第六話
それから光安様は、御用に出かけることが増えた。
「明綱、良い話があるぞ」
御用から帰って来た翌日、光安様がそう話された。
「そなたの仕官の話だ」
「仕官ですか」
「そうだ。もう、そなたは佐々木家には戻れない。かといって、この寺にいるのはまずい。兼忠殿がまた、妻の件で逆上し、ここにこないとは限らないのだ」
「私と麗様のこと、疑っているのでしょうか」
「いろいろと言う輩がいるのであろう。そなたとて、しらをきりとおせると思うか」
と光安様がとがめるように言いました。
「私は信明様と麗様のためなら、決して何も話しません」
「もちろん、何事も他言してはならぬぞ。そなたのためにも。だが然るべきところへ仕官すれば、兼忠殿も手はだせまい」
「では、仕官先は」
と私が尋ねました。
「佐藤常春殿じゃ。腕の立つ御家来がほしいと言われておる。京都の将軍も
頼りにならぬ時代。ますます強い武士の時代じゃ」
佐藤常春様は、このあたりでは安川にひけをとらぬ勢力のある領主だった。堅実で控えめな佐藤様は、信頼の厚い人物だと光安様は言った。
寺でしばらく過ごしていたが、麗様を忘れたわけではなかった。あの方が恋しくて、寝苦しく目覚めることがしばしあった。しかし、麗様があの兼忠殿の妻という現実が、目覚めると横たわっていた。確かに、あの兼忠殿がまた、私の前に現れたら、はたして冷静にしていられるだろうか。嫉妬にかられて、刀を抜くかもしれない。やはり、仕官して私も武士として生きていかねばならないと思った。
寺を出て、佐藤常春様の処へ行く日、光安様にお礼を申し上げた。
「光安様には、度々お世話になり、かたじけなく思っております」
「そなたも、これからは心を入れかえて励むのだぞ」
私は今までのことが思い出され、光安様の懐の深さに感謝した。孤児になった私を受け入れてくれたのも光安様だった。
「これからは武士として、恥じない生き方をいたします」
「そうするがよい。そなたはまだ若い。佐藤殿に忠義を尽くし、良き御家来として名を上げるがよいぞ」
光安様の言葉には胸にせまるものがあった。佐々木家では、もはや敷居をまたげなくなった私が、またこうして仕官できるのも、光安様の尽力のおかげだった。
佐藤常春様は佐々木信明様のような武門一辺倒ではなく、商才にひいでていた。ご領地に入ると、市がたち多くの商人たちで賑わっていた。佐々木家で育った私は、ご領地の雰囲気の違いに驚かされた。
館も広く、多くの御家来衆がいた。
私は館の控えの間にいると、佐藤常春様ご自身がいらした。
「そなたが佐々木明綱か」
「はい。この度光安和尚様のお世話により、こうしてお召しかかえていただくことになり、誠にありがたき所存」
私は深々と頭を下げ、ご挨拶した。
「そなたの剣の腕前はたいしたものだそうだな」
と佐藤様は言った。佐藤様は小柄な方だったが、恰幅の良い武士らしい風貌だった。
「今まで、ひたすら剣の稽古に励んでまいりました所以でございます」
「しかも笛もたしなむそうだな」
「はい、早くより両親を亡くしましたので、慰めとして笛を吹いてきました」
「佐々木家一門は源氏につながる名門である。そなたのように眉目秀麗で、剣の腕がたち、笛の名手となるとさぞかし女子にもてるだろうな」
「いや、そのようなことはございません」
私は恥ずかしくて目をふせた。
「そなたを見た侍女どもが、あれはどなたかともう騒いでいる」
いっそう恐縮して、私は額が汗ばんできた。
「これからは武士として務めに励んでほしい。そなたの剣の腕を欲したのだ」
と佐藤様は真面目な顔で言った。
「もちろんでございます。こうしてお仕えさせて頂きました以上は、佐藤様のお役にたちたいという気持ちでいっぱいにございます」
私はそう言うと、また深々と頭を下げた。