137:がんがんいこうぜ
西の森沿い防衛線の中ほどで、俺とシャリテイルは、新たな同行者と合流した。
「まさか中ランクでも、あなたたちが来てくれるなんて、本当に良かったわ。ね、タロウ」
「とってもあんしんだー」
「なによ、その反応? 昨日は私だけじゃ心配だって顔してたくせに」
ばれていたのか。
そうだよな。また二人でぶらつくのも悪くないか、なんてあほか。守ってもらっている後ろで散歩気分でいるとか。
余計なこと考えるのは、しっかり結果出してからにしろ!
そりゃ正直なところ、他の参加者が増えたことに残念な気持ちは拭えないが、今回は森の中だ。場所を選んで戦える洞穴の中ではないんだ。
さすがに、四方の敵をシャリテイル一人に任せっぱなしにはできないだろ。
辺りを常に警戒しながらでは、俺の力を駆使したナイフと殻の剣を使う技、二舞刃をもってしても作業効率は悪い。今思いついた技だから、まだ会得していないのが実に残念だ。
タロウ、お前はもう子供じゃない。大人げない態度はやめるんだ。しっかりと参加者の顔を見てご挨拶とスマイル0円!
「君たちが来てくれて心強いよ心から感謝する!」
「お、おぅ。急に爽やかに言われると、気味が悪いな……」
なんだと? 精一杯誠実にお願いをしたというのに野蛮な奴らだ。
そうか洗練しすぎていたために理解が及ばなかったのかな?
「お前、本物のタロウか? ギルドで肩を組み、そよぐ草を刈る使命を熱く語り合った者とは思えんぞ」
いつ俺が草なんぞをお前らと語り合ったよ!
「あっそうだ! すごいのよ! 昨日ね、ビチャーチャが出たの聞いた?」
「おう、もちろんだぜ! って、まさか!」
「そうなの。あれを怪しい気迫で街の外まで誘い出したのが、このタロウ君なのです!」
「やはりか。道理でおかしな気配を放つと思ったぜ……」
「違うからな!」
シャリテイルめ、助けてんのかなんだか分かんない口添えはしないでくれ。
「謙遜するなよ。数々の噂話も伊達じゃなかったな!」
「フッ、駆け出しの冒険者風情と思っていたら、なかなかやるじゃないか」
もう褒め殺しはやめてください俺が悪かったから!
改めて、本日の草討伐ツアー参加者である三人と向かい合う。
参加者ではあるが、そもそもこの仕事をくれた依頼者だったな。
リーダーらしき、中央に立つのは岩腕族だ。幅はそこそこあるが、この中で一番背は低い。もちろん……俺を除いて。
「今回率いることになった、ヤミドゥリ・タンケティだ。俺たちの頼みで少々無理をさせるからな。道中に何かあれば迷わず言ってくれ」
やはりリーダー。俺を先んじて口を開いた。
あちこちのグループを見るに、岩腕族のリーダー率は高い気がする。守りながら状況把握に努めやすいとか、戦い方の問題?
それより、岩腕族は比較的に温厚というか生真面目な感じもするから性質の方が向いてるのだろうか。
ヤミドゥリが隣に軽く頷くと、二人が進み出た。瓜二つの金髪優男どもだ。
「貴重な人族の冒険者に同行すっから、守りに最適なマグ感知能力を重視して俺たちトワィラ兄弟が選ばれた。俺は兄のタンサック! こっちが弟の」
「キューメイだ! 魔物どもは任せとけ。草は頼むぜぇ!」
森葉族は他より細身の見た目に反して、活きが良すぎると言うか柄が悪いというか短気というか、そんな奴らが多く感じる。馴れ馴れしいチャラ男兄弟。なんともうとましい。森葉族は人族男性の敵だろうと心の内で認識しておく。
「えー、タロウだ。頼りにしてます」
「まあ依頼者は俺たちだけでなく、西の森方面を縄張りにしている奴ら全員だけどな。今回は初といっていい本格的な整備依頼だから、随分と期待されてるよ」
ぼっち新人冒険者一匹で本格的って……人族への期待はどんだけだ。
わざわざ儲からない雑用を刈って、いや買って出たのは、誰もやりたがらない隙間産業かと思ったからだ。それでいて、ささやかながらも皆の役に立てつつ、俺の居場所になるのならと自ら選んだ。だから、もちろん期待に応えたいとは思う。
思うが……そんな大がかりな期待を向けられるようなことが、また待っているのかよ。放置しっぱなしだった洞穴を思い出すと、気持ちが沈む。
いや今回は、じめついた穴倉じゃないだけマシだろう。護衛もしっかり付くんだし、仕事に集中できるなら、早く終わらせてやればいいだけのことよ!
軽く意気込んだところに、衝撃の言葉がヤミドゥリから放たれ、俺の眉間に刺さった。
「目的地は湖だ」
中ランクっ本格的中難度のっ場所……!
い、依頼書には西の森方面としか書かれていなかったはず。
たしかに広いけどさ、曖昧すぎるだろ!
「わはは! タロウびびってるぜ?」
「おっと勘違いすんなよ。こっから湖までの長距離を、全部やれってことじゃないかんな?」
黙れウザ兄弟。
でもそうか、俺の驚きはそうとも取れるな。情報の補足をありがとう。
「あくまでもタロウに頼みたい目的地は、湖のこちら側の畔だ。それまでは俺たちが仕事する間、一緒に歩いていてくれればいい。じゃあ頼むぞ」
ヤミドゥリが俺の背中を叩いてから、森の方をくいと指差した。出発ってことだ。
「さぁ、はっりきるわよー!」
いつもの如くシャリテイルが先陣を切って、スキップするように低い下映えを飛び越え、森へと突っ込む。その後をヤミドゥリが続いた。
ま、待て。
「仕事って、なんだよ?」
思わず躊躇するが、背後からウザ兄弟に背を押された。
「ほらほら、遅れるんじゃねぇよ。なるべく固まった方が安全だろ?」
「なんだ怖気づいたのかぁ? すぐ後ろ歩いてやっから、怖くなったら迷わず俺らを盾にしろよ?」
このウザ兄弟。どう扱っていいか迷う奴らだな。
そうじゃないと思いつつ、遅れないように慌ててあとを追った。
踏み込んで周囲を観察するまでもなく、嫌でも気がついた。
バンバン魔物が出てくる。みんなガンガン行ってる。四脚ケダマと、ときにハリスンが混じってくる素早さ特化の混成部隊との応酬。
素早すぎて、追いきれない。というより、呆然として現実逃避するしかない。
「は、ハハ、なんて心強いんだろうなー」
「心強そうな面してないように見えるぜ」
シャリテイルに加えて中ランクの三人。初めからそいつらのパーティーに混ざっていく。アラグマと出会ったとしても安心だ。
ただ、以前に西の森を訪れたときは、魔物を狩り尽した後だった。それに連絡路側を通ったときに、川の魔物は個々が強力らしいと聞いた。増えすぎるのは繁殖期くらいだと聞いたし、西の森は低ランク冒険者の修行場のようだと考えていたこともある。
もっと平和だと思っていたんだ。
大きな勘違いだった。
たとえ低難度の魔物だろうと、こんな大量にいるとは……。
「……仕事始めだな、と思って」
「ははは、そういうことか。心配すんな、獲物が欲しいなら連れてきてやるぞ」
「遠慮する」
懐の心配じゃねえよ!
夜間の警備は、近場と森を出てくる魔物を片付けるだけらしい。だから朝には魔物がわんさかと居るだろう。これじゃ難易度が、がらりと変わるじゃねーか。
残機なしリセット不可の弾幕系シューティングゲームなんか嫌だ俺の当たり判定はでかいんだぞ!
嫌な緊張にドキドキが止まらないが落ち着け。中ランクのオプションが三人も追加されたんだ。
さすがはシャリテイルが喜んだだけのことはある。ベテラン中ランク冒険者なんだろう。危なげなく処理していく。
岩腕族のヤミドゥリも、速度が他の二人に劣るのをカバーするためか、大振りに動くことはなく機敏に移動する。その先が的確に、他の森葉族三人の穴を塞ぐようで、ああこれがパーティー戦っていうんだろうなぁなんて感想が浮かぶ。
だから安全なのは分かる。というか信頼するしかないけど。
今日はシャリテイルが増員依頼した奴らが、南の山へ向かうため街を出ているはずだ。そんな人手が足りなかろうと、どうせ西の森からは人員を離せない。中ランクの冒険者たちが同行してくれることに決まったというのは、期待だけの理由じゃなく、通常の仕事も兼ねてというわけだった。
「どっちかっつーと、俺の依頼がついでじゃんかよ……」
「ケェシェャーッ!」
「ん、タロウなんかいったか?」
「なんでもない。あっちの影にケダマ見えたぞ」
「お、ありがとよ!」
ケダマはケダマでも、四脚ケダマだからな。しかも、こっちの方面の四脚は南側より数が多い。俺だけなら一瞬で集られて人生終わりだ。しかし多すぎて、恐ろしさも遠のくと呆けて眺めているしかできない。
付いていくだけしか、できないさ。できないけど、のんびり歩いてられるかよ!
ならば、俺は俺の仕事に逃避する。今こそ疼く右腕の力を解放するとき。
「唸れ我が力、自然を狩る者よ!」
心で副音声の技名をつけて、飛び交うケダマ軍から耳を塞ぐべく中二ごっこの現実逃避しながら、邪魔な枝葉へと手を伸ばした。




