130:ゆるやかな道
ギルド長はシャリテイルへと書きたての紙切れを渡した。南方面へ、中ランク冒険者増援の指示書だ。
「あら? 私がタロウの引率を受け持つなら、後の見回りはもういいのよね」
「街の周囲だけなら確認は十分だろう。魔物が若干増えたとなれば、外側の方が問題だ」
それから二人が現状の確認するやりとりを、俺は横から聞いていた。
外側とはどうやら、街と周囲の広大な森のさらに外側。囲むように連なる山並みから、その向こう側のことらしい。特に北や東方面は山並みの外が隣国へと続くため、そちらも気にかけているようだ。
俺が小遣い稼ぎしている南の森の魔物も、周辺の山並みから流れてきているらしい。山並みはドーナツ状になってる?
そういえば街道は南側にしかないな。他より手薄なのは、魔物が弱いこともあるが、その環境を作っているのは聖なる祠に近いおかげか?
あ、この前、魔泉について引っかかったのはこれだ。
気にかかっていた事柄の断片が、再び頭に浮かぶ。
魔泉から魔物の大元が生まれること。結界などに阻まれれば魔物は分裂して数を増やすこと。そいつらが街の周囲へと日々押し寄せていること。なのに、たまに繁殖期が起きた辺りになってからようやく上位陣が、わざわざ大所帯で遠征し『魔泉を探索しに行く』こと。繁殖期は魔素が活性化したことによること。魔震は、魔脈の外側に行くほど多いらしいこと。魔震は魔素を放出しようとするものであること――それは、魔泉が開く兆候なんだ。
遠征は、新たな魔泉を探すのが主な目的なんだろう。
湧きポイントがそんな遠くにあるなら、なんで毎日こんなに湧いてんのか、そんなに増殖速度が速いのかと不思議だった。
たんに魔泉は、そこらの山にもあるってことじゃないか……。
以前聞いた話では、王都とこの街の中間辺りにも山脈があるらしい。魔脈の巡り方がどうなっているのか気になるな。
「ならば、今日は北側がいいだろう」
二人の話は終わったようで、ギルド長は紙の束を取り出して机に広げた。
「んー今から回れそうな場所は……これね」
俺の依頼書だ。さっそく今から?
シャリテイルは思案気に依頼書を順に眺め、紙の上を滑らせた指を止めると一枚をつまみ上げた。シャリテイルが決めるのかよ。
「近いし、この北の東の山にしましょ」
「この前行ったところか?」
「あの向こう隣ね」
「大ざっぱだな」
俺のなんとなくの呟きに、ギルド長が解説する。
「時おり、魔脈の活発化によって通路同士が繋がる。可能なら塞ぐが、無理なら統合されたままだ。幾つかの洞穴は、同じ魔脈から別れてできたものだ。そこは二つの山が繋がっていてね。周辺の山も魔脈に沿って瘤のようにそびえている。それである程度の区画ごとに番号を振って管理し――」
大枝嬢が言っていたっけ。この人意外とお喋り好きだとか。
これ以上迂闊なことを言わずに、どうにか切り上げられないだろうか。
「小賢しいことに、何番道だとかギルドの資料にはびっちり書いてあるけど、要するに、面倒だから大ざっぱに方角で呼び分けているのよ」
シャリテイルが説明を遮ってくれた。ナイス!
面倒だからってのも、あれだが。まあ、日常的に巡っているなら呼びやすい方がいいだろうけど。いざというときに混乱しそうだ。
「細かいことはいいのよ。目に付いた魔物を片っ端からぶちのめせばいいんだから!」
「もう数日は討伐を徹底しよう期間とするが、十分に注意を払ってくれよ」
「はーい!」
「はい……頑張ります」
ただの草むしり依頼のはずだというのに、この緊張感。
場所がどこだろうと、安全第一は大切なことだな。
ギルド長室を辞して階下へ降り、また窓口へ向かうとシャリテイルは増援指示書を大枝嬢に手渡した。
ギルドを出て、通りを歩きながら手荷物を探る。特に忘れ物はない。
シャリテイルを見ると、いつものように身軽な恰好だ。
しかし、こうも頻繁にいいのかね。
俺に付き合うってことは、割に合わない仕事ってことだろ?
「シャリテイルにも、本来の仕事とかあるんじゃないのか」
「いいのいいの。どうせあちこち見て回るだけだったし。同じよ」
ふぅん。まだ魔震の確認作業の続きなのかね。
ビチャーチャの出現にはすぐに駆け付けたから、今日はシャリテイルも待機組とやらだったのかもしれないな。
「もしかして、疲れた? 大変な魔物から街を守ったばかりだものね」
「あんなんで疲れるかよ」
気疲れはしたが、のんびり歩いていただけだ。
「なら心配ないわね。これから行く洞穴はちょっと長いから」
洞穴……だと?
依頼書にはどこの山としか書かれてなかったよな。やけに洞穴や魔脈がどうのと語ると思ったら、また穴倉かよ。
気が滅入る。昨日の苔草刈りでは大変な目にあった。あんな嫌なキノコ狩りはもう勘弁だ。
「疲れてないなら、どうして辛気臭い顔してるのよ?」
「いや、昼から暗い穴倉で過ごすのかと思うとな。どこも天井に穴だらけってことはないだろ?」
「そうね。魔震で崩れたところもあるから、逆に広がったわね」
広がったのかよ。
「それはそれで危険だな」
「ええ、だから内部の崩落個所を確認するのに、みんなに手を貸してもらってね。ギルド長も走り回っていたのよね」
「そう、なんだ……」
「壁が崩れたところから魔物がわきゃーって飛び出して大変だったな。あっでも、魔物がギルド長の頭に取り付いて、髪が千切れて飛んでった時の顔ったら見ものだったわよ!」
未だ、何も知らされない立場だってことに、ちょっと胸が痛むな。
自力で身を守れないんじゃ、洞窟内での仕事に参加できるわけもないけど。
「でも、崩れた土砂を運び出さなきゃならない場所もあるから。人族の手も借りる予定よ」
シャリテイルは俺の気持ちを読んだかのように言った。
「魔物の数を減らし終えたら、タロウに頼むこともあると思うのよね。優先箇所を決めてからだから、まだ数日はかかりそうだけど」
「そうか……ありがとう」
大通りを北へ抜け、ジェッテブルク山を東に回り込む小道を歩いていく。
採掘場へ上っている最中に上から見た、崖の下にあたるところのようだ。道は、ゆるやかとはいえ上り坂だ。魔物の気配もなく、ひんやりとした風に吹かれて疲労を癒しつつ黙々と歩いた。
牧草地側から入り込むのとは違い、あの急な斜面もなく山に入り込めた。
砦から幾つか道が延びていたから、道がありそうだなとは思っていたが。ああ、こんな楽な道があったとは……。
知らなかったとはいえ、案内をした四人組には悪いことをした。
山道に差し掛かってから、痛恨のミスに気付く。
「洞穴ってことは、苔草取りだよな? 道具がないぞ」
竹編みのカゴとゴミばさみ。
なんとなく恥ずかしいが、あれがないと取り除いたものを持ち運ぶのは大変だ。洞窟周辺ともなれば、歩きやすい登山道もないし。
「大量にゴミが出たらどうするんだ」
「早く整備を進めたい現状だから、障害物の除去を優先ね。近くに埋めるわ」
「分かった」
まるで、シャリテイルが企画者のようだ。
西の森のまとめ役のように、シャリテイルにも何か肩書きがありそうだな。
「着いたわよ」
今回は暗い場所もそれなりにあるとのことで、ランタンに火を点した。
洞穴に踏み込む。魔物はあらかた片付いているのか、姿を見ない。
シャリテイルは止まることなく、どんどん歩いていく。
苔草を発見しても無視で進んでいるのは怪しいな。
広い部屋のような空間もなくなり、ほぼ暗い通路が続いている。
そして道は、下り坂になっていることに気付いた。ちょっと歩くと言っていたが、危険区域に行くとは聞いてないぞ。
「どこまで行くつもりだ。なにか物騒な雰囲気が漂っているんですが」
「まだまだよ」
「結構奥に来たろ」
「うふふ、ついでだからタロウに頼まれたことも、遂行しておこうかなと思ったの」
「頼んだ。俺が?」
何か頼んだっけ。依頼できるような金はもってないぞ。
「ほら、一匹ずつ魔物を引っ張ってきて倒せそうな場所を聞かれたじゃない? ここなら、どうかと思って」
「めっちゃ洞窟の中ですやん」
不安しかないが、よくよく詳細を伺ってみようか。
「それは、一体どういった風に。で、どんな場所なんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!」
シャリテイルは、満面の笑顔になった。
ますます不安は増した。




