108:当てがあるということ
ひとまず定めた目標の、一万マグ回収を早くも達成した。
うずうずする気分を抑えつつ、まずは安全確保に南の森を一掃し、道標の側に立つ。
途上でキツッキを捕獲済みだ。
でかい嘴とケダマ胴体の間をがっちり抱えていれば、短い脚の鉤爪は俺の体まで届かない。
道具袋が開け辛いため、地面にキツッキを置いて膝で固定。
「ぐキュ」
コントローラーを取り出し、腕を伸ばして自分の体と距離を取った。
「おい謎コン、今日こそ貴様に引導渡してやる」
一万で起動するのかも怪しいが、刃が出たとして切るのが間に合うか?
初めから下に向けておこう。
立ち上がってキツッキを片足で踏みつけ直し、前に見た光の長さを思い出しながら、地面との距離を調整する。
すごく、残酷な構図だ。
「許せキツッキ」
一部始終を見逃すまいと息をつめる。
「……ヴリトラソード!」
言葉を発するや走る、わずかな振動。
来い。
「きたっ!」
風切り音と共に光の刃が形を成し、同時にキツッキの体は霧散した。
まるで砂が崩れるように、悲鳴すら上げる間もなく。
不気味なほどに、なんの手応えもなかった。
「これ……やばくね」
キツッキが消えた地面には、なんの跡もない。
見たまんま、光なのか?
確かめるべく刃に触れようとして、手が止まる。
俺も、粉々になる?
柄に見える方を枝で触ろうとした寸前で、光はかすかに点滅して消えた。
「また、やっちまった……」
うっかりしている暇はないと分かっていてもこれだ。いやだって、びびったし。
ま、まあ、武器として使えるかどうかは確認できたし、失敗じゃないから。
「よし、ミッションコンプリート!」
そういうことにしておこう。
実際、幾つか分かったことがある。
見た目通りの光で、実体のある剣ではないらしい。
キツッキは崩壊したが、地面に刺さった跡はないことから、切るというよりはマグによる破壊なんじゃないか。
例えば結界のような……。
「これが、聖質の魔素の効果?」
そんなわけ、ないよな。取り込んでいるのは魔物のマグだぞ? しかも複製してるような偽物っぽい感じの。
出てくるときに青くなってるってことは、聖質に変わってるからということになるが……。
邪質の魔素を、聖質に変換するだ?
だって、なんて言ってた?
ビオやギルド長にシャリテイルの話を、懸命に思い返す。
世の中に聖質の魔素は少なく、聖質の魔素を扱える者は、国に数人しかいない。
ただ、ビオたちの話から、加工できるとは聞いた。
でも魔技石作製の技術を結界石作成に応用するとかで、変換できるなんて話は一切なかったはずだ。
変換に、言い換えられるようなことを言われてないかと記憶を探ったが、思い当たらない。
そもそも、何かから変換できるなら、ビオのように国から強要されるわけない。
「ま、ますます知られたら、まずそうな気がしてきた……」
これは、俺が扱えているわけではない。
加工どころか、そもそも取り出すこともできないものだ。
キツッキが消えたあたりの地面をよく見るために、しゃがみ込む。
どうも、なにかもやもやとするんだけどな。
あんま、細かいことは気にすまい。
これなら危険なやつにうっかり出会っても、起死回生の一撃を放てるラッキー!
そんくらい軽く受け止めておこう。
タイムリミットのような制限が厳しいところとか、本気で必殺技っぽいし。
いざという時のために、こつこつ集めておけばいいだろう。
それなら検証には、もう十分かな。
五千から一万マグの間で起動するかは確かめなかったが、維持時間を考慮すれば起動するだけ無駄だろう。
あ、柄の確認があった。
思ったより速く一万マグ貯められることが分かったし、そっちを試したらおしまいにしよう。
一応、数値も確認しておくか。
『レベル24:マグ0/61479』
見事に空っぽなのは分かってた。
それより気になっているのは、最大値の方。
こっちが集めるだけ増えていくと考えたら自然と口元が緩む。
必殺技レベルの威力を持つ武器が無制限に、いや長時間でも使えるようになったら。
「くくく、可能性は無限大……」
目が眩んでるところ悪いが、思い出せタロウ。今のナイフ並みに使えるだけのマグを貯めるのに、一体どれだけかかると思ってる。南の森を制圧できるようになったくらいで、いい気になるな。現実を見ろよ?
そんなツッコミをいれる理性が憎い。
ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか!
よし、移動だ。北を攻める前にケダマ草退治しよう。
あれこれ渦巻く煩悩を振り切るように、草原側へ向けて走った。
ケダマ草採取は三袋くらいで止めて、北の森へ移動がてらギルドに納品する。
「タロウさん、ここのところ物凄い勢いで働かれてますネ」
あまり根を詰めないようにと大枝嬢の気遣いを背にギルドを出た。
昨日の今日だし、ビオの予定はまだ分からなかった。
午前中には東の森沿いを片づけようかなと、なんとなく予定を決めると、コントローラーに考えが移る。
考えるほどに、興奮してくるのを抑えられない。
奥の手がある。
それは戦闘する者にとって、生死を分ける重要なことじゃないか。
もしかしたら、これが俺に残された活路かもしれない。
強くなれる、唯一の手段なのかもしれない――。
これなら、ノマズだろうがカラセオイハエだろうが、それどころかアラグマだって倒せるに違いない。
もっとレベルアップできれば、ステータスによって人族補正を覆せるはずだ。
そうすりゃ俺だって、並の中ランク冒険者になれるかもしれないだろ!
頭の中が、そんな叫びに埋まっていく。
大きく息を吸って、吐き出すように言葉にしていた。
「馬鹿な考えは、捨てろ!」
熱くなった頭を冷やすよう深呼吸する。
宝くじなんか当てて人が変わるような気分って、こういった状態なんだろうな。
自力で手に入れたわけでもなく、使う当ても身についた感覚もない癖に、なんでもできるような気がしてさ。手段が目的になって、周りが見えなくなっていく。
俺にも、こういったことがあるとは……調子に乗りやすいから別におかしくないか。
なんだか、恐ろしいもんだな。
別のことへ意識を移そうと、コントローラーの数値の中で、現在のレベルに目を向けることにする。
レベル24。
ステータスにするなら、体力216、魔力216、生命力216、腕力192、敏捷192、集中192、幸運192。
ゲームと同じように計算すると、十分に中盤を戦える数値だ。装備が整った上にパーティーを組めばだけどな。
これで俺が最底辺なら、クロッタたち低ランクはもっと上ってことだ。
魔物のレベルがおかしいことを考えたら当然なんだろうけど。
中ランク冒険者は幅が広いから分かり辛そうだが、レベル40あたりが低ランクとの区切りだとしっくりくるかな。
中ランクでも上位らしい宿にいるハンツァーや、西の森のまとめ役たちは、倒してる魔物の話を合わせて考えると60辺りだろうか。
シャリテイルもソロで動くのは中ランク指定の場所だけと言っていたから、そんな感じがする。
高ランクの奴なんて、どんだけのレベルなんだか。
仮にカイエンがレベル80だとしたら。
体力720、魔力720、生命力720、腕力640、敏捷640、集中640、幸運640。
満遍なく割り振った俺の基礎ステータスで計算してどうする。
これに種族補正を加えるなら、体力が減って腕力と敏捷がもっと上がるだろう。
あ、これは俺もだ。補正を俺に加えたら、もっと悲惨なことになるな……。
これは俺自身のあわよくばといった下心に止めを刺すだけの、無意味な計算だ。
ため息が出る。
これまでの生活で、この伸び。届くわけないんだよ。
俺自身が、コントローラーの強さに見合わない。
振り回されるのは目に見えている。
まあ、切り札になるのは確実だ。
目先の強さのためではなく、保険としておくのが無難だろう。
それでも何もない俺には、その事実があるだけで安心感が違う。
そう決めると、もやもやした気分も晴れたようだった。




