113:依頼してという依頼
まさかの、ギルド長が領主様?
でも、ここは冒険者街ガーズ。
周辺は、かなりの範囲にわたって荒野と山しかない僻地、のはずだ。
「街ですよね。ただの」
しかも、ちょっとでかい村って規模の。
「そりゃ名目上でしょ。このジェッテブルク山周辺一帯にあるのは、魔脈の山だらけ。人が住んで税を納められるような土地なんかないもの」
シャリテイルにしては真面目くさった顔で言っている。
なんでそんな単純ながら、ややこしいことを。
それもこれも、しがらみってやつなんだろうか。
ギルド長の親父領主さんが有力な貴族で、他の有力貴族と鎬を削っているとか妄想が膨らむ。
それから、ええと……妄想を膨らませるにも知識がいるよな。
それ以上は何も思い浮かばない。
「上の人から逃げ出されちゃ、困るじゃない?」
シャリテイルの言い方は、いつも簡潔だ。
無神経なようだが、そんな理由という気がして頷いた。
「元々、接する国から押し付けられているような場所ですしネ。他の貴族らから放棄すべきだといった意見が上がっていたといった噂を聞いたことがありまス」
大枝嬢はそう言って頷いている。
「なにもかも、特別な場所なんだな」
「そういうことね」
「興味があるのでしたら、直接ドリムに聞くといいですヨ。あれで話好きのようですカラ」
すごい遠慮したい。
視界の端でシャリテイルが空を仰いだ。
「いけない。のんびりし過ぎたかしら」
「ああ、私の足が遅いせいで、ご迷惑をおかけしましタ」
そういえば。
ギルドまでの道のりが、やけに長いなと思ったら、大枝嬢に合わせていたからだったのか。
人族より足が遅いというか、動き自体がぎこちない。
すでに木が動いてるような不自然さなんだから、当然か。
樹木の世界であれば、間違いなく世界最速だろう。
人によるかもしれないんだから、決めつけは良くないな。
でもな。こんなこと考えるのは失礼だとしても……それでも人族は、この樹人族より弱いの?
どうも腑に落ちない。
「タロウったら、そのいやらしい目つき。さては、コエダさんに不埒な感情を抱いていたわね?」
「ねぇよ!」
疑うような目で見るのはやめろシャリテイル。
「私は騙せないわよ。今のは俺より弱いんじゃないか、なんて思ってた目ね」
「だったら変な言い方するな!」
「シャリテイルさん、そこまでに。ほらギルドにつきましたヨ」
「そうだったわ。タロウをからかってる場合じゃないわよね。出かけていた間に溜まってる仕事がたくさんあるもの」
なんてやつだ。
ギルドの扉を大枝嬢がくぐり、その後をシャリテイルがくぐらず、俺を振り返った。
にやけている。
「ふふ。コエダさんは後衛の切り札なのよ。誰よりも魔技をたくさん使えるんだから!」
どう驚いたでしょ? と言わんばかりに威張っている。
癪に障るが、頷くしかない。
身体能力は、頑丈さを除いて人族より下かもしれないが、マグ量が馬鹿みたいにあるってことか。
マグ砲台か。
イメージにぴったりだよ。
く、悔しくなんかないぞ。
足取り重くギルドの階段を上る。
機嫌悪いままだったら面倒だなと、静かにギルド長室の戸をノックした。
「足を運んでもらって悪いな。さっそくだが、この依頼書に署名を頼む」
「は、はい」
ギルド長は普段通りに戻っていた。
ほっとして、依頼書に目を通そうと手に取り……なんじゃこりゃ!
「なんで束!」
落ち着け、紙が分厚いから束に見えるだけだな。
詳細の分からない胡散臭い依頼書を見て頼みたいやつが何人もいてたまるか。
「十二件だな」
「十人超えていた!」
俺の反応にギルド長は呆れた顔をするが、呆れるのはこっちだ。
冷やかしか。冷やかしだな?
ここの奴らなら、面白そうというだけの理由も驚きはしない。
目を皿にして内容に目を通す。
ほとんど西の森内の草むしりじゃねぇか!
こんなに場所が集中した理由は分かった。
そう望むやつがいるからだ。
犯人は、お前だ――ギルド長!
「面白い顔してないで、署名を頼むよ」
ほっといてくれ!
「こんなことしなくても、直接行けと言われた方が速い気がするんですが?」
どうせこいつが調整しているはずだ。
だったら、初めからそう言えばいいじゃないか。
「誰かに言われてやるより、自ら依頼できた方が楽しいだろう?」
楽しさは必要なのか!
「まあまあ、まずはこの辺から慣れた方がいい。まだ出会ったことのない魔物も多いだろう?」
なんで、俺はなだめられているんだ。
俺は落ち着いている。おかしいのはギルド長の方だ。
「はい、終わりましたよ」
「ご苦労さん」
ぶつぶつ言いつつ署名を終えると、ギルド長はほくそ笑んだ。
なにか、俺を貶めるような文言を見落としたか?
いや……何度か読んだが、ただの草刈り依頼だ。
「まあ、まずは砦に行くといい。こっちの予定はその後順次進めてくれ」
件数は多いが、期限が緩いのは救いだな。
数が多く失くしても困るし、ひとまず依頼書は預かってもらうことにして、俺は部屋を出た。
署名はあれだな。確約したかったんだろう。
もっと他に相談という名の丸め込み話でもあるのかと思ったが、すでに準備も出来ていたとはな。
お陰でおっさんと長話せずに済んだのは良かった。
今日はもう疲れたよ。
大通りを歩いていると、朝から詰め込まれた話があれこれと浮かんでくる。
俺から聖質の魔素の臭いがした、か。
ビオのマグ感知能力の高さに飛びついたけど、こっちの方が大問題だ。
色が同じだけのポンコツコントローラーかと思いきや、まさかの関係大ありかもしれないんだ。
もちろん全く無関係なんて思ったりはしてない。
聖質の魔素に守られた祠から俺は出てきたんだし。
ただ、質が違うのかと漠然と考えていた。
コントローラーが魔物のマグを吸い込むが、マグそのものではない。
それと同様に、聖質なんだけれどパチモンなのかなと漠然と思ってただけだ。
実際に効果はあるようだし、偽物というのもおかしいけどさ。
それも、おいおいと分かる時はくるかもしれないし、置いておこう。
もう一つのびっくりは、ギルド長とか街の関係か。
「む? 変だな」
たしか、貴族らがこの街の維持に金を出したくねえってごねたから冒険者ギルドが出来たんだろ?
国がしがらみまみれの手駒を派遣するって、結局は国が仕切ってるってことかよ。
その割に、ギルド長は砦のおっちゃんと仲が悪そうだが。
まあ、やってる仕事は似たようなもんだし。
いわゆる部署が違うだけというなら、派閥争いもやむなしか。
仕事のやる気はある。
あるけどさ……。
「そういうのは面倒だよなぁ」
知らないところで勝手にやっててほしいと思ってしまう。
まあ、いいや。
俺が気にしてどうにかなるもんでもないし。
「行くか」
俺の日常はこれからだ!




