124:臨時収入
「到着! 精算するから寄ってくれ」
晴れ晴れとしたメタルサとヴァルキに促され、以前に来た砦の会議室へ向かう。
砦に戻ったときは、まだ日が落ちるよりも前だった。
安全を期して、早めに戻る予定にしてあったようだ。
常日頃から人が多い場所なだけあってか、魔物に出会うハプニングはなかった。
思った以上に何事もなく、肩透かしを食らったような、仕事が捗って良かったような。
採掘されたマグ水晶は、この街で使う最低限を確保し、王都に直送らしい。
大きな産業だろうし、安全には力を入れているんだろう。
考えてみれば、農地関係は住人の生活を維持するためだ。
鉱山は、経済的には大きいどころか、唯一の産業といってもよさそう。
実は冒険者街じゃなくて、鉱山町のほうが相応しいんじゃないだろうか。
悄然とし、とりとめもなくそんなことに思いを馳せていたのは、体中が臭いからだ。
キング苔草め……ああ、確かにお前は強敵だったよ。
最後まで、心に傷を残しやがって。
「いやあ本当に、今日はいい日だったな!」
テンションだだ下がりの俺とは裏腹に、二人は元気そうだ。
よっぽど嬉しかったんですねー。
椅子に投げ出すように腰かける二人に倣って、俺も近くの椅子を引き寄せた。
そういや、なんで俺は砦にいるんだろう。
あとは署名さえ貰えればいいかと思っていたんだが。
依頼書を取り出して机に置くと、崩れた書類の間からペンを掘りだしたメタルサに尋ねる。
「精算ってなんの話だ?」
「虫よけの話をしただろう。ほとんど廃棄となったが、それでも結構な量だ。まあ、そういった追加だよ」
そんな簡単に上乗せして問題ないんだろうか。
あの砦長とのやりとり、雑用依頼を承認させるまでの話を聞いた限りでは、砦はギルドよりも予算には厳しそうだった。
快く承諾したのも、ギルド長との対抗心という子供じみた理由のようだし。
ただ、実際に引き受けてみたから言えるが、メタルサたちの提案は正しかった。
あいつは倒されるべき存在。魔物合体の産物といっていいくらいだ。
ともかく、どんな事情があれ、俺が引き受けたのは草むしりだけだ。
たまたま除去したゴミが使えるものだったからと、取り分を主張する気はない。
日当分さえいただけば文句はないというか、早く汚れを洗い流したい……。
ペンを掘りだした次は、ヴァルキが書類を発掘した。
「お、依頼書の紙。こっちにあったぞ」
「まったく! 毎回毎回、こうも勝手に定位置を変えるんだか」
ヴァルキが交代時の愚痴を吐き、メタルサが依頼書に書き込んでいく。
たんに採れた素材分は分け前とするとか、決まりでもあるんだろうか。
冒険者とは規則が違うだろうし、立場に関わらずの習慣なんて知らないから、余計な口は出すまい。
今回の依頼も含めて、ギルド長から受けた一連の依頼について、報酬額については全く意識していなかった。
目的が別にあるらしいからということもあるが、ギルド長からのまとめ依頼のようなもんだ。
一件の金額が低かろうと、代わりに数をこなすってことで問題ないと思っていたこともある。
「よし。これに署名してくれ」
メタルサが机を滑らせた紙きれを手に取り、ペンを受け取る。
署名をしつつ内容に目を走らせて、手が止まった。
「いひっ……ごほん。一万五千マグ」
声、裏返ってない。セーフセーフ。
元の金額が八千マグだった。倍近く増えてる。
「ははは、驚いてるな」
「ありがたく思えよ」
「本気でありがたいけど、なんでまた」
拘束時間は早朝から日暮れ前までだが、移動時間や休憩時間も含めると、普通に一日働いたなって程度だ。
フラフィエの汚店の報酬だって、雑用の依頼にしては十分な額だった。
あれは三日分だったからだけど、おかげで宿代も払って余ったし。
「だってなあ、まさかあのでかいもんが一日で綺麗さっぱりなくなるなんざ、思ってなかったんだぜ?」
「半分でもなくなれば、万々歳だと考えていた。余った予算を成果に応じて追加することは、砦長にも話してある」
「雑務といっても特殊な例だったろ? それに加えて、危険地域の手当てだ」
「臨時だからな。次があれば、こうはいかないぞ」
二人が理由を上げ連ねてくれたが、融通してくれたのは伝わった。
「そういうことなら……ありがとう」
依頼書を道具袋にしまうと席を立つ。
砦の外へ出ると、二人を振り返った。
「普段から気を付けてくれよ。あんな化け物キノコの山を、ぽこぽこ育てられても困るからな」
「もちろんだ。俺達だって御免だよ!」
砦からは宿の方が近いし、先に洗濯だな。
「またなにかあれば頼む!」
「お疲れさん!」
労いの声を受けると、俺も自然と顔が緩んだ。
軽く手を上げ礼をすると、砦を後にした。
ひとまず、砦のミッションコンプリートだ。
さて、宿で洗濯し体を洗い着替えたはいいが、ポンチョの替えはない。
あれ特殊な生地らしいからな。
この街で同じものは買えそうにない。
これからギルドに報告へ行こうと思うが、ペラペラのシャツ一枚だ。
報告だけならいいが、これで夜の戦闘は尻込みする。
そろそろ適当な上着でも買った方がいいだろうな。
買い物へ行くにも、衣料品店は店が閉まるのも早い。
覚えていたら明日買おうと思いつつ、ギルドへ向かった。
話に聞いていたとおり、今日も窓口にはトキメがいた。
依頼書を確認するとトキメは微かに目を見開いた。
「これはまた、よく働いたね」
まったくだ。
俺もマグタグの内訳を見て、深く頷いた。
苔草のやつ、たかが草のくせに百マグも持ってやがった。
サイズと苦労を考えたらおいしくもなんともなさそうだけど、儲けた気分だ。
依頼料とは別に入手できるもんなんだから、ありがたくいただくけどさ。
こんな臨時収入は二度となくていい。
ギルドを出たところで、一日で稼いだ金額に実感が湧いてきた。
「一万五千か。これは、少しくらい無駄遣いしたっていいよな?」
気が大きくなっているのは自覚がある。
でもさ、たまにはこういったノリで何かしないと、知らず鬱屈してしまうよな。
多分そう。
そうだ、何を買うにしろ俺には必要なものだらけだ。
必要な物なら仕方がない。
「今開いてる店で、買えそうで、必要なものといえば……薬屋?」
いや、塗り薬だって、あれから使用する機会はない。
マグ回復の魔技石も使う予定はない。道具屋もなしと。
食料品店に所狭しと吊るされているソーセージらしき肉を買い食いなんかもしてみたいが、それは必要とは言い切れない。
「装備……そうだ、防具!」
一番重要なことだっていうのに、すっかり忘れていた。
自作の装備品で事足りていたからな。追加といえば頭に巻いた布だけだけど。
失敗してばかりだったわけではない。ちょっと俺には合わなかっただけだ。
「なんにするかって、革の胸当てだろうな」
よし買ってしまおう。
決意すると、大通りから路地へと道を変えた。
「ストンリは居る、よな」
久々に訪れた気がするベドロク装備店の扉を開くと、またしても眠そうなストンリが迎えた。
「よう、タロウ」
こっちをちらと見て目礼と不愛想な返答で応え、カウンターに詰まれた大きな木箱の一つを、がさごそと漁っている。
いつも以上に疲れて見えるな。この辺、人手不足なんだろうか。
気まぐれに棚を見回してみる。
以前は、精神的にも金銭的にもじっくりと物色する余裕はなかった。
物珍しさで見はしたが、なんていうか、あの時は自分が使うことを想像できなかったんだよな。
かっこええ使ってみてえ、とかじゃない。これはこういった状況で使い勝手が良さそうだとか、これなら俺にも扱えるんじゃないかといった、実体験に基づいた感覚だ。
やけに冷静に選んでいる状況が、我ながら不思議な気分だ。
おお……!
これはちょっと、冒険者っぽくないか。
本職さんっぽいよな?
「にやけるような装備があるか?」
「なんでもない」
「待たせて悪い。久しぶりの気がするな」
ストンリは手を叩いて埃を払うそぶりを見せてから、手を差し出した。
握手の催促ではなく、装備を寄越せという意図らしい。
ナイフと剣を渡すと、ストンリはカウンターの向こうへ手を伸ばし道具箱を引き寄せた。
なにやら赤い石を取り出し、剣を研ぎ始める。
マグを固めたようなものに見える。
砥石のようなもんなのか、それともマグ加工の道具かなにかだろうか。
こんな地道な仕事を一人でずっとこなしてるんなら、目も疲れるだろうな。
肩も凝りそう。若いのに爺むさ……貫禄があるのは、そのせいだろうか。
もう一人いるはずの職人であるストンリの父親は、どこかの街へ用事があって出かけていると聞いたな。
「そういや、親父さん帰ってこないな」
確か、革以上のランク素材を利用したものを作るのは、まだ許可されてないと言っていた。
俺は余りものを加工してもらうだけで十分だろうし、買うだけなら問題ないとは思うが。
それにしても、随分と長い出張だ。
出かけていると聞いてから、かなり経ってないか。
答えは意外なものだった。
「戻ったよ。この前の行商団と一緒に。ああ、装備を新調したかったのか」
「いや、考えてはいるけど、予算のこともあるし。在庫で合うもんがあればそれにしておこうかと」
なんだ戻ってたのか。
なら、なんでまた眠そうなんだ?
「新調する気があるんなら、相談くらいはしてみたらどうだ。それで予算の都合がつきそうなら、隣の奴に頼むよ」
「それなら、ちょっと考えをって、なんで隣?」
「また出かけて行ったからな。行商団と一緒に」
なんとも、忙しい人だな。
見送ったときに、すれ違っていたかもしれないのか。
「じゃあ、以前相談した胸当てなんだけどさ」
知識もないから俺の方に希望は特にないが、ストンリは話している内に閃くことが多いようだからな。きっと何かしら秘蔵の、在庫処理品を提供してくれるに違いない。




