129:手間賃
「どうしたの、タロウ? 戻りましょ」
シャリテイルは畜舎の方へ戻り、ビチャーチャ討伐の報告をした。
「いやぁ、すぐに駆けつけてくれてありがとうな!」
「ああ、本当に助かったよ!」
どろどろになっていた建物周辺の、掃除に取り掛かっていた住民たちから囲まれ感謝の声を頂いた。
俺はただ引っ張っていっただけだから素直に喜べない。
これを聞くべきは討伐したキグスではないかと思うが、そんなことを俺がここで言ってもしょうがないか。
「たまたま近くに私たちがいて良かったわね!」
俺とは違い、シャリテイルは相変わらず自信満々に胸を反らしているが。
話の流れで被害について尋ねたところ、家畜の何頭かが弱気になっていたらしいが、命に別状はなかったようだ。弱気ってなんだよ。
ともかく、困惑するほどひどく感謝された。
でも、道理で。
泥だらけになっている人間が多いことが気になったが、彼らもどうにか追い出そうと頑張っていたらしい。
農地の人族も、冒険者らに守られて当然なんて、甘い考えで居るやつはいないんだ。
シャリテイルや、中ランク以降の冒険者のように、実力が認められた者は別格かもしれない。でも、低ランクの奴らだろうと振る舞いは自信に溢れてみえる。
俺だって、もう少しくらいは誇っていいのかもしれない。いや、誇った方がいいというか。いつの間にか、卑屈になりすぎていたように思う。
何もできない自分を受け入れたからと、自信なく仕事をするのは違うよな。
自分の仕事に誇りを持ち、自信をもって挑む。
その気概でいなきゃなって、思い直した。
「タロウ? なんだか遠い目をしてるところ悪いけれど、このあとの予定は?」
まるで俺が急に依頼がキャンセルされて暇してるみたいじゃないか失礼な。
残念ながらキャンセルはされてないと思うが、暇だよ。今からどのカピボー退治しようかと頭を悩ませていたのを悟られたのだろうか。
俺の答えを待たずシャリテイルは切り出す。
「どっちでもいいのだけど、ちょっとギルドに顔貸してもらうわよ」
なっ、なにかまた俺はまずいことをしたのか?
「いいわね? じゃあ、手間賃をもらいに行きましょう!」
「いちいちおかしな言い方をするなよ!」
俺の叫びは既に届かない。言うだけ言うとシャリテイルはさっさと歩き始めている。って、なんで俺まで。何もしてないってのに。
追いついてシャリテイルに並び、詳細を聞く。
「手間賃って、俺たちは外まで引っ張っていっただけだろ。こんなのでも報酬もらえるのか」
あの調子で誘導するだけなら、人族だろうと関係ないように思えるんだけど。
「当たり前じゃないの。住民から危険目標を隔離した。十分な働きよ!」
言いすぎな気もするが、事実そうなる、のかなあ?
しかし少しでも魔物と関われば報酬とは、そんなところは徹底してる。
「ふんふ臨時ーふふーん臨時収入ー」
なにか横でゴーゴーダンスのように両腕を振りながら歩く存在が気になるが、通りを見回しても誰も気にかけている様子はない。
感覚がおかしいのは俺の方……?
口出しすまい。口出しは。
「……歌、へたくそだな」
「あ、ごめんなさい。なにか言った?」
「いや、なんでも」
うっきうきのシャリテイルと、俺は恥ずかしいような微妙な気持ちを飲み込んでギルドへ移動した。
窓口には、見慣れた姿があった。
「コエダさん! 魔震の方、もういいんですか」
トキメには悪いが、木のようでもやはり女性の方が嬉しい。いや、雌株?
「ええ、さきほど通常業務に戻りましタ。まだ後処理はありますが」
「全体的に魔物が増えたのよね」
「そうだったんだ」
「この街に魔震が起きるなんて数年ぶりですヨ」
「慣れてない人も多くて、ちょっと体勢を整えるのに苦労したかな」
二人のちょっとしたお喋りからは、多くの情報が得られる。
いつも思うが本当にダダ漏れだけどいいんだろうか。まあ、ギルド内には冒険者しかいないけどさ。
「そうでしタ。タロウさんには依頼の件で、ドリムより伝言がありまス」
来たか。
「在室時はギルド長室へ来てほしいとのことで、今からお時間いただけますか?」
「えっ、はい」
今後も、俺は直でやり取りすんのかな。
仮にも偉い人と、一対一でなんて居心地が悪い。
えーやだなー。などと思うのは、まだまだ学生気分が抜けてないからだろうか。
「シャリテイルさんは、街の中に出現した魔物の件ですネ。キグスさんから討伐報告だけは受けましタ」
「ほんとあの人、出不精の面倒くさがりなんだから。で、そのビチャーチャの追い込み漁なのだけど」
もう漁だとかはいいとして。
キグスって見覚えないと思ったら引きこもりかよ。しかも颯爽と去っていったように見えたのは、面倒くさがりだからかよ!
いやいや、シャリテイルの物言いを信じてはだめだ。良い方に受け取るんだ。
無駄が嫌いな仕事人なんだよきっと。
「……なるほど、そうだったのですカ。ではタロウさん。こちらに署名を。タロウさん?」
「あっと、すいません」
大枝嬢から紙を受け取った。
内容は緊急依頼と書かれている。
その下にある額は――5000マグ。
「えっ、こんなに」
「足止めだけだから大した額ではないけれど。臨時って、響きがいいわよね」
大した額じゃない? 一時間くらいだっけ。わずかな時間でこの額だぞ。
「俺には、大金だよ」
「だったら、ほら、もっと喜びなさいよ。笑顔笑顔!」
「……は、はは」
「中途半端は気持ち悪いわよ?」
つ、釣られただけとはいえ笑ってみたのにひどい言いぐさだ!
「そうだコエダさん。はい、タグ」
シャリテイルに続いて、俺もタグを渡す。
「せっ……んぐ」
思わず目を見開いた。
1865マグ、増えてる? 見間違いじゃないよな。
さっきの手間賃の方が額自体は大きいが、コントローラーに必要な魔物を攻撃したことで得られるマグの方が、俺には重要なことだ。
え、いつ攻撃したよ?
小石を投げつけたときか、それとも絡んだ腕を引きちぎったとき?
だとしても、たったあれだけで、これって。
とんでもない奴だったんだな。シャリテイルが殴ってびくともしないから、防御全振り野郎ってことだ。
それが、目の前で軽く弾けた。
キグスの力がすさまじいんだろうけど……もし、高ランク冒険者がいなかったらと思うと、ぞっとする。
なんというか、俺はまた考えを改めなけりゃならないよな。
この街の、ギルドの体制がどうしてこうなのか。暢気に見えるけど、目に見える印象に引きずられて、なぜそうなのかを忘れちゃいけないんだ。
ずっと結界に守られてると信じているから、住んでいられるはずなんだ。
結界を越えられる魔物がいる。
実際にそんな魔物を見てしまったら……それだけで脅威の存在だろう。
それを確実に倒してくれる冒険者がいるから、頑張って持ちこたえようと思ってくれる。農地の人々の、大げさに思える喜びも当然だ。
「さっタロウ、ギルド長室に行くわよ」
「そうだった。って、シャリテイルも?」
「ちょうどいいから、直接頼もうと思って」
ああ、増員の件か。
ギルド長室の扉を叩いて中へ入ると、優雅に茶を飲みながら寛いでいるギルド長がいた。
「タロウ、来たか。連絡が遅れてすまないな」
「いえ、緊急事態と聞きましたし」
この街の時間の流れからすれば、入れ違ったくらいのもんだろう。
「そうだな。ようやく、こうして一息ついているところだ」
俺は暇つぶしかよ。
「今の内に新たなことでもと思っていたらこれだ。いつものことだが、何かしらで時間が潰れる」
「そういうものよねー」
「さらには、ビチャーチャだ」
やっぱり話は届いていたのか。
「そう、それで南側の増員をしてほしいなって報告に来たのよ。明日一日も狩れば魔物の数は安定すると思うのだけど」
「すぐに手配しよう」
紙を一枚取り出し、ギルド長は何かを書きつけ始めた。許可証かな。
「それで、タロウの問題だが」
俺はなんの問題も起こしていない。いないよな?
「現在は山の反対側、隣国沿いまで人を送っている。まだ戻る前でな。南の山脈方面まで出すと、通常の討伐に手が足りなくなる」
魔震のせいとはいえ、なんともタイミングが悪い。まあ、もうしばらく気ままに、いや真剣に自身への課題を考える良い機会にしようと思っていたからいいか。
「だからといって、これ以上延期するほどでもないだろう。シャリテイル、君がいるのもちょうど良い。依頼者の変わりに引率を頼めるか」
へ。強行すんの?
「任せて。大船に乗った気でいなさい!」
また、シャリテイルと一緒か。
どうにも不安になる気持ちが出ないよう、どうにか抑えつつ、よろしくと返していた。




