106:防具を作ろう
シャリテイル達が無事に帰ってきたことで、気力が戻っただけでなくテンションも上がりすぎている。持ち帰った甲羅を宿に置くと、北から東の森へと走った。
午後も快走。快小走り。
そしてハックアンドスラッシュならぬ、カットアンドスラッシュ!
切るしかしてねえ。
今日のところは、刈りと狩りの様子見程度に済ませるつもりだ。
木々の密集具合を見て身動きの取りやすい場所に当たりをつけ、シェファに教えられた道なき道の枝を払った。進みつつ藪をつつき、魔物の変化を確認する。
カピボーがケダマに変わる辺りまでだが、どの辺りまで入り込めるか調べた。
妙なテンションのせいで余計なことをしている自覚はある。
他に何が出てくるか油断はできないが、柵との距離――結界の効果は南や西の森方面で掴んでいる。これ以上は進まない。草刈りついでのカピボー退治に留めて置くさ。
知識も経験も、こうして浮かれているときに身を助けるものかもしれない。
「だいたいわかった。待ってろよ、明日から本気出す」
慎重に行動すれば、現在の行動範囲では今まで揃えてきた装備で十分だ。
できればもう少しだけ厳しい相手に対応できる装備は欲しいが。具体的には四脚ケダマとケムシダマくらい。
防具のあても考えておきたいが、やりたい事が増えてきて思考も煩雑になってきた。
「目下のところはマグ集め、だよな」
なんせ、コントローラーの機能は数秒でも試せればいいんだ。
あとどれだけ量が必要か分からないが、起動したマグ量は分かってる。
ただ、もう南の森の魔物量では不十分になってきている。
感覚的には二時間もあれば一掃しているし、ある程度元の数に戻るのは四時間ほどかかる。あくまでも体感だけど。
「……あー、またマグ時計が欲しくなってきた」
こういった煩悩が駄目なんだよ!
頭を予定へと戻す。
今ならケムシダマや四脚ケダマでも、前ほどは苦労しそうに思えない。
だけど奥の森の奥地なら、モグー。草原なら近くの花畑からスリバッチに襲われる危険がある。
そんな風にあれこれ考え、できることの中から回転率を重視して予定を組んだ。
朝一で南の森を一掃して、北の森沿いを刈りながら積極的に藪をつきカピボー退治で昼まで。
午後からケダマ草採取しつつ南の森再びと。
どや、完璧だろ。
いつもと代わり映えしない気がするのは気のせいだ。
こまめに移動することになるし、こんな時は小さな田舎街で助かる。
予定というからには期限も決める。
コントローラーの作動条件がいまいちはっきりしないため、一万溜める毎に確認する。
もし一万で駄目だったら、またしばらく放置するつもりだ。
前回使用時に三万超えてたが、そこまで続けるなら普段の生活を心がけた方がいい。ほんと行ける場所が少ないというのは、やりようがなくて困る。
低ランクと中ランクの壁は、実に分厚いな。
午後も半ばを超えても、無駄にやる気になっていた俺は再び南の森へ向かった。
南の森を殲滅し終えたのは、体感でも一時間ほどだったが、まだ数が戻ってなかったようだ。
日が沈むまで時間はある。ツタンカメンも戻ってるか期待薄だが、奥の森を覗いた。
運よくすぐに一組を見つけたが、これで終わりにして戻ろう。
甲羅も四枚だけだし一応持って帰ることにした。
体を作るのにそこらの木から樹皮を剥いでるようだから、いつも幾つかは残していた。実際に印を入れて放置してみたら再利用されていたから、的外れではなかった。
だけど何度か歩き回る内に、幹の方に剥いだような跡はあるものの、日々の増え方と合致しているようには思えなくなっていた。
「どこから調達してるんだ?」
道標までくると、肩に蔦で引っ掛けていた甲羅を足元に置き、水を飲みがてら石に座り込む。
石は木の側に置かれてあるから、背もたれ代わりの木を殴った。
「ぷカムッ!」
落ちてきたホカムリをキャッチして叩き潰した。
ホカムリお気に入りの場所らしいのは確実だ。
もう俺の頭を巣にはさせない。
甲羅の材質を確かめてみた。
数種類の木の皮か、年月による変色か、無造作に重ねた表面はまだらだ。
乾燥して良く燃えるらしいが、元は何かでくっつけているはずだ。それが、ひび割れから覗く黒かったり白っぽい乾燥した土のようなものかなと思う。
「土か……あるな」
こいつらが生まれるとしたら、泥沼付近の魔物からだろう。
あの辺は倒れて腐ったような木もあったし、周囲が見るからに枯れそうだった。
じゃあ、あの辺りの魔物を倒さないと、森林破壊は止められないのか。
小規模だし、ギルドも放置してるくらいだから、大して危険はないってことだろうか。
腐った落ち葉なんかは、逆に栄養になるんだったか?
よし。あまり余計なことを考えるのはやめよう。
恐らく泥沼周辺の倒木から持ち込んでる。
それから乾燥するまでにどれだけかかっているのかは分からないが、自然乾燥じゃあないように思う。
今まで見たものも、いつもこんな状態だし。
ツタンカメンの特殊能力によるものとしか考えられない。
だったら、もう少し多く持ち帰っても良さそうだ。
まあ、だからといってストンリに持ち込むことはしない。
低ランク素材なんて買うのは俺くらいのもんだし、不良在庫品増やす手伝いはしたくない。
そんな低ランク防具でも、俺には十分だった。
つい木にぶつかることはあるから、樹皮の肩当ては衝撃を和らげてくれてるし、殻の肘当ては、かじろうとするカピボーを撃退したことが何度もある。
思えば地味に役立っていた。
中ランク上位者のシャリテイルですら不意に攻撃を食らうことはある。
俺なら尚更あるだろう。今後も、何度でも。
樹皮甲羅は、俺でも削る加工くらいはできるよな。
防具は後回しだが、何か工夫できるんじゃないか?
柔らかい素材だから胸当てなんてのは無意味だろうが、他に守りたい箇所。
ひらめいた衝動のまま、ナイフを甲羅に振り下ろしていた。
手ごろな大きさに叩き切り、ナイフを切り口にあて、カンナのようにして削る。
ストンリに加工してもらった肩当ては、素のままよりも層の密度が上がって硬く丈夫に仕上がっている。型崩れしないような加工でもあるだろう。
これは試しだから、そこまでは必要ない。
むしろ、柔らかめが向いている。
小型のナイフを取り出して両端に穴を開けて、紐替わりに布を通した。
ただ、これで縛って固定は難しそうだ。
布で全体を覆って縛るか。二枚で足せばどうかな。
内側にも折りたたんだ布を詰める。
出来上がった、サドルをもっと湾曲したような樹皮を布で覆い、紐をつけた無様な代物を持ち上げた。
これまではズボンの丈夫な生地が、大事な部分をカピボーの凶悪な牙から阻んでくれた。
きっとそれは偶々だ。
固定し辛そうだな。あ、パンツ二重履きでいんじゃね?
蒸れて嫌なことになりそうだけど、それ以上に大変な事故から守るためだ。
幾ら人が来ない場所だからと、外で着替えるのはさすがにできない。
ズボンの上から装備することにした。
おお、意外と納まりが良い。
「装着! また一つ隙がなくなったな」
そのまま剣を振ったりと動いてみる。
ズボンの上からだとしても、邪魔にはならなそうだ。
「ッキ!」
キツッキの鳴き声だ。
「ちょうどいい。来い!」
装備の信頼性は実戦で使えるかどうかで決まる!
木の高い位置に張りついているキツッキだ。俺は頭上を慎重に眺める。
幹を引っかくような音が背後から聞こえた。鉤爪に力を込めた跳躍する前の合図だ。
即座にそちらへ体を向ける。
「はぇ?!」
そのキツッキが跳んだのは、低い位置からだった。
ケダマほどの体と同等の大きさを持つ嘴が、俺の胴に吸い込まれる寸前に、どうにか殴り落とした。
落としていたが、嘴は、たった今誕生したばかりの防具へ直撃していた。
「ふんぐっぬっうぅっ……ふぅっ!」
頭を地面につけて、股を抑えて呻く。
頽れる勢いのまま頭突きしてキツッキは死んだ。良かった。
手さぐりで確かめると、甲羅はひび割れていたが急所は無事だ。
問題はそこではない。
削りが甘く、クッション材も足りなかった。
縁が、股関節あたりに食い込んだんだよ!
本気で性能テストしようなどとは微塵も考えてない。運が悪いにもほどがある。
いや、本格的に危なくなって気が付くよりは良かったのか。
「ともかく、これは、駄目だ……」
性なる防具よ、タロウの名においてここに封印する。
装備を自作する任務は、あえなく失敗に終わった。




