12 :敵の違い
井戸で洗濯を済ませると、絞っただけのズボンを履いて部屋に戻った。
替えがないし、裸ポンチョで生足のまま他の泊り客とすれ違いたくはない。どんなセルフ羞恥プレイだよ。
俺は自分を解き放ちたい系の性癖を理解したくないです。
部屋は昨日と同じ、二階の一番奥だ。部屋は通路の一方にしかなく、右手にある窓は木戸で締め切られて外は見えないが、この下は井戸だろう。
便利な階段側の部屋から埋まっていてもおかしくはないのだが、やたら静かで客が居るのか疑わしい。まだ戻ってないだけだと思いたい。
今は誰とも会わないのは助かるけど、これが通常営業なら、この宿大丈夫なんだろうなと不安だよ。
階段と廊下には一つずつランタンが壁に掛けられ、硝子の中で火が揺れていたが、部屋にも火が灯っていた。請求されなかったし、これも料金内だよな?
短時間らしいが十分ありがたい。
その灯りのもと湿ったズボンを脱ぎ、他の洗濯物らを広げて、ベッドフレームとベッド横の小さなサイドテーブルも利用して干した。朝までに乾く気はしないが、汚いままよりマシだ。
干し終えると、また眩暈がしてきて、ごろんとベッドに寝転がる。
ぐったりとして、他に何をする気力もわかない。
特にやることも、出来ることもないからいいが、やっぱりレベル低すぎで疲れやすいんだろう。
窓の外に見える空は暗い。
元気があれば夜の街を見てみたい気もするが、事情に明るくないのに、余計なことはしない方がいいか。何かに巻き込まれる心配よりも、先に疲労で行き倒れそうだし。何をするにしろ、せめて一週間くらいは様子を見たほうがいいかな。
目を閉じる。昼間のことを思い返して一人反省会だ。
今日一番の問題は、どうも敵がおかしいということ。
まさか、ただのマスコットキャラであるカピボーが、魔物として現れ襲ってくるとは思いもしなかった。これはゲームとの大きな違いだ。
それが存在した。
しかも子供の小遣い稼ぎの採取場所で、齧られても大したことない雑魚って言ってたよな?
俺を騙しやがって。
ここで気になったことがある。
もし、カピボーが本来の最弱モンスターとするなら、ケダマは最弱の雑魚敵ではないということだ。
色々とおかしいとは思ったんだよ。初めから気がついたって良かった。
ゲームでは、まずチュートリアル戦闘によってケダマ三匹固定で出会う。そこでレベルは上がるが、戦闘やレベルなどの説明をするためだ。
なのに、そのケダマ一匹でレベルが上がった。
片やカピボーでは五匹倒してレベル3になった。
レベルが上がる毎に獲得経験値が多く必要になるなら、こっちもそこそこ強い気はするが、五匹でどうにか上がったってことも考えられる。ケダマの経験値による底上げがあった可能性もあるからだ。
そうするとケダマは、カピボーよりもかなりの難敵ってことになる。
いや、ギルドで確認したマグ量で一目瞭然か。一匹でたった3マグだとは……。
ケダマが一番の雑魚だと思っていたから体当たりなんかかませたが、それが勘違いというか思い込みだった。
ぞっとするなんてもんじゃない。
「ハハ……もし幸運が働いてなかったら、本気でやばかったじゃねえかよ……」
元のゲームの知識は、正直に言えば役に立っている。お陰で、道に迷うことはなかったし。
だけど難易度の感覚は今すぐ修正が必要だ。
俺、というか人族が弱くなったこともあるだろうが、体感でいえば魔物のレベルは、全体的にワンランク上になっていると考えるべきだろう。
あわよくばケダマで稼ぐだ?
誰だそんな危険なこと考えた奴は、目標は変更!
まずはカピボーを難なく倒せるようになろう。
自信満々でレベルはあるんだと考えたが、だとしても、強くなりかたは予想より緩やかになりそうだな。
レベルアップといえば、ゲームではレベルアップ毎に1ポイントを入手でき、任意で割り振ることが可能だったが、ここにはステータス画面なんかない。
そのあたりの処理はどうなるんだ。自動で割り振られているのか。それともポイント加算自体がなくなってるのか。そもそも、ゲーム的なレベルアップではないとか……そんな可能性を考えると頭が痛い。
ポイント加算がなかったとして、基礎値にレベル数を掛けたものが素のステータスになるから。
体力27、魔力27、生命力27、腕力24、敏捷24、集中24、幸運24。
現在だと、こんなもんか。カピボー相手なら、まずまずなんじゃないかな。
まあ数値が上がったからって、ナイフの扱いに慣れているわけでもなく、急に動きが良くなることなんてのもなかったが。そもそも、剣術だとかそんなスキルはないゲームだ。
計算してみたが、あまり鵜呑みにはするまい。
人種補正を思い出すと溜息がでる……。
枕を濡らす前にと、不貞寝した。
◆
宿で目覚めたことに安心して起き上がる。
どうにか野宿せずに済んだ。これも仕事をどうにかこなせたからと思い出し、ささやかな幸せを噛み締める。
荷物を漁ると木の実を取り出して齧り、水筒から水を飲んだ。
出かける準備を済ませて裏手に向かい、井戸で洗面器サイズの桶に水を汲むと冷たい水で顔を洗って目を覚ます。
そういえば、硬い草だか枝を解したようなゴミかと思っていたものだが、歯ブラシにちょうど良さそうと思って使ってみたら、本当に歯ブラシだったらしい。水で湿らせると、かすかに歯磨き粉のような風味がした。
それで歯も磨いてさっぱりする。
手荷物にあった小汚い手拭いで水気を拭き取り、水筒に水を補給すると、そのまま宿を出た。
ウキウキと早足に草刈り場へと向かう。昨日の内に依頼の受付をしてもらったから直行だ。
通りに出て、雲のない澄んだ空を見上げると、日が昇ったばかりといったところだった。気合いを入れていたからか、ずいぶんと早く目覚めたな。
これなら十分に草どもを刈り取れるはず。一日かけての、最低ランク採取クエストに挑戦だ。
目指すぜ記録更新!
カピボーに反撃も忘れるな!
つか草刈りは採取なのかよ。
資材にするといったって、なかなかの難敵だったし、討伐でいいのではないだろうか。
などと、どうでもいいことを考えていると狩場、ではなく刈り場へ到着。
またも悩んだが、今日もシャリテイルに伝言はしなかった。
真の最弱モンスターであるカピボーと無様な戦いを繰り広げたばかりで、もっとマシになってからでないと顔を合わせづらい。
それに、昨日の仕事は午後の一部だった。
あれだけでは本当に冒険者としてやっていけるかの判断は下せないだろう。
俺の意気込みと、現実にできるかどうかは別だ。
今日こそがクエスト本番である。
せめてこれをこなせなければ、最低ランクですら冒険者としてやっていけはしないんだ。
つまらない見栄だって分かってる。
でもな、一日を乗り切れたなら、そこでようやくこれでやっていけると俺も自信をもって言える。
俺、これをやり遂げたら、お礼も兼ねて明日こそは言付けるんだ……。
駄目だったら……改めて農地に頭下げに行こうか。
その時はその時で、シャリテイルにも知らせないとならないが。
とにかく今は草っぱ野郎に集中だ。
またグローブを取り出してはめると、背の鞄は柵の側に置いた。
レベルが低いうちは、ポンチョを着たままにしておく方が安全だろうなんて昨日は思ったが、怪我をした汚れを隠せなかったら、誰に何を言われたか分からない。
そう思うと、やっぱり仕事中は脱いでおきたい。
正直、前に垂れてくると邪魔だし、暑さもあって動きづらいというのもある。
昨日は齧られたことだし、せめて袖は捲らないでおこう。
今のところ、俺のことは物珍しさで話題になっているだけだと思う。直接からかってくるヤツはいない。
妙に距離を取られているようなのは何故かと思ったが、もしかしたら始めにシャリテイルに連れられてきたことが関係あるのかもしれない。
だからって、あんまりな行動を取っていると、いずれ言われそうで気になるんだよな。
生活するのに必死だから他人にどう思われようと構わないが、そこで砦の兵に言われたことも思い出してしまう。
俺が粋がって、ちょっとくらいはいいだろうと勝手に遠出して、上のレベルの魔物と戦ったりなんて危険を冒して身動き取れなくなったら、兵や他の冒険者が俺を探すはめになったりするんだろう。
身を以って自分の弱さを実感したから、無茶をする気はないけどな。
俺は草を掴むと、ザクザクと刈り取りはじめた。