13 :購入目標
少しは慣れたのか、昨日よりは掴みやすい。黙々と腕を動かしていると、自然と頭が暇になってくる。
カピボーと壮絶な戦いを繰り広げたというのに、昨日も報酬は宿代で消えてしまった。今日も、一日刈ったところで宿代に消えるのだろう……なんだこのクソゲ。
初めはこんなもんだよな。
そこそこ見えてきたものもあるし、ちょっとした目標を立てた方がいいな。
現状の俺の弱さ加減は、よくよく理解した。
しばらくは草刈り生活をするしかないが、それは宿代で消える。草の報酬は、一束で1マグだった。だから十五束を刈り、15マグを稼ぐのが一日のノルマだ。
余分を稼ぐにはカピボーを倒していくしかないのだが、無理をしないため草刈り中に現れたやつを確実に倒していく。
それに、せめてカピボーでも倒し続けなければ、次はいつレベルが上がるんだかわからないからな。
ゲームの方では、採取の際には必ず戦闘になる仕様だったから、多少なりとエンカウント率の高さに期待していたりする。
だとしても……皮算用だな。
まずは一週間、精一杯やってみよう。
それから、また次の目標を決めればいい。
仕事の予定はそれでいいとして、金が入ったときのために、必要な物の優先順位を決めようか。パンツなどは置いておく。いや要るけど。
まずは、防具が必要だ。
ゲームなら、初期装備のまま金を貯めて、中盤で一斉に交換という手もある。体感で物凄く強くなれた気がするから好きな方法だ。
先に武器を購入する手もあるだろう。
基礎ステータスを腕力と敏捷へと振ることで、攻撃を受ける前に倒すのを狙うやり方だ。
これは俺の基礎ステが足りないこともあるが、人族が弱体化している以上はもちろん却下。
今は、生身なんだ。
さすがに毎回ひどい怪我をするのは御免被りたい。爽快感なんかなかろうと、一部ずつでも揃えて行くべきだ。
レベルが低い内は、レベルアップで傷が塞がり助かることもあると思うが、徐々に、そういうわけにもいかなくなる。普通に考えれば必要な経験値は増えていくしな。
しかも、治癒するといっても完治するわけではなかった。
どの程度の重症度まで対応できるのかも分からないのに、そんな不確定なもんを当てにするのはまずい。
結論として、まずは真っ当に装備から充実させたほうがいいと思うわけだ。
それに、ゲームと同じならば装備のカスタマイズがあるだろう。
基礎の装備を購入できたなら、その後のグレードアップは買い換えるよりは安く済むはずだ。後はどうにか自力で材料を揃えて装備屋の職人に強化を頼めばいい。
その初期コストを稼ぐのが無理めなんだけどさ。
これも密かな楽しみなんだが、やっぱ違いはあるかもしれない。
さて、夢のある予定を立てて満足したところで、現実の方も少し考えておくか。
食費とか、洗剤や着替えなんかの雑費とか……。
荷物に入っていた木の実で凌いでいるが、栄養が足りてるようには思えない。不思議なことに少量でも腹が減ることはないけど、あくまでも非常食だろう。
ああ、でもこっちは、まず相場を知る必要がある。落ち着いたら店を冷やかしに行くとするか。
なんにしろ、今は稼がなきゃな。
目標があると、どんな些細な仕事でも張り合いが出来て気分がいい。
今この手に掴み取ったものが、俺の明日を輝かしいものに変えるんだ。
いいだろう、やってやろうじゃないか。草刈りマスターと呼ばれるほどにな!
カピボーの邪魔には屈しない!
カピボーで思い出したが、マグがコントローラーにも流れていたのが気になる。
「絶対なにかあると思うんだけどなぁ」
水のみ休憩がてら、いじってみるが相変わらず反応はない。
また戦った後に確かめてみるか。
それから無心に草を刈っていた。
滴る汗が邪魔になり、タオルサイズの布を首にかけている。
今の姿をはたから見れば、とても冒険者には見えないよな。そこは考えまい。
遠くから牛のような鳴き声が風に乗ってくる他は、のどかなもんだ。
そんな穏やかな空気の中では、草むらを揺すり掻き分ける音でさえ酷く大きく感じられた。
少し離れた場所の草むらが、派手に揺れている!?
カピボーの比ではなく、でかい!
あんな素早く大きな敵なんか、俺に対処できるはずもない。
どうする。何が出てくるか見たら兵に知らせよう。
ナイフは構えたまま、後ずさりながら距離を取りつつ揺れる草むらの動きを目で追う。
草の波が、柵近くの開けた場所まで到達した。
来る!
「へっへー、オレが先な!」
「とちゅう石につまずいちゃったよー」
躍り出たのは、子供たちだった。
少年よ、おどかさないでくれ。
二人は暢気に飛び跳ねながら、互いにからかいあっている。
遊んでるだけか。こんな危険なところが遊び場だと?
いったい親御さんは何をしているんだ。危険なのは俺にだけですよね。
緊張が抜けてぐったりする。
仕事に戻ろうと思ったら、あいつら動かないで草むらを睨みだした。
草に手をかけるも、気になってしまう。
見たところ炎天族だ。
よく日に焼けたような浅黒い肌に、髪は蝋燭の火のような赤色をしている特徴そのままだ。
その二人は俺より小さいっていうか普通に小学生くらいに見える。
他種族より一回り大きな体が特徴の炎天族の子供でこれなら、本当に幼いんだろう。
そいつらの一人は腰をかがめ、もう一人は身体を斜めに構えて草むらを向いている。
そして二人とも何かを手に持っているようで、握りこぶしを腰辺りの高さで維持したままだ。
なにが始まるんです?
刈り取った草を側に積みながら窺っていると、子供たちのお喋りが止んだ。
新たに草に波を立て移動する気配。先ほどより小さいが幾つもある。
今度こそカピボーだ!
「おい、あぶな……っ!」
走り出しながら、そう叫ぼうとしたときだった。
バシュッ、バシッ。
風を切る音の後に、空気が破裂するような音。
それが二度ほど聞こえた。
「おぅっし! 二匹貫通したぞー!」
「ちぇっ、オレ一匹外したよ!」
「ん、駆けっこでは、おれ負けたし引き分けな」
「うん引き分け」
そう話しながらも、仕留め損ねたカピボーを何の気なしに踏みつぶしている。
俺は立ち尽くした。
呆然としただけでなく、少し走って息切れしたためだ。
子供達は手の平の小石を宙に投げては受け取めつつ、お喋りしている。
小石で仕留めた……だと?
複雑な気持ちで眺めていたら、二人が振り向いた。
気づきますよね。
「なにジロジロ見てるんだよ」
「なんか用か?」
やばい完全に事案だ。
切れる息を整え、慌てて声を絞り出す。
「いや、魔物がいたから、大丈夫かと思って……」
俺の言い訳を最後まで聞くことなく、子供たちは互いに顔を見合わせ、おどけた顔をする。
「ハハハッ! カピボーがぁ」
「魔物だってよお! ギャハハ!」
清々しいほどの噴出しっぷりで笑いながら走り去っていった。俺を指差して笑いながらだ。
子供でも十分に対処可能な場所か。
その通りだったな。
少年達が去った後、膝から頽れた。
断じて心がではない。
ちょい前に、己の最弱具合が理解できたなどと言ったな。
なんて傲慢な考えだったのだろうか。
下には下があるのだよ。
「フッ、やはりか……まずは地道に防具を買い揃えようという、俺の判断は正しかったようだな」
泣いてもいいよね。