125:銭は泡の如く
胸当てを買いたいとは、以前から話していた。
当初は徐々に装備を強化していくなら、その辺からかなと単純な理由だった。それは、少しずつ強い相手と戦っていくことを前提としていた。
今は、違う。
なんの問題もなく戦えるようになった南の森ですら、もしもを考慮している。
なんせ、モグーのようにあちこち顔を出すらしい魔物もいると知ったわけだ。
少しでも危険を減らすための、防具なんだ。
闇雲に突っ込んでいって、運よく生き残る確率を上げるためのものじゃあない。
危険な場所を避けていてさえ不運にも怪我を負うようなことがあるなら、少しでもダメージを軽減し、生きて戻るための防具だ。
この世界で俺に、ノーダメージクリアなんて無理な話だからな。
トントンと、カウンターを叩く音がして顔を上げる。
ストンリが手でノックをした音のようだ。
つい黙り込んでしまっていた。
「なにか、らしくなったな」
「そ、そうかな?」
差し出された武器を受け取って、腰の帯に付け直す。
「調子にのると痛い目に遭うぞ」
「……分かってるよ」
くっ、このしっかり者めが。
「それで、胸当てといっても色々ある」
ストンリは、棚の一つへ手を伸ばした。
天井まである棚の内、細めの棚の引き出しを漁り、すぐに二、三を取り出す。
「たしか最安値で用意出来ると俺が話したのは、これだな」
おお。
とうとう俺にも、まともに防具を購入できる日がやってきたのか。
どきどきしながら、カウンターに並べられたものに食いつく。
それらは、でかい眼帯のようにシンプルなものだった。
当然、防護範囲は狭い。本当に心臓辺りを覆うサイズしかない。
「これって、単品で使うもん?」
「場合によっては。あとは気分?」
気分って、おい。
「まあ、たしかに、何もないよりはるかにマシだけどさ」
「だから、一番安いやつだって。前とは予算も違うだろ? どれだけ出せる」
「そうだったな。ちょっと待ってくれ」
ずばっと聞かれて、どうするか悩む。
大金入ったぜわぁいといったノリでやってきたんだ。
今回は何も考えていなかった。
あれこれやろうと考えすぎていて、何にどれだけ使うか分からん。
分からんというか、心が決まらない。
だめだ。このままだと、また今度となってしまいそう。
買うって決めただろ。
いいじゃん、ノリで来たんならさ。
もうそのままバーンといっちゃえよ。
「タロウ。またの機会にするか?」
「いや、買う。買うったら買う!」
「大きな声出さなくても分かるから」
俺は大きく息を吸い込み、意気込みごと吐き出すように言った。
「一万五千だ! 予算は一万五千マグ。その中で、出来る限りの防具を揃えたい」
今日の稼ぎ全部だ。
よし、これで後戻りはできない!
「へえ、随分と用意できるようになったんだな」
渾身の覚悟を決めた発言だったというのに、ストンリの反応は薄い。
普段から取り扱われている額を考えれば、はした金なんだろう。
手に職があるって羨ましいな……。
「まあ、臨時収入だし。どうせなら今の内に、少しでも装備を確保しておいた方がいいと思ってさ」
「そうか。それなら、マグ加工を加えても余る。どうせなら、体全体を覆えるものにしたらどうだ。少しくらい重くても問題ないだろ?」
「全体って、そんなに安くできるもんなのか」
全身鎧といえば、兵くらいしか着てるのを見た覚えがない。
ビオの取り巻きにいた奴らの、重そうな金属鎧を着て歩いていたのが思い浮かんだ。
まあ俺が買うのは革製だから、砦の兵の方が近そうだな。
「それって砦の奴らのようなもんだよな」
「あれは、さすがにもっといい素材を使ってるよ。お勧めしているのは、革素材の中で最低ランクだ」
「ですよね」
「元々が低ランク素材による安物だ。一部のマグ加工に金をかけるくらいなら、全身を覆った方が安全だ」
ぬぬぅ。そう言われると……揺れるな。
胸当てで心臓を守れたとして、腹を抉られたら確実に終わる。
武器と違い、買ってから使いこなす練習をする必要もないんだし。
どうせ散財するなら、揃えた方がいいに決まってる。
「ううん、それもいい気がしてきたな……」
「なら、それを前提に見繕っていいんだな?」
くっ、歯切れ良く答えられない貧乏性が憎い。
さあ言え、はっきりと。
「ああ、それで、頼む!」
ストンリはにやりと笑い、棚へと移動した。
金が出来たとあらば、うまいこと乗せて買わせようとは、なかなか出来た商売人じゃないか。
でも悪い気はしない。
このままでは、いつまで経っても大きな買い物なんてしそうになかったし。
ストンリは、大きな引き出しの奥から、防具を何点か引っ張り出した。
それらを、カウンターとそばの台に置いていく。
胴と両腕と両足を覆うパーツで構成されているセットだ。間接辺りで分割されている。
その間接部分をカバーしていないってことは、別売りなんだろう。
さすがに、そこまでなんでも買えるわけないか。
「全身用といっても、最低限だから、完全とはいえないが……余りもので作った試作品……いや、お買い得品だぞ?」
「やっぱり。出てくると思った」
取り繕うさまがおかしくて笑いが出る。
「おい、面白い要素はないだろ」
「わるいわるい。俺にはちょうどいいものだと思うよ」
ストンリは、棚から別の鎧も持ち出した。
こっちは随分と立派だが。
「そうだな。これが兵と同じ素材で作ったもんだ」
「うわ、頑丈そうだな」
素材は硬くて重い。表面には艶もあるし、遠目には金属と変わりない。
肌触りと独特の臭いで、革なのは間違いようもないけど。
こんなのをあいつらは一日着てんのか。蒸れそうで嫌だな。
対して、俺にお勧めのお買い得品は、薄めで柔らかい。
動きが阻害されるよりは、こういった取り回しが良さそうな方がいいだろうな。
特に、胴部分に目が行った。
「これはいいな」
「革の胴着だ」
袖なしだが、腹まできっちり覆っている丈だ。
斜めに合わせた前を、縫い付けられた短いベルトで留めるようになっている。
革製のベストにしか見えない。
見せてもらった上等な鎧と比べれば、簡易になるんだろうけど。
装備しやすそうなところが気に入った。
腕と足の方まで装備するのは面倒そうだし、これ単品で上着替わりに使えそうなところもいいな。
そんな面倒がっちゃいけないとは思うが、つい遠征組を思い出した。
あいつらも普段はもっと軽装なのに、あの時はどう見ても本気装備だった。
これが、俺にとってのいざというときのための装備、ということにしよう。
といっても、南の森ならいざしらず、また命がけの草刈り依頼が続くんだった。
出し惜しみしてる場合でもないな。
「気に入ったようだな」
「もちろん。今までだって見立てが間違ってたことなんかないだろ」
なんだかんだいって、ストンリのチョイスは正しい。
「見習い中とは思えないよな」
「残念ながら、単純な職人としての腕だけでの助言は、まだ無理だ。俺も狩りには出るからな。そっちの経験による判断だ」
はぁ? いつそんな時間があるんだよ。
「眠そうなのは、そういった理由じゃないだろうな」
居眠り討伐は危ないぞ。
「いや、これは課題やってるせいだ」
ぼそっと、あのくそ親父がと聞こえた。
歳相応なところを見ると安心するな。
情けないところがあるのは俺だけじゃないといった、駄目な共感だ。
ごめんストンリ。
「ただ、次に親父が戻ってきたときに認められれば、皮素材の装備も作れるようになる」
おお。
職人学校があるなんて思ってはいなかったけど、徒弟制っていうんだっけ。そんな感じだろうか。
「それは楽しみじゃないか。許可が下りたら、また何か作ってもらうよ」
「ふん。だったら良い素材を持ってこいよ」
「おう待ってろよ、必ず拾ってくるから。それまでに課題、通せよ」
「その言葉、忘れるなよ。予約入れたからな」
素材で思い出した。
「お、そうだ。その素材は別として。モグーの葉っぱ、もう一枚拾ったんだよ。買ってもらえるか」
大した素材じゃないだろうが、またストンリの趣味……試作品に貢献できるだろう。
買うのは俺以外でお願いしたいが。
初めに拾ったやつも、念のために渡した。
硬いらしいから、予備の武器になるかと持ち歩いていて良かった。
「前の奴よりやや小さいってことは……硬度もわずかに劣るか」
ストンリはフラフィエが持っていたものと同じようなレンズを取り出して、葉っぱを見た。
「うん、まあちょうどいいバランスだろう。この二枚を胸に貼りつけて……」
「断る」
「性能はかなり上が」
「無理、絶対」
葉っぱい鎧なんて装備は嫌だ!
しばらく俺達は使う使わないの言い合いをした。
「ったく、頑固だな。安くなるのに何が問題なんだか。じゃあ内側に取り付ける。緩衝材の分余計にかかるからな」
「俺のは意地だ。頑固はストンリの方。ああ、それで手を打つ」
それからようやく試着して、サイズの調整で間に合うか調べたり、マグの加工はどこまでだといった話に落ち着いた。
ハッ……見た目なんかより性能が大事だと悟ったと思っていたのに。
生きる残るための装備だとかなんとか、語っちゃっていたのはなんだったのか。
まだまだ、甘い考えが抜けきれないらしい。




