101:ギルド長
再び木に背を預け、死んだ目をして項垂れる。このままゾンビ化しねぇかな。
なんだよ、これ。なんのためにあるんだ。俺がこれまでに稼いだマグが、一分かそこらで消えやがった。
「これじゃ、検証すらできねぇだろうが!」
思わず叩き落したコントローラーを足蹴にしてしまった。拾って渋々土を拭う。
壊れないからといって、物を粗末に扱うのはよくない。
そうだ、恨むべきは俺を送り込んだ野郎だ。そんな奴がいるかは知らんが、いるとしたら人をおちょくって楽しむ邪神と断言する。
足の小指を柱の角にでも思いっきりぶつけろ!
大きく息を吸って、吐き出しつくす。それで全部、嫌な気持ちも出ていった。
ふっ切れた。さっきと違う意味で馬鹿馬鹿しくなってな。
「あーもう、いい。どうでも」
誰の意見も、知るか。
なにかを当てにすんのも、やめやめ。
俺が、ここでやっていきたいんだ。それでいいんだよ。
迷惑もかけるだろうさ。
鈍くさくて見てられないだろうが、構うかよ。
誰にも迷惑をかけずに生きてるやつなんかいねぇだろ。
でもな、俺は怠けちゃいないつもりだ。これからは、もっと……。
やってくと決めた以上は、もう無理だと俺自身が思うまでは続けてやるさ!
報告も頭から抜けて直接宿に戻ろうとしていたが、ギルドは通り道にある。
ぼうっとしたまま歩いていると、機械的にギルドの扉をくぐってしまっていた。
「タロウさんどうされたんでス、泥だらけで!」
慌てる大枝嬢にタグを渡す。
「なんでもないです。南の森を走り回ってきただけですから」
低ランク魔物相手にストレス発散してました……恥ずかしくて言えないな。というか危ないやつだ。
笑顔を作れてるといいんだけど。大枝嬢は何か言いかけたが、困惑したままタグの処理を進めた。
「はい、タグをどうぞ。それから、部屋に寄ってほしいとドリムからの伝言でス。ああ、ギルド長のことですヨ。端の扉を入って階段を上がってすぐでス」
思わず嫌な顔をしてしまった。あのおっさんからも何か言われるんだろうか。
はぁ諦めて、宣告を受けよう……。
人の幅しかない薄暗い階段を上って、一つしかない扉を叩いた。くぐもって意味分からないが人の声がしたため、了承されたと判断し勝手に入る。
「ひどい恰好だな。だが、思ったほど」
ギルド長は俺の顔を見るなり言いかけた言葉を、苦笑で呑み込んだ。
そんなにショックを受けたのが顔に出ていたのか。
「混乱しているようだが、まあ掛けてくれるか。話をしたい」
視線で促された簡素な木の椅子に座った。
「彼女、ビオの肩を持つつもりはないが、少し聞いてくれ」
案の定、さっきの話か。
俺みたいな立場の輩なんぞより、彼女の肩を持つのは当たり前だと思うが違うんだろうか。意見は食い違ってるみたいだったけど。
頷くそぶりでギルド長から目を逸らし、机の上の書類なんかを眺めつつ、何を聞かされるのかと身構える。なんでも来いや。
「魔素は生けるもの全てに含まれる。人は他の生物と比べて多い。だが、他の生物と同様に、大部分の人間が聖よりも邪の質だ。聖者と呼ばれる資質を持つ者は、各国に片手で足りるほどしか存在しないと言われている」
いきなりの聖者様お勉強会。
ギルド長は、聖者のできる仕事を淡々と並べた。
聖者とは、簡単に言えば聖質を体内に持つ者。聖魔素に触れることができ、操り、加工のできる者だ。
その聖魔素は、邪質の魔素に酷く反発する。おかげで他に補助の手を借りられないから、彼らは各自、多くの魔素に関する技術を習得しなければならないらしい。
例えばフラフィエが魔技石を作り、ストンリが武器防具をマグ強化する。それぞれが専門的なものを一人でだ。
いずれかの技術が、結界石の改良に繋がるかもしれないという研究の一環でもあるとのことで、おろそかには出来ないのだという。
少人数だから協力し合ってはいるが、誰かが欠ければ埋められない。それで聖者は全員が、出来る限りの魔素に関する知識を学び続けることになる。国中の結界を見て回りながら。
そんな大変な人生を好き好んでやっているそうだが、ギルド長は複雑な感情を笑みに滲ませた。
仕事の次に続いたのは、彼らが聖者の地位にいる背景だ。子供の内から城に引き取られ、英才教育を受けさせられることになるという話だった。
こんな時代の世界なら、いや日本でだって、国を守るのにその人しかできないとなればありそうな話だ。
「聖者の中でもビオは優秀な上に、若い。そのため体力の必要な、辺境への遠征のほとんどを任されているようだ」
責任を果たそうと気負ってるのかもしれない。そんな素質を持って生まれたために、国に未来を定められる。
すげえ、不条理だ。
腹立たしい相手だが、少し共感してしまった。俺もどうあがいたって帰れないから、どうにかここで暮らそうとしてるんだ。
もっとも……俺なんかよりもっと長い時間、苦労して学んできただろう。
道理で。
「……ひねくれるのも無理はないな」
「はは、言うな。言い方はともかく、あれで、より良い提案をしてくれたんだ」
「提案? あれで」
どうにかこの街から追い出そうとしてるように聞こえたぞ。
「彼女はここの農地に転向すればいいと言ったが、冒険者として働くことを選ぶなら、王都へ安全に送ってやると申し出てくれたんだぞ。王都なら、人族でも生活に困らないだけの仕事はある。今の仕事ぶりなら、今より良い暮らしになるのは確実だ」
そうだ席を用意してやると言ってた。
「あれ、本気だったのか」
嫌味とかでなくて。だったら、本当に返事しないと駄目か?
「実際、冒険者になるのが夢だったんだろう?」
夢って……やっぱり大枝嬢たちから報告されてんだろうな。
良い暮らしか。
本当にそこまで考えて言ってくれたのかは怪しいが、提案してくれたつもりというのは分かった気がした。そうでなければ初対面の相手にあそこまで言うか?
ここの常識は知らないけど……。
「タロウ、苦労だろうと幸せだろうと、他人や別のものと比べたって意味はない」
はっとして顔を上げる。困ったようなギルド長を見て思い出した。この人も初対面のようなもんだった。そっちは色々と話を聞いてるんだろうけど。
俺は、まだ何も知らないじゃねえか。
俺だけが、なんにも知らない。
この街のこと、ゲームの裏設定を見ている気分で楽しんでいた。
だけど気が付けば当たり前に暮らしている街になりかけていて、そっからは、なんにも進んでない。
気にかかっていることを確認しよう。
「ギルド長、なんで俺の登録を許してくれたんすか」
色々と報告を受ける立場だ。俺の処遇にも関わってないとは思えない。
「コエダ君の一押しだったからなぁ。彼女は窓口職員の主任だろう。采配は任せてある。それに、彼女は俺よりも人望があるぞ? 下手に反故にしたら俺が突き上げを食らうからな」
「えっ! コエダさんが主任!」
どこかヌシ的な貫禄があると思った……。
俺の反応に、ギルド長は豪快に笑っているが、どこか自信が溢れている。現場は現場に任せるとして、ギルド長としての責任はしっかり果たしてるんだろうな。
それはビオたち面倒くさい奴らの相手をしている姿を見て伝わった。
やっぱ、何か関わってるな。俺に関する不自然な扱い。
けど教えてくれるわけないか。
と思ったが、不意に取り繕ったようにすました顔でギルド長は俺を見た。
「自分がいいように使われていると、気が付いているか」
「それは」
口を開きかけて閉じた。他の冒険者のことだよな。
人族がいなかったから、本来なら人族向きの仕事も手分けしてこなしている。
ギルドも推奨はしているようだが、厳密ではないようだ。片手間でいいとしてるんだろう。例えば進路上の邪魔な藪を払うなんてのは、言われずともやる程度にしか見えなかった。西の魔物たちを見たら、無理は言えないのも頷ける。
一定の時間毎に魔物は増えていく。毎日毎日冒険者が討伐していなければどうなるか。多分、一日でも手を抜けば、繁殖期並みに増えるだろう。
カイエンからカピボーは結界を超えられると教えてもらったじゃないか。カピボーを弱いと馬鹿にしてたが、地面が埋まるほどの数が押し寄せたらと想像すると、ぞっとする。
西の森は、狭い範囲を回っただけだが、人が十分に足りてるとは思えなかった。
表向きは明るく振る舞ってるが、低ランクの奴らだって早く強くなりたいと焦っているだろう。クロッタは足にきたとぼやいていたし、雑用に手を割いて肝心の戦闘に集中できないどころか、それで怪我でもされては本末転倒だ。
持久力といった長所を持ってる点で、俺にはそういった疲労が、他の種族にとってどれだけ辛いものかは想像できない。俺に、強いやつらの動きが理解できないようにさ。
ただ、能天気そうなクロッタやデメントだけでなく、ちょっとは小ずるそうなバロックやライシンに、まとめ役や筋肉仲間……随分と率直だった。
ある日、俺が現れた。初めは真面目にやってるか様子見してたはずだ。
どうも続いてるようだから、できれば面倒くさい仕事をやってほしいと思ったんだろう。これは向いてないからであって、奴らが怠けたい主な理由ではない。
任せられるといった信頼でもないだろう。少なくとも口だけ野郎じゃなさそうだと、行動で示せたんだと思う。
貧窮してるのも知ってて、俺にとって割のいい仕事と、奴らに得になる仕事を提案してくれたんだと、そう思う。
単純に、珍しい奴に興味を持ったからといった理由もありそうだ。話のネタにも飢えてるみたいだし……って、それはいい。
「なんつーか……こっちも、あいつらが守ってくれると当てにしてました。だから、おあいこだと思うんで」
「ほう?」
「それに俺は、そういったところもひっくるめて、いい奴らだと思ってます」
ギルド長は目を伏せ、口元に笑みを浮かべる。
「ありがとうよ」
そう小さく呟いた。
何が理由かは分からないが、ギルド長にとっては重要な問いかけだったようだ。
俺は、良い答えを出せたんだと感じた。




