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最弱だろうと冒険者でやっていく~異世界猟騎兵英雄譚~  作者: きりま
低ランク冒険者編

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127:結界を越えし魔物

 俺たちは、問題の畜舎へと近付いた。シャリテイルが入り口の陰から、さっと中を覗く。


「やっぱり、本物ね。まったくもう! ちょっと私たちが山にかかりきりになってる間に、こんなのが出てくるなんて。南側の山までは討伐が行き届かなかったのかしら」


 誰に対してなのか、ぶつぶつと愚痴を呟いている。

 山にかかりきりって、今考えられるのは魔震後の安全確認くらいだ。

 やっぱ、まだ続いてたんだな。


「シャリテイル。その悪ガキびちゃびちゃーだかの名前は分かった」

「もう、悪餓鬼ビチャーチャよ」

「で、そいつはなんなの」

「魔物よ」


 シャリテイルは短く答えると、屋内へと踏み込んだ。


「魔物って……街の中だぞ!」


 想像はついていたが、実際にそう言われると衝撃を受け、声が高まった。

 慌ててシャリテイルに続き入り口に飛び出す。


「だって、結界を越えてるだろ」

「そう。こいつは、そういった特殊能力を持つのよ」


 暗がりから、正体の掴めない薄汚い塊が、のたりと歩み出た。


「なん、だよ……こいつ」


 シャリテイルは杖を構えはしたが、そいつが数歩出ると、同じだけ後ずさる。

 開け放した入り口から差し込んだ光の下へと塊が進み出て、曖昧に見えた姿が晒される。


 ぬらりと艶のある濃い灰色の体は、人と変わらない大きさだ。

 くびれはないが、頭部と四肢らしき切れ目はあり、着ぐるみを来た人間のようにも見える。短いし体を支えるためか広すぎて、手足というよりヒレっぽい。

 その全身から、どろりとした液体を滴らせていた。


 これまで見た魔物は、大きくとも人と変わりないほどではなかった。

 サイズがレベルに関わっているなら、どれだけ強いんだろう。


「こいつが、泥水の正体か」

「ええ、そうね」


 後ずさりながら隣に並んだシャリテイルは、真剣な様子だが、眉間にしわを寄せている。

 どうしたもんかと悩んでいるように見える。


「そんなに厄介な相手なのか」


 動きは鈍いように見えるが、急に動き出すことも考え、俺も同じく後ずさる。

 ようやく、己の置かれた状況が飲み込めてきた。

 皆が避難し、シャリテイルが送られるような状況。

 俺、邪魔じゃね?


「結界を破れるんだし、とんでもない魔物なんだろうな……その」


 俺も退避して邪魔しない方がいいすかねげへへ。

 なんて、情けなくて言い出せなかった。


 いや、そんなこと言ってる場合か。俺のせいで何かあったらどうする。

 もう一度、言おうとシャリテイルを横目で見たが。


「うぬー」


 表情に対して、随分と悠長な唸り声が聞こえてきた。


「あのね。きっちりと周囲の魔物を片付けていたら出ないものなの。ただ本来の出現時期は、せいぜい人手が行き渡らない繁殖期くらいなのだけど」


 以前、そんなことを聞いたな。

 結界を越える魔物について、カイエンに注意を受けた時だ。

 あの時も繁殖期だった。

 辺りが気になって見まわす。


「他の魔物は、ふつう数匹で組んでるだろ。こいつは一体なのか?」


 居るのは、建物の物陰から覗いているおっさん連中くらいだ。


「ええ一体よ。数が出ないどころか、発生すらごく稀ね。この嫌な体に適した泥が少ないせいじゃないかって話よ」


 擬態はマグが変身するもんな。

 結界を超えるために泥を集めてる?


「あの泥って、西の奥の森付近にある沼地のだよな」

「よく知ってたわね」

「そんな、聖質の魔素を遮るような土だったのか」

「そんな土はないと思うけど。体が崩れにくい、もちもちとした土質が好みのようよ」


 体を維持するためかよ!

 しかも物理的に遮断すりゃ通り抜けられるのかよ!

 なんだか結界のイメージが崩れてくるな……。


 そうこうしている内に、泥人形は入り口の外へ出てきた。

 俺だって冒険者だ。腹をくくれ。


「あいつを、どうする。どういった奴なんだ」

「ビチャーチャはね……」


 シャリテイルが溜息と共に吐き出した説明に、俺の気合いは掻き消えた。




 説明によると、ビチャーチャは人家に押し入り泥にまみれた体で部屋中を汚して回る、お母さん泣かせの悪いやつらしい。

 どうでもいいわ。


「追い出しゃいいんじゃ」


「なんてことをいうのよ! 簡単に言うけど掴もうにもつるっと滑るし、ぬめっとして気持ち悪いし、乾き始めるとごわごわして精神が削られるのよ!」



 いや、そう言われましても。


「なんだそんなことかと思ったわね?」

「これっぽっちも」


 シャリテイルは盛大に溜息を吐いた。


「分からないの、ことの深刻さが?」

「さっぱり」


 もちろん、魔物だっていうからには討伐しないとまずいだろうが。

 シャリテイルのいう深刻さが、よく理解できない。

 わざとらしく片手をこめかみに当ててるが、なんか律儀に説明しだしたぞ。


「私たち冒険者のように、鍛えて身体水準が上昇しているならともかく、一般の奥様方にそんなマグ量があるわけないでしょう?」


 身体水準が上昇って、もしかしてレベルのことをそんな風に理解しているのか?

 じゃあマグを含めたステータスのようなもんも、人種による補正はあれど増加することは一般的な知識なんだな。

 まあ、鍛えりゃ筋肉がつくってのと同じ感覚と思えば、当然だろうか。


 精神が削られるって、マグを削られるって意味かよ。


「マグが底を付くと身動きできなくなるのは知ってるでしょう。進路上に倒れてしまったらどうなると思う?」

「踏まれるな」

「それくらいはいいのよ」


 いいのかよ。


「底をついた状態でさらにマグを削られると、その影響は命に関わるの」


 マグ値の低下で眩暈がしたり気絶するのは身をもって知ったが、無くなった時のことを考えたことはなかったな。

 単純に死ぬのかと思ったが、違うのか。


 昏睡状態とか、そういった感じ?

 それから命にかかわるって……ゲームで言えば、LP。


「はいはいライフポイントね」

「なによ、それ?」

「ああいや人の生命力のことだ。って、やっぱり下手したら死ぬのか」


 呆れたような半目の視線が痛い。


「ようやく、分かったみたいね」


 回りくどいんだよ。

 結局ずれた説明だったが、物理的な攻撃は仕掛けてこないような言い方だった。


「人のマグを吸う魔物ってことでいいんだな?」

「人だけじゃないわよ。未来のお肉からもなの。だから、本当に困るのよね」


 言い方はスルーするとして。


「結界を越えて、生けるもの全てからマグを喰らう魔物ってことだよな……」


 説明の仕方のせいで気が抜けるが、おおごとなのは分かった。




 シャリテイルがちんたらと説明を続けていた理由も、理解できた。

 話しながらも、俺達は歩み寄るビチャーチャから後ずさっていた。

 向かうは結界柵。

 何カ所か扉のようになっている場所へと向かっている。


「で、結局、どうするんだ。倒さずこのまま外まで連れていくのか」


 それとも、倒せないのか?

 そこが不安だった。


「大きなドロドロの塊なのよ? ここで弾けたらどうなると思う」


 大惨事だな。


「じゃ、柵の外まで連れて行って倒すと」

「嫌よ。汚れちゃうし」


 そんな理由かよ。


「なんてね。見栄をはっちゃった……倒せないのよね、私じゃ」


 驚いてシャリテイルを見ると、バツが悪そうな笑顔を浮かべていた。

 マジで?


 そんなに、難敵なのか。

 ただの泥団子にしか見えないのに。


「強いというか、硬い?」

「そうね、妙な弾力があるんだけど、泥のせいもあるかな。殴っても、つるって滑っちゃうのよ」


 困るのよねぇと溜息をついているシャリテイルの苦悩は本物のようだ。

 確かに、聞く限りでは、もどかしい相手だ。


「でも、倒さないとまた来るよな?」

「どうにか森の中まで押しとどめるわ。多分、その頃には高ランクの誰かが来てくれるはずよ」


 高ランクの奴らで、ようやく倒せる魔物ってことか。


「何か特殊な技能なら倒せるってやつ?」

「そうね。力かしら。カイエンなら剣でバシーンで一撃ね」


 物理かよ。


「なるほど……時間が稼げればいいんだな」

「そういうこと」


 外に誘導すればいいだけなら、この遅さでもそう時間はかからないだろう。

 帰りたくなってきた気持ちを抑えて、魔物の挙動に集中する。



 要は、マグが食われるから迂闊に触れないが、触らなければどうということのない魔物って認識でいいんだよな。


 そういうことにして状況を見る。

 高ランク冒険者だけが倒せる魔物だというのに、気が抜けそうなのをこらえて深刻な気持ちを保たねばならない。

 なんて手ごわい相手だ。


 得体の知れん粘液まみれの泥で部屋のものは台無しの魔物か。

 たしかに、日常で使う物の一つ一つは大したことなくても、一気に汚れる数が多ければ被害はでかいな。

 それもだが、肉だ。そっちが大問題だ。


 それに、この泥人形のまま倒すことができたら、利用価値も色々とありそうで悔やまれる。


「どうにか出来ればいいのにな……」


 ふと隣を見ると、俺を微笑ましく見る目と合った。

 シャリテイルがすると、なにか裏がありそうな目だ。


「タロウも、住人の生活まで気にかける余裕ができたのねって。どうしようもなくみみっちくてスットコドッコイなところもあるけど」


 みみっちい以下は余計だ。

 なんでそんな感想がでるんだよ。


「触らなければ大丈夫とはいえ、一応は危険な魔物なのよ。まだ低ランクなのに、そこまで真面目に考えてくれるなんて意外に思ったの」

「なおさらだろう。そりゃ、対策できるなら出来ないかと考えるさ……」


 視線をビチャーチャに向けるふりで、そっと視線をシャリテイルから外す。俺がどうにか出来ればと思ったのは、人の安全の方じゃない。

 そう危険さえないと分かれば、美女の水着で泥レス大会なんかに有効活用できそうな泥具合なのにと思うと無念だったのだ。


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