133:夕日
午後の巡回当番らしい冒険者たちが来てくれたお陰で、シャリテイルも魔物を殴る手を苔草殴りに変えられた。後半を早めに片付けられたのはそのお蔭でもある。
やはりいつ来るかもわからない魔物を警戒し続けるというのは、ベテランでも大変な苦労があるのだろう。
……冒険者が当番。
俺の中にあった、世界を股にかけて賞金稼ぎで生きる思い切り自由業なイメージの冒険者像は死んだ。
そう言葉にすれば、現状でも間違いではないような気がしないでもないが……。
まあいいか、もう出られそうだ。
荷物をまとめて、そんなことをぼんやりと考えているとシャリテイルが戻る姿が見えた。
「残ってるものは、なかったわね」
シャリテイルは、奥の通路に差し掛かるあたりの壁の窪みまで、苔草が残っていないか確かめていた。
どうせ種だか根というか菌糸だろうか。残ってるんだろうし、苔草の復活は避けられまい。
「また、ぼちぼち生えてくるだろうな」
「そうなの。気が付いたら居るのよね」
「今後は応援を呼びかけたらどうだ? 通りかかるたびに一つずつ引っこ抜いてくれとかさ」
シャリテイは俺の提案を吟味するように、宙を見上げると片頬を膨らませて、その頬を人差し指でぽんぽんと叩く。
森葉族の身体能力なら、水中でバブルリング衝撃波とか出そうだ。
それはともかく、そんなに考え込むようなことか?
自分で言っておいてなんだが、小学生なみの提案だと思う。
生えたのを見つけた時は、群生する前にすべて取れよと言いたいところだが、しゃがんでちまちまやるのは辛いらしいから無理は言えない。
とはいってもな。
自分の体で種族特性を実感しているというのに、あいつらを見ていたら身体的な理由より、精神的に苦痛だからという理由の気がしてならない。
「うん、そうね。それギルド長に伝えてみるわ。じゃあ戻りましょ!」
算段が付いたらしい。シャリテイルはうきうきと歩き出し、俺は溜息をつきつつ荷物を担いで後を追った。
ようやく終わると通路を歩いていると、気にかかっていたことを思い出した。
「そういや前の素材。トキメに預けておいたんだけど、受け取ったか」
「いけない、伝えるの忘れてたわね。ありがとう、もちろん受け取ったわよ!」
良かった。
短い間とはいえ、ギルドの職員の誠実さは見てきて分かっているつもりだ。
そういうのとは別にしても、初めてのやりとりは緊張する。
「選別する時間もなかったし、そのままストンリに売り飛ばしておいたわ。また何か面白いもの作ってるかもよ?」
「ちょっとまて」
なんてことをするんだよ!
俺、装備を依頼しちゃったばかりなんですが……。
初めて手に入れるまともな装備なのに、余計な改造されたらと思うと不安だ。主に見た目的な意味で。
もう遅い気もすると、肩を落として歩いていた。
このまま洞穴を出ると思ったが、シャリテイルは間もなく足を止めた。
いきなり止まるなよ。
ぶつかるほど距離を詰めてはいないが、魔物が出たのかとどっきりするじゃないか。
「ね。早めに終わったから時間が余ってるの。ブンブン君と戦うでしょ? あっちに少し気配があるわよ」
俺のどっきりは、半分当たっていた。
立ち止まったのは、分かれ道のある場所だ。
先に進んだやつらがいるのに魔物がいるってことは、こっちの行き先はまた別の魔脈に続いてるんだろうか?
「いや、もう十分」
「え、あんなに眉間に皺を寄せてしょぼくれた顔で言い出したのに? 良い機会だから稼いじゃうといいじゃない?」
俺はそんなに暗い顔してたのか。
だとしても、なにを嬉しそうにそそのかしてくるんだよ。
「そりゃ、少し、悩んではいたけどさ……」
「なら問題ないわね。まだ体力か有り余っているのは分かってるわよ」
やけに押してくるな。
またなにか裏でもありそうな。
「それってシャリテイルの方の都合?」
「なによ、疑り深いのね。親切心と好奇心が奇跡の融合を遂げただけなんだから、素直に受け取りなさい?」
「帰ろうか」
俺が歩き出した刹那、背中の荷物が重量を増した。
「ふぉっ」
こっ、これは幻の重力魔法!?
「んなわけあるか。シャリテイル、離せ」
「ねぇそこのお兄さん、入りたてのブンブンなカラセオイハエだよ? すぐそこに活きのいいのがいるのよ?」
「なんの呼び込みだよ!」
荷物が軽くなったと思うと、素早く回りこまれて行く手が阻まれた。
腰に両手を当てて、きりっとした表情だ。
「タロウって、お気楽に来るようなヤツかと思えば、なんやかや気を遣うじゃない? それって、私が最弱じゃないって言ったこと、気にし過ぎちゃってるのかなって」
意外なのは、俺の方だ。
そんなこと、気にかけてくれていたとは。
なんとなく顔が熱くなるが、ひとまず置いておくとして。
「それと、ブンブン君を倒すのに何の関係が?」
あ、呼び方が移っちまった。
「そりゃ、稼げないって悩んでると聞かされては、手を貸さない訳にいかないでしょ?」
「俺は稼げないのを嘆いてたわけじゃないよ。ただ、少しでも強くなりたいって」
「あれ……同じじゃない?」
自分の頭を拳でぐりぐりとしだした。
いつもよく分からないことで悩みだすな。
「まあ、強くなるにも場数を踏むのは大切よね!」
あ、やばい。
これはまた突っ走る予感!
牽制しろ!
「俺は、追い込み漁できる場所を探してくれと言ったわけじゃない!」
焦って勢いつきすぎた。
怒鳴るように吐き出した言葉が洞窟内に響き、心なしか遠くから物音が反応したような。
「……ヴブンブー」
発生源が近付いてきた。
馬鹿か俺は。
結局、カラセオイハエを倒す羽目になり、俺は地面に転がる殻を通路の隅へと重ねる。
少しだとか言いやがって、グループで飛んできたじゃねえか。
シャリテイルはあっという間に片付けると、ご丁寧に残した一匹をこっちに誘導しやがった。
「ノリノリだったじゃない?」
寄越されたら倒さない訳にいかないだろ。
シャリテイルは罪悪感からなのか手伝おうとしてくれたらしいから、それに文句はない。
ただ、真面目に宣言しておこう。
「俺、こういうのは嫌だ」
なにを贅沢言ってんだよ俺は、と思う。
だけどさ。
「こんなんで、一人前になれると思うか?」
シャリテイルは、困ったように微笑んだ。
俺の中では正しくとも、シャリテイルの中では別の答えがあるって表情だ。
でも、危険な場所で魔物が待っていてくれるのかと。
はるかに強い奴が場を整えてくれて、ぬるい戦いをこなして、それが身につくかよと。
素人同然の俺が、シャリテイルにこんなことを聞かせるなんておかしいだろう。
俺の考え方は、以前の生活の中から生まれたもので。
さして社会も知らない俺が、仕事のやり方に持論を語るのは滑稽だろうさ。
これは、下らないプライドなのかもしれない。
「もう少し、頑張ってみたいんだ」
だけど、今ここで悩んで立ち止まってるのは、自力で抜け出さなきゃならないことだと思うんだよ。
漠然とだけど、そうしなければ、先に進んでいけないような気がするんだ。
「そう」
シャリテイルは短く答え、納得したのか満足気に笑った。
「せっかくの心遣いだけど、これで十分だから……」
「うん、わかった。タロウがそう言うなら、その邪魔はしないわよ」
思えばシャリテイルは、いつもこうだった。
はっきりと伝えると、それ以上は何も言わない。
だけど、その応援はしてくれるというか……まさか、また何か曲解してたりしないだろうな。
空は陽が傾きはじめて、夕日がまぶしい。
明るい場所で見たシャリテイルの姿はひどいものだった。
全身どろどろ。
女の子なのに。綺麗な髪……いやいつもブラシ通してるのかっていうほつれ具合だった気がするがそれはいい。
髪もあちこちべったりと固まっている。
俺はもっとひどいだろう。
「楽しかったわね!」
それでも、にこにこと楽しそうだ。
なぜか眩しくて、綺麗だと思えた。




