118:聖なる獣
魔技を放ってハエもどき軍団を殲滅したシャリテイルは、全弾命中したのがよほど嬉しかったらしい。
それって、普段は滅多に当たらないってことですかね。
まったく。
それでも範囲攻撃持ちが羨ましいぜ。
「その杖、魔技も使えたんだな」
「魔技も、じゃなくて魔技用よ。決まってるじゃない」
いやいやどう見ても棒術用途だろう。
戦いぶりを見たら、誰だって同意してくれるはずだ。
おまけに強力な魔技まで放てるなんて、汎用性高いな。
しかし通常は補助程度にしかならない魔技が、実際にここまで使えるものとは思わなかった。
以前目にした魔技といえば、西の森低ランク冒険者の一人であるデメントのものを思い浮かべる。
小型の杖で埋め込んだ水晶も小さいせいだろうか、一度か二度の魔技を使用したら、マグ補充用の魔技石を取り出していた。
「補充だっけ、しなくていいのか」
「あっそうね、回復しなきゃ。ありがとう、忘れるところだったわ。こんな敵に大盤振る舞いしすぎちゃった」
「こんなって程度だったのか……」
「いつもなら、そのまま走って行っちゃうから」
ああ、そうか。俺がいるから、念入りに倒してくれたのか……。
「やだ洞穴の中で辛気臭い顔しないで。薄気味悪いわよ?」
「ほっといてくれ」
「普段は節約しながらってだけよ。たまには思い切り行かないとね」
でもそれは、いざという時に使えるようマグを温存するためだろう。
それに、これだけ規模がでかい技を使えるんだ。
「マグ補充石かなにかだって、安くはないだろ」
「平気へーき。見てて」
シャリテイルは杖を抱きしめて目を閉じた。
杖の柄が、見事な天然のクッションの狭間に埋もれるのに目が行く。
それを阻むように、杖の先端が淡く輝きはじめた。
「うむむーでろー」
だとか、シャリテイルがむにょむにょと口の中で呟いていると、石から光が漏れ出た。
マグだろうとは思うが煙ではない。
杖の上に留まって、徐々に何かを形作っているような?
シャリテイルが目を開けると共に、杖の上の謎物体がぽよんと跳ねた。
「ぽんっと!」
いや、そんな音はなかったから。
「って、なんだよ。そいつ」
「ぴやぴゃーって? そいつ、じゃないよ失礼ねって言ってるわ」
「腹話術すんな」
「ええっなんで分かったの? 完璧に会得したと思っていたのに!」
思いっきり口が動いているし、同じ声で騙せると思うなよ。
シャリテイルが腹話術の訓練をしはじめたのを無視して、杖の上でぷよぷよと体を揺らしている物体を凝視する。
半透明の水滴だ。
末広がりの底部は手のひらほども巨大で、上の方は細くなっているが、そこになぜか緑色の葉っぱが二枚付いている。杖とおそろいのつもりか?
見れば見るほど……黒蜜をかけたら美味そう。
「殺気を感じたわよ?」
「気のせいだろう」
それはいいが、顔らしきものがあるのが気になる。
黒いマジックで書いたように、点々とした二つの目と口らしき一本線。
ぽやーんとした雰囲気は、とても魔技の一種とは思えない。
そもそも、なんだこの要素。
ゲームにこんなのあったか?
記憶を懸命にたどる。
中盤以降に各種族が使えるようになる武器の強化オプション。
それのアイコンに、葉っぱのやつがあったな。
説明書では、なぜか妖精のような絵が武器の周囲に描かれていた。
確か、各属性を表現していたはずだ……あれか。あれなのか?
「お、おおお……!」
遅れて、背筋にぞわっと来た。
「これぞ、ファンタジー要素!」
「また破廉恥なこと言って」
「なんでそんな意味になってんだ!」
ファンタジーな世界だから、その言葉が別のことを指すようになってしまったのだろうか。
別の方面でいうなれば、確かにエロはファンタジーだが。
人前で使わない方がいい言葉だってのは覚えた。
「そんなことはどうでもいい! それ、そのオプションはなんだ」
「タロウはよく隣国の訛りを使うわよね」
隣の訛りって……カタカナ言葉?
まあ、実際にカタカナなわけないから、隣国の訛りをそう認識していたのか。
つうか外来語は主に隣からだったんだな。
「また話が逸れてる!」
「ちょっと待ってね。集中力が要るから、少し疲れるの」
「え、そうなのか」
そういえば、呼び出したのか作ったのか知らないが、なんのためなんだっけ。
ゲームの仕様だと、装備強化の上位版ってところだ。
通常の強化が攻撃力などとすると、属性による特殊効果がつく。
森葉族はマグが自動回復するものが……ああ、回復か?
じっと見ると、水滴おばけの体が薄っすらと光った。
しかもそれは見覚えのある――。
「青い、光」
それって聖質の魔素ってことじゃないのか。
まさか、俺の、コントローラーと同じようなもんなのか?
ただ、かなり薄い色だ。祠の石を覆っていた淡い光よりも薄い。
そういえば、マグによる強化も、濃度によって効果が変わるようだった。
やっぱり、違うものなんだろうか。
「よぉし、いいわよ。マグの回復はばっちり。これでまた空間いっぱいに魔物が居ても戦えるわ」
シャリテイルが杖をトンと地面につくと、上部に乗っていた水滴は杖に吸い込まれるように消えていった。
幻想的だ。これこそ魔法要素と言っていいんじゃないか?
「いやだから」
「なによ?」
俺が感動している隙に、さっさと先へ進もうとするな。
正体を聞こうと指差すと、シャリテイルは忘れてたといった体で軽く答えた。
「ピッちゃんね!」
「本物の名前じゃないよな」
「もちろん私が名付けたのよ。この子はね、聖獣なの」
「せいじゅう……ええと、聖質の、魔素が関係あるのか?」
まずい誤変換をしそうになりドキドキするが、それよりも、コントローラーとの共通点があるのかどうかが気になる。
「さっすがタロウ。珍しいものなのによく知ってたわね。その通り、聖質の魔素で形作られた魔物よ」
は?
「魔物?!」
邪質の魔素で形作られるのが魔物で、聖質で作られるのが聖獣。
「なんで邪物とか邪獣じゃなくて魔物で、聖物じゃなくて聖獣なんだよ」
「気になるところ、そこなの?」
思わず取り乱してしまった。
「魔物に対する存在として、生まれたものなのか?」
「うーん、詳しいことは分からないようよ。ただ、うまく発見して契約できれば、その人に居ついてくれるの」
「契約? それって、まさか、意志があるってことか?」
「ああもう、すごい剣幕ね。本当にそういったことに関する知識には目がないんだから。ほら唾飛ばしてないで場所を考えて」
しまった。
その通りだ。
つい気が緩んでいたが、この安全はシャリテイルが居てこそだ。
「そうだった……ごめん。ええと、じゃあ移動するか」
周囲を見回すと、崩れた岩の上には一抱えほどもある胡桃のような殻が、砕けて散乱している。
砕けていると言っても形状は元のままに近い。
素材として使えそうな気もする。
「この殻、どうする」
カラセオイハエは飛ぶというか浮いてるから、視界一杯に埋まって見えた。
なんとなしに殻を数えてみたら十数匹ほどだ。もちろん俺には多いが。
「穴が空いちゃったから、使えるところないと思うわよ」
「それもそうだな」
「その辺に放置しておけば、また魔物が体にするんじゃない?」
「なるほど」
その手法、すでに発見済みだったのか……。
ツタンカメンの甲羅で悩んでいたが、こんなこと先人が思いついてるもんだよな。
「ささ、行きましょうか。この先の魔物は、もう少し強いのがわささーっと出てくるわよ」
「なんだと。ま、待った!」
せっかく連れて行ってくれるという機会だ。
奥に行きたくないはずがない。
ただ、ここまで魔物とのレベル差を感じると、俺が何かヘマしてしまうんじゃないかと不安でしょうがない。
「無理はしたくないんだ。せっかくなのに悪いけど」
「そう? 遠慮はしなくてもいいんだけど。でも……そっかーそんな判断ができるようになったのね」
なぜかシャリテイルは微笑まし気に俺を見ている。
やめろみじめになるだろ。
俺は膨らんだ道具袋を示した。山道で集めた素材だ。
「ほら、もう袋もいっぱいだし、納品がてら一度戻ったらどうだ」
「そうね。なら素材を分けましょうか。欲しいものがあれば選んで。いらないものは引き取ってもらうわ」
「いや、それもいいよ」
「でも強引に付き合わせたのに」
やっぱり無理矢理だったのかよ!
「そう。だから持っていっていいのよ」
「本当にいいから。本来なら来れない場所まで連れてきてもらったんだし、護衛代金を支払ってもいいくらいだろ」
拾ったものくらいじゃ足りないような気がするけどな。
魔物に指一本触れてないというのにもらってたまるか。
「そこまで言うなら、しょうがないわね。じゃあ、ありがたく頂いちゃうわ」
「そうしてくれ」
にこにこ顔のシャリテイルと、恐らく血の気が失せている俺は、大して進んでない洞穴の中から踵を返した。
前を歩くシャリテイルの淡い金髪が、さらさらと背で揺れているのを眺める。
なるほど。
シャリテイルが、ソロで活動できる一つの理由。
それが、マグ回復。というか、隠し技といっていいのか。
「……聖獣か」
一部の人間だけが持てる力。
未だ詳細は分からないらしいが。
どんなものかに想像を巡らせながらも、ものすごく納得していた。




