115:山歩き
おかしいだろ、レベルだけなら炎天族の子供より高いはずなのに。石でカピボー退治すらまだできないとか。
すでに、ずたずたになる自尊心はゼロよ。
「お、俺だってすぐ追いつくし……」
何回か危険な森を連れ回されたときの、がっちりとした護衛っぷりを思い出すと望みは薄いかもしれないが……いや、もちろん無理はしないよ。無茶をして迷惑はかけられないし。
でもドジって失敗っていうのは多めにみてほしい。
結局は、誰かや何かを当てにすることになるけど。
この上がらないレベルの壁。これを抜けさえすれば、違う世界が待っているはずなんだ。待っているといいよな。今はせいぜい、自分で決めたことを地道にこなすけどさ。
ああそうだ。拘束時間が長そうだし、念のため消耗品の確認でもしておいた方がいいな。日が暮れる前には森を出るようなスケジュールだと思うが、暗くなる前にギルドにつけるかは分からないし。
毎晩出かけるようにしてから、ランタン用のロウソクの減りも早い。一度補充しただけだし、残りはあと一本だった。買い足しが面倒だから、五セットくらい買っておくか。
他に何かあったかな。
ストンリのところに行ってみるか?
詳しくないから、あんまり装備の手入れらしいこともしてないし。頼みがてら話していたら、また何か思いつきそうだ。
そろそろ、防具の相談も真面目に考えた方がいいよな。
欲しい物が幾つもあると、どれもいらないってなるから他の時計やら欲しい物に惑わされて、結局先延ばしになっていた。
簡単に……かはともかく、三千マグくらいならすぐに稼げるようになったんだ。
胸当てくらいなら買えるんじゃないか?
簡易のやつで最低限で千マグと言われたが、できればマグ強化だとか多少は色を付けたい。
「お、いいぞ。気合いが戻ってきた」
やっぱ人生に物欲は必要だな。
ぼやぼやしながら草海原を泳いでいた。
突如、平和な日常を破る、耳をつんざく悲鳴が眼前の草の波間を裂く。
「ぐケェキピィェーッ!」
二つの悲鳴が不協和音を奏で、赤い煙とともに草の合間から生えたのは、ブーツの爪先。
見事な蹴りだ。
どうやら二匹いたケダマを、一度の蹴りでぶち抜いたように見えた。
嘘だろ……。
「やっほータローん!」
ゴールインするランナーのように両腕を上げて、飛び出してきたのは――。
「野生のシャリテイル……」
「何を言ってるのよ?」
「まともな登場の仕方はできないのか」
「なによ、ケダマに襲われそうな感じがしないでもないから手助けしたのに」
感じってなんだよ。下手したら俺の腹まで穴が開いてるところだろ!
「……ありがとうたすかったよ」
「なんだか棒読みね。まあ、いいわ」
一体、何しにこんなところまで来たんだ。いや、この程度の区域に寄ったんだ。
「まさか、そこの山に行く途中?」
でも、あの屈強そうな四人組が入っていったような場所だぞ。ソロで結構な場所を回れるといっても、さすがに厳しいんじゃないか?
「タロウがこの辺に生息してるって情報を得たから、観察よ」
「人を未確認生物のように言うな!」
「なんだ、山に行きたいの?」
逆に聞かれてしまった。
「行きたくないかっていわれたら、嘘になるけど」
「ふーん。いいわよ」
「えっ、そんな簡単に」
「だって、本物の低ランクになったんでしょ?」
「そんな情報は早いよな」
本物って……やっぱりシャリテイルもギルド長の画策の件に噛んでたのか。ナチュラルにゲロりやがって。
「コエダさんから真っ先に聞かされたもの」
大枝嬢か。そうだったな。やっかいなガールズトークってやつ。
冒険者ギルドに守秘義務というものは存在しないのだろうか。そんなわけはなく、ぐるに違いない。
「じゃあほら、行きましょ。その燃料は置いていきなさい」
「誰が草で動くんだよ!」
一人で藪に突っ込んでいくシャリテイルを慌てて追うはめになった。
まとめる時間くらいくれよ。草が風に飛んでいくかも。散らかってたらゴメンと、おっさん達へ心で謝っておく。
それから小声でつぶやいた。
「たのむ、森のなかにおいていかないでー……」
狭い木々の狭間の道なき道だ。シャリテイルもすぐに速度を落とした。俺はナイフをしまって殻の剣を手にするが、働く機会はなさそうだ。
出てきた魔物は、即座にシャリテイルが杖で殴り潰しながら歩いている。
「その杖、魔技の補助用だったよな?」
「もちろん。さあ坂に着いたわ。ここから少しだけ魔物の難度が上がるから気を付けてね」
どうもちろんなのかツッコミたかったが、口を閉じて前方を見上げる。四人組を案内したときに見た急な上り坂だ。よもや来ることになろうとは。
なんの気負いもなく、さくさくと進んでいくシャリテイルに呆気にとられる。歩き慣れてるんだろうが、あれで十分に警戒できているのか分からず不安だ。
「なんてね。脅したけれど、そんなに危険な場所でもないのよ」
「おい」
「ランクが変わったなって思えるのは、この上にある洞穴に入ってからね」
なんだよ。意地の悪いからかいはやめてくれ。
文句を言おうとしたが、口調とは裏腹に横を向いたシャリテイルの表情は真面目だった。
……俺も、もっと警戒しよう。
と思った矢先に、シャリテイルが足を止める。
「あら、ハリスンよ」
誰だハリスン。
シャリテイルの肩越しに前方を覗くが、杖で示された先には草と木々だけだ。
「何も、見えないけど」
光学迷彩使うような魔物なんかいたっけな。
それともマグ感知か?
「頭かくして尻丸出しってやつよ」
「あっハリスンか」
ゲーム中盤以降に開放される森面の内、面を選択してから移動した先にあるという面倒なフィールドがあった。しかも採取物もしょっぱいからあまり行かなかった場所だ。いたよハリスン。そこの雑魚だ。
そう言われて下草の合間を凝視する。柔らかそうな草の中に、植木で見るようなつやつやの濃い緑で、硬い葉の繁った枝葉が不自然に生えているように見えた。
「あれが、尻尾か」
あのケダマサイズの植木らしきものがハリスンの尻尾のはずだ。うまく擬態できてる、と言えるのかこれ?
「良く分かったわね。初めて見たんでしょ? タロウの本からの知識もなかなか役に立つものね」
名前と見た目くらいしか役に立ってないけどな。
レベルも実際とは違うようだし、せいぜいランクが判別できるくらいだ。
こいつはゲーム中レベル19で、面解放後すぐに乗り込んでも楽に倒せる相手だった。
……待て待て、ノマズがゲーム中レベル14だぞ。
「どこが危険のない場所だよ!」
思わず声を抑えつつ叫んだが、シャリテイルは普通に話しているな。視線は草むらの尻尾に固定したままだから、向こうも飛びかかろうと様子を見ているのか。
低ランクの魔物と違って我慢ができるらしい。少し賢い。
「来るわ」
こ、心の準備が。
殻の剣を握りしめるが、動きようのない場所だ。せめて邪魔にならないように、シャリテイルの左後方に立つ。
シャリテイルが魔物を殴りながら歩いているのを見ながら、可動範囲の観察はしていたんだ。あの威力で巨大杖など喰らったら洒落にならんからな。
俺が身をかがめて剣を下に向けたとき、植木が発射された。
「クェゥクェゥ!」
ジャンプしたハリスンは、無防備に姿をさらす。
感情のない黒くつぶらな瞳に出っ歯が目に付く顔、灰色の毛皮に包まれた体つきは、倍でかくしたカピボーのようにも見える。
体と同程度の尻尾まで含めたシルエットは、まんまリスだ。葉っぱ付きリス。葉リス……。命名法則に沿っているんだろうが、リスは居るのかよ。どこから来たんだ。
ハリスンは真っ直ぐには来ず、側の木に飛びつき幹を蹴る。反対側の木に飛びつきと幾度か繰り返すが、素早くて残像が見えるようだ。
追いつけなくて、風が巻き起こったような葉を鳴らす音だけが不快に響く。
いざとなれば、どうにかカバーしようと、シャリテイルの斜め後ろで手に力をこめた。
攪乱するようにシャリテイルの頭上や左右へと飛び移っていたハリスンは、後ろに飛び移ると見せかけて、急反転しシャリテイルに真っ直ぐ跳ぶ。
「シャリテ……!」
「ックェッ!」
シャリテイルは左手の杖を手首だけでくるっと眼前へと回転させ、ハリスンは思い切り杖の頭にぶつかっていた。
弾いたハリスンの体に、シャリテイルの高く上げた足が鋭く叩き込まれた。
「か、踵落とし……」
「クケゥ……」
「ちょろちょろとして、何匹もいると面倒なのよね。一匹で良かったわ」
なんでもないことのように、シャリテイルはふわっと笑う。
なぜかハリスンに同情してしまう俺だった。




