126:悲鳴
防具は、やはり在庫品だしサイズの調整が必要だった。結構小さくする方に。
でかいやつ多すぎんだよ。
「できたら宿に伝言をいれる」
言い合いで負けた俺に、ストンリは笑顔で追い立てるように手を振る。
好きなように改造できるのがそんなに嬉しいかよ。
不愛想に出ていこうとしたが、こんな時こそ年上の余裕をと笑って返すが、頬が引きつったのが分かった。
なに、悔しがる必要はない。危うくおっぱいミサイルが出そうなデザインになる寸前で止められたんだから、俺の勝ちと言っていい。あれだ、戦闘では負けたが戦争では勝ったみたいな。
……結局、葉っぱは胸部に内蔵することになったけどな。
ともかく、そんな注文という名の戦いを終えてベドロク装備店より撤退した。
そのまま帰っても良かったが、ついでに珍しく遅くまで開いていた雑貨屋に寄り、ロウソクを補充した。
疲れてようと夜まで活動する。俺が一人でやれる努力なんて、こんなことくらいしかないからな。南の森での経験なんて微々たるものだが、毎日続けていれば馬鹿にできないだろう。
防具の代金は半額を支払い、受け取り時に残りの半額を支払う。一万マグ以上から、そうしているとのことだ。支払い時点でうっかり使い込んでいたら困るし正直ありがたい。後の分も忘れないようにしないとな……。
宿に戻って荷物を置き、部屋干しのポンチョを触る。
「ぜんぜん乾いてないな」
さっき干したばかりだから当たり前だが、出かけるなら無いと不安だ。冷たいのを我慢して着こんだ。最近は日が落ちると、少し肌寒くなってきたように思う。
この世界にも、風邪はあるんだろうか。今のところ、怪我以外で弱ってる奴を見聞きした覚えがない。
まあ風邪と呼ばれなくとも、体が冷えて抵抗力が落ち雑菌と熾烈な戦いを繰り広げるような状態はあるだろう。体温はあるんだし。それなりに気を付けよう。
南の森沿いに到着すると、カピボーらを黙々と退治していく。
最近はどうにか叫ばずにいられるようになった。防具が手に入ったら、もっと安心できるんだろうか。
ため息が出てきた。
安心はできるかもしれないが、気を抜いては駄目だろうな。当たり前だけど。
それ以上に、短い時間だったがシャリテイルと行動していて痛感した。
俺よりもはるかにレベルが高いはずの人間が、他の上位陣と一緒に戦ってさえ、高ランクの魔物から麻痺攻撃を受けて、うっかり顔面スライディングしてしまうほどの世界なんだ。
まかり間違って俺のレベルが同等に上がったところで、覆せるどころか並ぶことすらできないだろう。
人族補正がある限り、足を引っ張る。
そもそも平均的な中ランクの魔物すら倒せないんだ。倍のレベルどころか、今より十レベル上げることすら無理じゃないかと不安になり始めてるってのに。
悲観ってほどではないが、もう十分にへこんだし、これが現実だと受け入れた。
受け入れた上で、できることを地道にこなしていく。
急いだところで……死んでしまったら、意味がなくなってしまう。
まだ、あまり深く考えたくないことだけど。
ここで、一生を過ごすことになるんならさ、何年もかけて生きることも考えなきゃならないもんな。
まだ、この世界の奴らの価値観は理解しきれないところはあるが……こうして暮らしている内に、知りたいと思う価値観ができた。
会った奴らから見せてもらった冒険者としての矜持。
それを、いつかは俺も持ってみたいと思う。
◇
良い天気だと、朝の淡い空を見て思い出した。
いよいよギルド長と約束した依頼が始まるのかと思ったが、昨晩の報告時にトキメからは何も言われてない。伝言はなかったのか、忘れられていたのか。
今からギルドへ行って相談して、いきなり仕事に入れるのか?
依頼書を見た限りでは、そこそこ距離がありそうだった。十二件の依頼の内、ほとんど東西の森や山方面だ。
初めは、てっきり南の森の依頼が多くなると思っていた。あの辺の連中が、真っ先に噂に飛びついたように思えたし。
でもまあ、依頼書には簡単に書かれているだけだ。
昨日は洞窟周辺というから外だと思っていたら中だったし、移動しながらだと気が付けば妙な場所にいるかもしれない。
危険度は、俺にとってはどこへ行こうが変わらず高いだろうけど、やっぱ特に山は立地の悪さが問題だ。
足を取られて尻餅をつくだけならいいが、坂から転げ落ちたら洒落にならない。
そんなことを考えながらギルドへきたら、またトキメがいたから早速確認する。
「えっ、ギルド長は出かけているし、伝言もなし?」
「すまないね……そのようだな。なにか依頼を受けていくかい?」
「いや、ならまた明日に」
ギルドを出て、どこへ行こうか悩みつつぶらつく。
魔震後の翌日も、みんな普通に仕事していたから、何の悪い影響もなかったのだと思っていた。そりゃ随分と広いから、確認して情報を集めるだけでも時間はかかるだろうが……ああ、そうか。
高ランク指定の場所なんかだと、行ける人員に限りがある。
ギルド長が人手が足りないとぼやくのも分かる気がしてきた。
ま、俺が心配したって仕方ない。また草刈りツアーの続きだな。今日一日あれば、南の森まで十分到達できそうだ。いや目指してもいい、いいんだけどさ。
昨日の報酬はなくなったのだ。
少し手元に金を戻しておかないとやばい……。
「南の森にいこうか!」
草だけで暮らせないから、カピボー狩りって……。
俺は子供の小遣い稼ぎ場所を荒らしていたりするんだろうか。今のところ苦情は来てないし、最近は他に行くことも多いから泣かしてないと思いたい。
これでギリギリ生活が成り立ってるのも、おっさんのボロ宿のお陰なんだよな。
普通の低ランク冒険者なら俺の倍は稼いでるようだし。
そう考えると、少なくとも暮らせるだけの稼ぎが南の森だけで手に入るって、マグ採れすぎじゃないか?
貨幣価値はどうなってるんだと疑問が湧くな。
中ランク以降はギルドに仲介料だかを差っ引かれるらしいが、それでも十分余るほど稼げるはずだ。
高ランクとなれば想像もつかないが、使い切れないほど貯め込んでいておかしくない。
カイエンは、装備に金がかかると言っていたな。
どれだけ天井知らずなんだ……。
俺には関係のない天上人の生活だが、機会があるなら聞いてみたいところだ。
ショック死するかもしれんが。
マグもさ、魔物さえ出なければ、ただの役に立つ燃料なんだよな。
まあ、魔物がいなくなったら世界中の冒険者が一斉に失業して大変なことになりそうだが。
世界中か。
文明の度合いから考えたら、まだ全ての場所は発見されてないんじゃないかと思える。
パンゲア状態だったら、この大陸内ですら網羅されてなかったりしそう。
そこまではないか。
ぼやぼやと暇つぶしに考えごとをしつつ、南街道側から南の森へ向かう。
看板から少し離れたところを見渡した。
刈り始めはこの辺だったな。またちょびちょび伸び始めている。
こいつが伸びきる前に、街を一周して戻ってきたいな。
「きゃああああっ!」
風に草がそよぐ、気持ちの良いのどかな景色を、女性の甲高い声が引き裂いた。
とっさに走り出してから気が付いた。
えっ、今、街の方から聞こえた?
魔物じゃないなら……まさか、暴漢。
こんな犯罪とは無縁だと思っていた田舎町で、初めて感じた不安だ。酒に飲まれてぐだついてるやつくらいは居るから、魔が差したとか……。
この街にそんな奴はいないと、どこかで信じ切っていた。
思った以上にショックを受けながらも、柵を乗り越えて走り出そうとしたところを、別の声が遮った。
「ぬおおおおおっ!」
野太い声だ。
膝から力が抜けた。
「一体、なんなんだよ」
声は小さな畜舎の一つから聞こえたようだった。
近付くと、小屋から泥にまみれた男が走り出ていく。
「そこか!」
足元から、べちゃりと音がして、ふと目が行った。
男の姿に、家畜から糞でもかけられたのかと思ったが、地面もぬかるんでいる。
「こらータロウめっ。待ちなさーい!」
「おっ、俺はなにもやっていない!」
って、この声は。
「シャリテイル。どうしてここに」
振り返る前に、シャリテイルは追いついていた。
「出たって報告があったのよ。声はどこから?」
「そこだ。その畜舎」
「念のため武器を。注意してちょうだい」
「え、あぁ。それで、出たってなにが」
剣を手に、そろそろと建物へと近付くシャリテイルの後を追った。
「悪餓鬼ビチャーチャよ!」
なんなんですかね、それは……。




