まれていたというわけだ。


「そんくらいでいいだろ」


 シェファ師匠のお許しが出たので、すばやく作業を止めて立ち上がる。

 もう十分だ。

 早く逃げ出したい気分だったが、木のコップに注がれた乳を、口に含むと吹き飛んだ。


 濃厚なクリームのようにまろやかな舌触りが、口のなかにヘブンを形作ったのだ。

 甘味は強いが、温さが乳臭さも増大させ、むせそうになった。

 ただ、よく味わえば美味い。

 ここに来てから、菓子のようなもんは食べるどころか見たことすらないため、少しくらいの野性味があれども美味いと言わざるを得なかった。


「へへ、満足したようだな」


 頷いて、お代わりを頼んだ。

 そういや、チーズ類も見たことがないな。

 こういった雰囲気の街だと、定番の食品といったイメージがある。


「ええと、これを発酵させたような食べ物はある?」

「そりゃあるよ。毎日絞ってるが全部は飲めないからな。保存用だ」

「食事で出さないよな」

「新鮮な野菜が食えるってのに、なんでわざわざ保存食に手を出すんだよ」


 なんと。チーズは、一段下の扱いなのか。

 あんなに美味いものが不当に扱われるなんて許せん。

 俺に、ピザをよこせ!

 そんなパッションを吐き出してみると、喜ばしい情報を聞けた。


「なんだ好物だったのか。心配すんな。冬になれば嫌でも食うことになるぜ」


 ついでだと、畜舎の裏手にあるという保存室に案内してくれることになった。

 また柵の外に出て行く。崖の一部に庇や扉がくっついているのが見えた。


 木の扉を開くと、二人が立って並べる程度のせまい空間があった。

 暗いひんやりとした室内はかび臭い。

 四方の壁にみっちりと木の棚を作りつけてあり、そこには小さな樽のような入れ物や、籠の上に布でくるまれたものが並べてある。

 シェファは端にある小さな塊を手に取り、ナイフを取り出して振り向いた。


「両手を出せ」


 言われるままに手を出すと、その上にシェファは、黒いまだら模様の薄茶色の塊の端を削り落とした。


「いいぞ」


 シェファに頷きつつ、高揚に急き立てられるように、その欠片を口に含む。


「ふぶっ」


 く、臭い。そして、苦い?

 い、いや、この大人の味の向こうには、エデンが俺を待ち受けているはずだ。

 我慢してじっくりと味わうように咀嚼する。


 おお、確かに、チーズのフレーバーはある。

 あるが、その前にジャリっとして苦い舌触りはなんなんだ。

 よくみたら黒の模様は青みがかっている。カビ?

 そういや、ブルーチーズとかいう食べ物がこんなだったような。

 あの類なんだろう。


「……ありがとう。いい夢を見たよ」

「なんでぃ好物じゃなかったのかよ!」

「確かに好物だった……そうだ! スライスしたパンに肉を乗せて窯で焼いたら美味いに違いない! そう。調理の問題だったのだ」

「食べたことがないような口ぶりだな」

「そんなことは、ないですとも」

「まあ、その食い方も美味そうだし、冬には試してみようぜ」


 ちなみに普段はどんな風に食べてるのかと聞いたら、主に鍋で溶かして根菜類やパンを浸して食べるらしい。

 それってチーズフォンデュじゃないか。


 そう考えれば、なかなか冬が楽しみになってきた俺だった。


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