135:柄を掴め
念のため、誰かに見咎められないようにと、森の草原側に来た。
開けているから魔物の行き来も見渡しやすいし、木の陰でも月明かりで十分に視界は確保できる。近場の藪だけ片っ端からつつくと、周囲の安全も確保だ。
「カピボーのやつ。シャツ代はあとでキッチリと稼がせてもらうからな。覚えてろよ」
破れたシャツの一部が、背中でひらひらしている感覚がうざい。
はっ……!
この世界では全く新しい感覚だろう、あえて衣類に傷をつけるダメージファッションブランドを打ち立て世界のTAROとして羽ばたける可能性は、ゼロだな。
「現代知識チートならず。遊んでないで遊ぶか」
木陰から街の方を眺めると、全体は真っ暗だが、小さな灯りが西の森側にぽつぽつと見える。夜だって、ああして誰かが魔物を阻止してるんだよな。夜の警備ごくろうさまです。
フッ、同じ冒険者だというのに、まるで他人事だ。俺には関係ないもんね。
……胸が痛くなるからやめよう。
ランタンを離れた位置の地面におくと、改めてコントローラーを取り出した。
念のため街の方を確認してみたのは、森葉族の目の良さに怯えたからだ。あれがシャリテイルだけの身体能力なのか、まだ分からないからな。
謎コンの光は、光のようでそうではないようだから遠くまで届かないとしても、マグ感知の方の感覚は俺には一生知りようもない。
うーん、どうも混乱するな。
今までは全く反応されなかったんだから、平気な気はするが。ここのところ、シャリテイルと出歩いていて気が付いたことがある。
俺がマグを得る機会もあったのに、誰も俺とは別にコントローラーに吸い込まれる別の煙を指摘しなかったことだ。
うっすい色だし煙のように体にまとわりつけば、はっきり分かれて見えるわけでもないだろう。誤魔化せるとも思うから、西の森を回ったときはあまり気にしていなかった。
なのに、あんなに目ざとくて第三の感覚が利くシャリテイルも気付いていない。
気付いたら、絶対にツッコミいれてくると思うし。
だから、実はコントローラーは俺以外には見えないんじゃなんて考えもした。
ただ、ビオは、微かながら反応した。
聖質を感知できる素質が必要なのかもしれないけれど。幻ではなく、他の奴らにも見えるだろう証拠のような気がした。
「ま、どっちでもいいけどな」
誰にも見せる気はないし。
初めから俺は、地球との関わりを断たれた姿でここにいた。どうせなら、こいつも世の中から無かったことにしておきたい。
よく物語で見た、すんごい力がばれたら政治的な陰謀やらなにやらそりゃもうえげつないことに巻き込まれるかも、なんて心配はとうにない。
使い物にならないし。
それでも、この青い色が物議をかもすのは間違いない。聖質の魔素の希少性と重要さだけは学んだ。
俺が何が何やら分からないものを、「さあこいつをどうした吐け!」なんて迫られたら、びびって泣いてしまうだろう。嫌な未来しか想像できない。
「おっと、それ以上の妄想は危険域だ」
コントローラーの持ち手を片手で掴むと、体から離す。
今回、刃は上に出るようにした。
びびって時間を無駄にできない。
一気に行く。
ついでに、ぎりぎり小さく呟いて反応するかも試すか。叫ばないと使えないとか、さらに役に立たない。
大きく息を吸いこみ、嫌な呪文を唱える。
「……ヴリトラソード」
微かな振動が手に伝わり、青く透明な刃が形を成した。
「よしっ!」
すかさず柄に見える短い光の方を指先でつついた。
もちろん素手ではなくグローブ越しだ。
「お、いける」
すかさず掴んで、本体から手を離した。
「おお、持てるじゃん!」
どんな仕組み……ああ、マグが擬態するのは魔物で散々見てるじゃないか。
ちょっと振ってみよう。木の幹をめがけて、横薙ぎに振る!
「う、うわっと、っと」
当たると思ったところで、刃は掻き消えた。
柄を失って落ちていく本体を受け止めようとして体勢を崩し、そのまま俺は地面にはりつく。
「もうやだこいつ……ろくなことない」
コントローラーを掴むと、ごろんと仰向けになった。
まばらな木々の葉の間からは、満点の星空とカラフルな天の川が見える。天の川とは呼ばないだろうけど。
いちいち、こうして注釈してしまうことが、少しだけ煩わしい。
「本日のお題は消化完了。で、いいよなもう」
それにしても時間制限が厳しすぎ。
「せめて三分はくれてもいいだろ。お約束的に言って」
自分次第で容量の最大値を増やすこともできるんだから、的外れな文句ではあるが。俺には、いや、人族には少々手間だ。
どちらかといえば、他の種族向きの武器だろう。武器なのかも不明だけど。
炎天族なら大物相手に即充填、さらなる大物に即使用も可能とか。森葉族なら小出しで雑魚を倒し、そのマグを得つつしらみつぶしの雑魚狩りに向いてそうだとか、妄想は楽しい。なんでこんな世界に来てまで妄想だけなんだよ使わせろ!
あ、使うにしても、まだ任意の出し入れができるのかも確認できてない。
「お、次はそれ調べよう」
ちょろっと試すだけでいいなら、数時間も南の森にこもればいいとわかっことだし、少しずつ解明していけばいい。もう少し落ち着いて検証するなら、もっと量が欲しいから、数日は貯めに回ろうかな。
密かな趣味となりつつある。
他に何かをする生活のゆとりはないからな。ある意味、元世界の趣味を楽しむ延長線上にある。
持ちやすさを追求したとパッケージに書かれていた、オフィシャルよりも一回り大きく作られた持ち手に触れる。マットなプラスチックの、滑らかな手触りに安堵する。
生活やらなにやらで汲々としていても、こうして必要のないことに情熱を傾けられる時間を持つのは、想像以上に大切なことのようだ。親父が年甲斐もなくヴリトラマンで喜んでいたことも、今なら頷ける。
俺だけの目的があるってだけで、日々頑張れるもんなんだな。
流れ星ってあんのかな。
あるとして三回呟いたら願いが叶うとか、そういった言い伝えはあるのかな。
「力、力、力をよこせ!」
どうだ、これなら間に合うか?
「キェキゥ?」
「つつくな。齧ったらお前の歯が折れるぞ」
気が付けば、カピボーがコントローラーの中心を、鼻をふがふがさせながらつついていた。
なんと、俺は隠蔽スキルを身に着けてしまったのだろうか。それとも草のマグを吸い過ぎて、雑草に擬態できるスキルを獲得したか。
跳び起きると、カピボーはいつものように飛びかかってくる。反射的にコントローラーで叩き潰した。
アクセスランプの光が、気になるのか?
なんだかよく分からないが、いつまでも転がっている場合じゃなかった。
あんなに野宿は嫌だと思っていたのに、素で寝そうだった。寝たら死ぬぞ。寒さじゃなくてカピボーにたかられて。
最悪の死に方だろうな。恥ずかしいという意味で。
「ふぅ、どっこいしょっと……」
朝からビチャーチャやら苔草殺戮と色々あったし、カピボー退治もほどほどにして戻ろう。
また体を洗わなきゃならないが、夜も遅くなると音が響くから、全身ざばーっとかけるわけにもいかない。
明日も俺にとっては遠出になりそうだし、休むのも大切なことだろう。
「そうだ、幹」
刃は途中で消えたが、微かに当たったような気がする。該当箇所を見てみるも、よく分からない。ランタンを取り、近付ける。
ごくごく薄っすらとだが、樹皮を横に走る筋があった。
それに満足した気分になり、俺は藪をつつきながら街へと戻った。




