131:穴場
洞穴の中、俺とシャリテイルは立ち止まっていた。
歩くほどに道幅は狭く天井は低くなっている。
奥からは空気が吹き抜けるような音や、コウモリだろうか、羽ばたきや甲高い鳴き声が聞こえてくる。
未知の魔物ではないと思いたい。
そんな不安な場所で立ち話なんて勘弁してほしいが、そうもいかない。
どうやらシャリテイルは、俺の無理難題を覚えていてくれたんだ。
有利な立地から攻撃可能で、一匹ずつ魔物を引っ張ってこれそうな場所。しかも俺が対応できる限界である、四脚ケダマ以下の素早さの魔物だ。
どうせなら硬さはモグー程度でお願いしたかったが、贅沢はいえない。
忙しい中で場所を選定してくれた。
それだけでも感謝しなければならない。
そう素直に感謝したいところだが!
暗い空間に、俺の子供用ランタンの小さな灯りが揺らめき、シャリテイルの笑顔を邪悪なものに見せる。
「この先を見て。道が分岐しているのが見えるかしら」
言われて、ランタンを掲げてみる。
灯りはぼんやりと周囲の壁を浮かび上がらせ、届かない場所が暗く強調される。
「確かに、分かれているように見えるな」
どこを見て、自分の居る位置を確認してるんだ?
辺りを見回すと即座に注釈が入った。
「低い位置に目印があるでしょ。毎回形を変えてあるし、適度な距離で彫ってあるから覚え易いわよ」
なるほどと思い探ったが、蹴りを入れただけんじゃないかという窪みだった。
足跡だろこれ。
しかも、そこからヒビが入っているし。危ないことしやがる。
「じゃあ、この場所の説明をするわね。ここは広い場所がないでしょ」
促され、顔を上げると改めて周囲を見た。
入り口付近にあるような、穴だらけ天井のドーム部屋のようなものはない。
それどころか、ちょっとした広さの空間も見当たらなかった。この奥のことは分からないか知らないが、この通路が続くなら囲まれる心配はなさそうだ。
けど、狭ければ少なくとも回り込まれる危険は減るが、その分追い詰められるんじゃないだろうか。
「背後を気にせず戦える、ということか? しかも逃げて間合いを稼げるだけの距離もあると」
まずは誰かが片づけてくれている前提の気がするんだけどな……。
「ううん。ここからは、あちこち分岐があるのよ」
「ああ、そっちか」
曲がり角から対象を捕捉しやすいし、距離を取っての待ち伏せもしやすいとか?
「そう、窪みのような分岐があちこちあってね。すぐに行き止まりよ。これなら敵を追い込んでぶちのめしてもいいし、自分が隠れて不意打ちするのもバッチリ!」
「バッチリ! じゃねえよ!」
追い詰められて穴だらけにされるイメージしか湧かないだろうが!
いかん。せっかく探してくれたんだ。落ち着こう。
「ええと……とにかく、一応見てみようか」
「もう着いてるわよ? そこ、今タロウが立ってる場所もそう」
「は? どこにそんな通路が……」
振り返って壁を見た。
全体的に歪んで、わずかに抉れたような、いかにも洞穴壁面だ……って。
俺が背を付けてどうにか隠れる程度じゃねえか!
いや隠れるのかこれ。ポンチョの裾がはみ出そうだ。
「物音の具合からいって、魔物の数は戻ってきてると思うのよね」
「なら急いで戻りませんか」
「タロウだってビチャーチャと相対できるんだもの。この辺の魔物くらい平気よ」
「平気じゃねえ!」
文字通り相対しただけだろうが。
大体な。シャリテイルだってビチャーチャは倒せないじゃねえか。
そんな恐ろしい相手がうようよしているなんて、言わないよな?
「届くといいのだけど。動かないでね。――棒線!」
なんだよ棒線ってと言う間はなく、シャリテイルが杖を掲げる。赤い線状のマグが、先端から一瞬にして伸びた。
槍にしては細く、矢と呼ぶには長すぎる。
その生み出され固定化されたマグの棒は、杖から放たれ、一直線に闇の中へと消えて行った。
……なんてことをしやがる。
魔技の属性はどうなってるんだとかいった疑問も渦巻いたが、次の言葉に思考は止まった。
「うんー、いそうかな? じゃあ、そっちに追い込むから待ってて」
「なに言ってんだよ!」
瞬く間に、シャリテイルは奥へと走り去った。
「おい、灯かり無くて平気なのかよ! こんなところに置いていくなよ……剣、剣はしっかり握ってるよな」
ランタンは足元に置いた方がいいだろうか。逃げることも考えたら、持っておくべきだろうか。
文句は言ったが、不安になって壁の窪みに背中を押し付け息を殺す。
そもそも、灯りがあったらバレバレじゃね?
ここは、いつもの通りに乗り越えるしかないか。
呆れて窪みを出ると、通路の真ん中で剣を前に構えた。
そのとき足音が聞こえてきた。
「あはは。こっちよ!」
「ブンヴブーッ!」
楽しげに追いかけっこしてくるんじゃねえよ!
落ち着け。
あの羽音はカラセオイハエ。
倒せなくはない。
しかも、羽音は一匹?
どうやって群れから分離したのか。
やっぱり他のは倒して、わざわざ一匹連れてきたんだうろか。
「タローゥ! ブンブン君、そっち行ったわよー」
一々気が抜けるな。
「分かった!」
ともかく、カラハエなら剣は囮にしかならない。
強化してもらったとはいえ、元はあいつの羽と同じ素材だ。また割れるんじゃないかと気が気ではない。
ランタンを持ちなおした手を、掲げた剣の下に添える。
来た。
薄暗さで距離間は掴みづらい。
けどな、夜の森で鍛えたんだよ!
姿が見えたと同時に踏み込み、上段から振り下ろす。
いつものように、カラハエは反射的に殻を閉じて丸くなった。
すぐに持ち上げ壁に叩きつける。
カラハエは意外にも、羽を開いてすぐに飛び上がろうとした。
ここの壁は土交じりで柔らかい。思ったより衝撃を与えられなかったのか。
「チッ、くたばれ!」
飛び上がりかけて低い位置にいたカラハエに膝を入れる。
ハエの眉間、と呼んでいいのか分からないが、真っ黒で巨大な複眼の間にヒットした。
「ぎャヴッ!」
また叩き落され怯んだところに、剣を突き入れる。
前より、容易く貫けた。
殻の羽を破れるか試す気にはなれないが、剣の性能差を実感できたのは嬉しい。
吸い込まれる煙を眺めつつ、止めていた息を吐きだした。
残った殻の羽を隅に寄せていると、ため息が聞こえてきた。
「お疲れさま。でも、なによタロウったら。隠れてないんだから」
それ、本気で言ってるんだよな?
シャリテイルだもんな。
「俺は灯かりなしじゃ戦えない」
「ああっ! そういえばそうね……良い場所だと思ったのだけど」
今さらだが、俺は声を上げて返事もしたんですが。
初めから隠れる意味はなかった。
「うっかりしてたわ! さすがに私も真っ暗じゃ戦えないものね」
「今までどうやってたんだよ。ずっと手ぶらじゃないか」
「そのランタンの灯りがあるじゃないの」
えらい高感度だな!
森葉族の印象が、どんどん恐ろしいものに変わっていく……。
腕力値が低めでなかったら、この世は森葉族の天下だったんじゃないだろうか。
「ちょっと遊んでから行こうかと思ったのだけど、しかたないわね。仕事しましょう」
「問題発言すぎる」
「どのみち、仕事はこの先からよ」
「えっまだ進むの」
「まだ半分も進んでないわよ。もちろん、奥までは行かないけれど」
またさっさと先へ進んでいくシャリテイルの後を追った。
幾つか分岐する通路を通り過ぎると、やや広い場所に出た。
壁面には湿気があり、どこから伝ってくるのか、水が滴る音も聞こえる。
「こりゃまた、うようよ居るな……」
ここも、苔草に埋もれていた。
昨日の奴とは違い、巨大化はしていない。
代わりに、足元一面が苔草の床だった。
「どうして、こんなに放っておくんだよ」
誰にともなく文句を呟きながら、苔草狩りをはじめる。
――苔草軍団よ。グラスキラーと呼ばれた一騎当千の力を見るがいい!
気分を盛り上げるための中二ごっこも忘れない俺だった。




