146:調達
倒したカラセオイハエの外殻を紐で縛って両肩に担ぐと、町へ戻ることにした。
思い付きで来た割に良い結果で満足だ。初めて、手応えのようなものを感じた気がする。
「けっこう俺もいけるんじゃね」
ふへへと顔が緩むのも構わず、街道から大通りへと踏み入れた。清々しい朝日の下、通りには開店準備や商品を運び入れる人々が行き来している。
彼らの視線を一手に集めて颯爽と歩く冒険者とは――俺だぜ。
「新たな魔物かいな」
「カラセオイヒト?」
ひそひそ声のつもりらしいが、男女共にガタイが良く地声もでかい。丸聞こえだが気にしないぞ。気にしないけど、なんとなく手近に見えた路地へと逃げ込んだ。
ちょうど工場通りに行こうと思ってただけだから。
しかし表ほどではないが、煤通りも珍しく人が多かった。
油か煤汚れだか、あちこち黒ずんでいる格好を見るに、全員がこの界隈の住人なんだろう。男たちが掛け声をかけつつ、車輪付きで蓋のない木箱を押しているのが幾つか見える。レールがあればトロッコみたいだ。
中には人族もいるが、ほとんどが岩腕族だった。その辺は、ゲームの設定通りなんだなぁと感慨深い。
いつも独特の臭いが漂っているが、それが強くなっているのは、普段は閉じられている家々の扉が開いていたり、積荷によるものだろう。
通りすがりに箱を覗くと、皮素材が盛られていたり金属素材だったり、くたびれた装備だったりした。それらは看板を出してある家屋の前と、それ以外の場所を行き来しつつ、受け取ったり渡したりしているようだった。配られているのか回収なのか売買なのかは定かではないが、ストンリも隣近所と作業分担しているようなことを言ってたから、その関係かな。
ベドロク装備店の前にも、一つ停まっているのが見えた。扉は開いており、男にストンリが何か頷くと箱車は移動した。
「おはよう!」
俺の元気な挨拶にも、いつもと変わらず覇気のないストンリは片手を上げて応えるだけだが、視線は俺の背に向いた。さすがは素材マニア。
室内に戻るストンリに続くと、カウンターには箱が隙間なく並び、素材らしき様々な塊が無造作に詰められているのが見えた。さっきの箱車から受け取ったんだろうな。
「あの箱は物売り?」
軽く質問したが、ストンリは迷うように眉根を寄せた。
「色々あって説明がめんど……難しいな。素材の売り買いもあるが……」
どうやら大ざっぱすぎる質問だったようだ。
それでも律儀に答えてくれるのは、荷物の分別を始めたから、その合間の暇つぶしだろう。
この通りに並ぶ、掘っ立て小屋が自己増殖したように連なる長屋のほとんどは、様々な材料を加工する工房となっているらしい。鍛冶場だけでなく、皮をなめしたりだとか、鉱山から運ばれてくるマグ水晶の加工だとか、原料加工の工房が集まっているようだ。
それら工房から装備店へは、作った部品や装備の受発注や納品をする。装備店からは、冒険者らの依頼で大がかりな修繕を工房へ振り分けることもある。そして時には、工房で余った素材を必要なところと交換などのやり取りもあるらしい。
どこかクリーニング店の仕組みを思い出すな。
「それで……まあ、そんなところだ」
整頓が終わると同時に、話はまとめられた。最後端折ったろ。
朝から時間を取って悪いことをした。礼を言って、用件を切り出すことにする。
置き場がないため、カウンター前の台にどさりと荷を降ろすと同時に、ストンリから声がかかった。
「なにか装備が必要になったのか」
「誰も低ランク素材なんて持ち込まないだろうし、世話になってる礼だ。趣味で集めてるだろ」
「趣味じゃない。修行に必要なだけで……」
「分かってる分かってる」
ストンリは口をひん曲げながらも、目を逸らして否定しているのを見るとついからかってしまう。素直な奴だよ。
「冗談だって。お察しの通り、装備を追加したい」
「話を聞こうか」
追加と聞いて、ストンリは目を輝かせながら手で催促の合図をする。この催促は、話を聞きながら装備のチェックをするというやつらしい。
今身に着けているのと同じものを注文するから長話にはならないんだけど。
申し訳なく思いつつ、大人しくナイフやらを渡す。手を動かしてないと落ち着かない性質なのかもな。
そうして殻の肘と膝当て、樹皮の肩当ての予備が欲しい旨を伝え、樹皮甲羅もすぐ調達すると請け負う。
「新調することになるし、今度はまともな値段をつけろよ?」
さすがに、もう在庫品はないだろう。ないはずだ。
ストンリは困ったように顔をしかめて諦めたように頷いたが、やっぱり一言返ってきた。
「それでも、加工らしい加工の手間はない物だし、素材分も値引かせてもらう」
思ったよりは、妥協してくれたな。俺もそれでいいと頷いた。
以前300マグだった殻装備は、お一つ500マグずつにアップで、樹皮装備は前回と同じく500マグだ。
あ?
また「とりあえず500マグね」と誤魔化されたんでは……ま、まあいいか。
依頼を紙にメモしたストンリは、カウンターの作業部屋側に手を伸ばし、底が浅い箱に置いた。決済箱とかいう奴か。
ひとまず約束をしたところで、慌ただしく店を出た。
よし、ささっと奥の森を片付けてこよう。
街道側から入ってショートカットだ!
「いたなヤブリン」
木々の狭間に飛び込んですぐに目標物を補足。
すかさず走り寄り、草の塊を上から刺した。
「ぶリャッ!」
今では、どんな藪がヤブリンなのか判断が付くようになっている。よく見れば、ぽこっと緑の山が生えて不自然だしな。
ヤブリンの叫びが消える寸前、背後の草むらからツタンカメンが顔を出すが、頭が見えた端から叩き落していく。
「もう、お前の蔦触手になんか……負けない!」
四匹目の頭を切り落とした格好のまま、赤い煙がタグへ吸い込まれるのを眺めながら顔が緩む。
「いぇーい。最速じゃね?」
今日は朝からすこぶる調子がいい。たまには、いい気になったって許されるはずだ。ふふっと鼻から変な息が漏れたとき、頭頂部にほかほかとした重みを感じた。
「またかホカムリ……お前は、俺の頭に何か思うところでもあるのかよ」
俺の頭を巣にしようとした不届きなホカムリを、むんずと掴んで引っ張る。木の枝からぶら下がる糸は、マグのようで千切ると消える。短い鉤爪に掴まれないように頭の蓑部分を掴んであちこちを見た。
「ホッケムゥ?」
ケダマが枯れ枝の蓑をほっかむりした魔物だが、この蓑部分はどうなってるのかと気になったんだ。足をじたばたさせながら、俺の手から逃れようとケダマ部分を捩っている。だが蓑部分は動かない。
倒すと消えていたからマグだとは思うが……つい出来心で、蓑を剥いでいた。
「ケェムッ……!」
「ぎゃー!」
引っ張った場所から千切れて煙となってしまった。なんて残酷な倒し方をしてしまったんだ。
ごめん、ホカムリ……。もう変な好奇心は働かせないから成仏してくれ。
樹皮甲羅を掻き集めると、また街へと駆け戻った。
「今度はカメね」
「忙しいやっちゃな」
そんな声を耳にしつつ街を走り、再びベドロク装備店の扉を開く。
「ずいぶんと早いな。無理してるようだけど」
「む、無理はして、なひっ」
少しばかり走る速度を見誤ったようだ。汗を拭いつつ甲羅を置いた。
「肩当ては今晩、殻は削り出しに時間がかかるから、明日の晩かな。それと革装備の方は、手元にない部品があって五日後になりそうだ」
漫画か何かで見たドワーフのように、三日でなんでも作り上げてしまうなんてことはないか。
「調整だけなのに、待たせてすまないな」
「とんでもない。その分、出来を楽しみにしてる」
他に急ぎの依頼もあるだろう。ここは俺などより先輩冒険者たちを優先してください。
というわけで、思い付きの予備装備追加依頼を終えた。




