109:案内役きどり
コントローラーの新機能を試すことができ、心にも一区切りついた。
また余計なことに惑わされる前にと、北から東の森沿いに差し掛かり、面倒な生え方をしている背高草を刈りつつ、目に付くケダマ草やカピボーも片っ端からむしる。
ようやく自分自身の置かれた状況が見えてきたように、さっぱりした気分だ。
今まで読んだ物語なんかだったら、到着したその日にでも判明しておかしくないことの数々。
知ってりゃすぐに身の振り方を決められるから、話を進めるのにそう持っていくんだろう。
「それに比べて俺のひどさよ」
手探りすぎる。
これがレトロRPG世界なら、ダンジョンの入り口から十歩目の壁に階下へ進むための鍵が隠されているとかなんとか、方眼紙に手書きマッピングしたものが十数枚生まれる程度の手間で済む。必ずクリアできると思えば、全マス踏破する根性を出せなくもない。
しかし何かの鍵となるイベントが始まるわけでもない現実で、魔物のいる広大な世界を伊能忠敬さんごっこなんぞしたくないわ。
「もう袋一杯か」
愚痴ってる内にやけになって、すぐにケダマ草が集まっていた。
嵩張って邪魔だ。ちょうど昼飯時になったことだし休憩がてら戻るか。
仕方なく、またギルドへと走った。
「コエダさん、これお願いします」
「もう、ですか?」
獲物を窓口に置くと、大枝嬢は目を丸くした。一度持ってきたばかりだし、働き過ぎじゃないかと言われたばかりだったな。
何か指摘されるかと思ったが、別の言葉が返ってきた。
「ちょうど良かったでス。お見送りの件は、明日になりそうですヨ」
「そんなに早く?」
慌ただしいことだが、いつでも動けるように準備はしているだろう。
「まだはっきりとは分かりませんが、今朝は早くからシャリテイルさんらと出ていまして、そのような話題があったようでス」
遠征から戻った翌朝から、祠の検証か。シャリテイルには、本当にご苦労様だ。
戻ったその晩でなかっただけましか?
なんにしろ、大枝嬢がシャリテイルから直接聞いたというなら、すぐに開放されたんだろう。
それに、大枝嬢の態度も特に変わりないなら、結界に問題もなかったようだな。
俺の報告に齟齬があったなら、とっくにすごい剣幕で連行されてそうだし。
「通常、午前中には街を出立しますから、今晩には予定もはっきりするでしょウ」
なら、今日は好きにできるな。明日の朝は近場で過ごそう。遠出できる場所なんかないけど。
大枝嬢に礼を言ってギルドを出た。
また一つ憂いがなくなったことだし、集中して東の半ばまで進むぞ。後はケダマ草に気を取られたりしない。
シェファたちも助かるらしいとなれば、頑張りがいもあるというものだ。晩飯の干し肉が一枚増えるかもしれないからな!
その前に、柵の北端辺りに来ると腰かけて昼飯のパンを齧った。
柵は人家に近いし、結界が張ってあると知ってからは特に、安心できるせいか定位置になっている。
水で流し込むように食べ終えて立ち上がると、左手に見える砦の影にある狭い通路から、人影が現れた。
「珍しいな。珍しいのか?」
そういや畑側と違って、森の方で他の奴らを見たことないな。シェファの説明もあり、そういう場所かと思っていた。
向こうもこっちに気付いて何やら手を振りだした。
「タロウじゃねえかあ!」
驚いてよく見ると、見覚えがある冒険者の姿だ。いや、ほとんどの奴らが見覚えがあるようなないような感じだが……。
とにかく驚いたのは、まともな名前で呼びかけられたからだが、宿の四人組で納得だ。
こいつらは俺の草伝説がどうのは知らないはずだからな。知らないままでいてくれ。
野太い声で叫んだのは、炎天族のコルブだ。
こいつら、こっちに来たってことは、山に入るんだろうか。すぐに合流し、声をかける。
「今日の仕事は午後からか」
「ああ、ちいっとばかし楽なところで過ごそうかと思ってよ」
だらだら過ごすのも飽きたから本気で毎日通ってるとか言ってたはずだが、短い期間だったな。こいつらが楽な場所といえば俺には地獄に違いないが。
「案内は受けたが、初めてきたからさ。どこから入ったもんかと思ってね」
「どうも、道があるようには見えんな」
昼でも気だるげな森葉族のバルフィが、かったるそうに話すと、パーティーのリーダーらしい岩腕族のハンツァーが、肩をすくめて続けた。
これが、中ランクでも上位者の風格というものか。
ぱねぇな。道に迷っちゃったというのに、悪びれることすらしない。
っと、茶化してる場合でもないな。
あちこち巡ってたら、こんな地元の人間しか分からなそうな場所は幾らでもあるだろう。
「案内するよ。こっちに道がある」
「おお、さすがは地元冒険者!」
「助かるぜ」
昨日、知ったばかりだがな。下見をしておいて良かった。
俺は木の根元を見ながら歩いた。昨日の内に、入り口あたりの枝葉を払うついでに下調べして、目印にと枝を刺しておいたのだ。
「ここから縫うように歩くと、すぐに上り坂が見えるから」
先に進みながら振り返ってビクッとした。
森に踏み込んだ途端に、四人から食堂でぐーたらしてる雰囲気が消えた。
危険な場所は、まだ先なんですが。ビビらせないでほしい。
……強くても、普段からこうして警戒するもんなんだろうな。俺も見習おう。
「待て待て、タロウ。ここでいい。中ランク中難度の場所だろ」
「さすがに低ランクの奴を連れていくわけにゃいかん」
なんと律儀な。
「いや、この辺は低ランクの森で、鬱陶しいのはケダマくらいのもんだ。そこの小山で、急にランクが切り替わる面倒な場所らしい」
「ほーん、そんな場所があんのか」
もちろん話に聞いただけだし、その先は知らん。
坂の辺りで、分裂したい魔物が渋滞起こしてそうな場所だなとは思う。
「ジェッテブルク山に繋がってっから、思いっきり魔脈が浮いてんだろうなあ」
「魔脈が、浮いてる?」
あ、渋い顔された。知ってて当たり前のことを聞いてしまったらしい。
「……まあ、いいか。魔脈が魔泉を開こうとして、地面を押し上げるんだとよ」
「だから、この周辺一帯の山は、魔脈によるものだろうと言われてる」
「この周辺ってか、王都との中間にある山脈も、魔物が出る山は全部そうだな」
ペリカノンらしき魔物が飛んでいた山並みを思い浮かべた。あの辺も距離はあると思うが、あれだけでなく、何日も距離があるらしい山脈までも、全部?
……そりゃ、とんでもない規模だ。
あれ、山脈を越えるといえば、こいつらも帰るんじゃないか?
「そういえば行商団の護衛だよな。いいのか、もうすぐ帰るのに、危険な場所に入り込んで」
怪我したら困るのも当然だが、疲労が抜けないまま旅に出て大丈夫なのか?
「おっなんだ、やけに情報が早いな。俺らも今朝聞いたばっかだぜ」
「だから、そのために難度低いところに来たんだよ」
そうですか。中ランク中難度が、低いところ。感覚が違う!
油断しない奴らだってのは、振る舞いで分かったし、俺に心配されるまでもないだろう。聞いた限りでは中ランク上位者だし。
外のやつらで、俺の評判をよく知らないはずの冒険者たちか。それも明日にはおさらばする……これって、山の魔物や、人の仕事ぶりを見るチャンスじゃないか?
「あのさ。もし、余裕があるなら、少し見学させてもらえないか」
言ってから、しまったと気付いた。さっきより、さらに呆れた顔が見下ろす。
「そういったことはな。地元の仲間とやれや」
つい人が好さそうだと甘えすぎた。
今までも、迷惑かけそうだからと避けてきたことだ。それを、よく知らないやつに頼もうとするなんてどうかしていた。
「そうだな。悪かった」
「いいってことよ」
口を閉じて、道なき道を歩き、傾斜が強くなりだした場所で足を止め、振り向いた。
「ほら、見えるか」
密集した木々と垂れ下がった蔦やらで、ほぼ見通せないが、低木の隙間には黒々とした土が見える。
まるで壁かというような角度の斜面で、ここからはよじ登らなければならないように見えるが、木の根っこが階段のような段々を作っているらしい。俺が見ることはないが。
「うわ、こりゃ大変だな」
前もって、目的地までの道だと聞いていたのでそのまま伝える。
「よく見ると道筋が見えるから、歩いて登れるはずだ」
「そりゃいい」
早くもうんざりしているのは炎天族の二人だ。
シェファだって入り込んだことはないはずだし、事実と違ったらどうしようか。
今さらながら注意してくれと念を押す。
「俺が来れるのは、ここまでなんで」
下見の場所よりは進んでしまったけど、走って戻ればすぐに出られるし大丈夫大丈夫。
狭い場所だ。傍の木に張り付くようにして道を譲る。
最後尾を歩いていた炎天族のメドルが、俺の前で立ち止まった。
「焦んなよ」
前を行く奴らも振り向いて、同意するように頷いた。
あいさつ代わりに笑みを見せると、さっさと歩いていきやがった。
数歩離れるだけで、姿は枝葉に紛れて見えなくなる。
とっさのことに何も言えず、馬鹿みたいに頷き返しただけだ。
残された地面を踏みしめる音を聞いていた。
「……情けない」
やっぱ、経験者との行動は、学べることが多い。
「経験か」
みんな、何年もかけて磨いてきたんだろう。
今すぐどうにかできる裏技なんかないんだ。
気楽にいったほうがいいけど、楽しようとするのは駄目だよな。
踵を返して走り出し、木の根に躓いてこけかけた。




