第五話
麗様と私は恋に溺れ、周りが見えなくなっていた。しかし、二人の恋はいつしか侍女たちに、麗様の様子から見抜かれてしまっていた。
私は結局、幼い頃育てられた山寺に戻された。
幼い私を引き取ってくれた光安様は、お年は召されていたが健在だった。
「明綱、すべては聞いた。このようなことになるとはなんたることか」
いかにもあきれたように光安様は言った。
「申し訳ございません。お詫びの言葉もございません」
と私は力なく言った。
「どうする出家するか」
と光安様が言ったが、私は黙っていた。
「そなたは生臭すぎて、出家は無理だ」
と光安様が言った。
「私はあくまで、武士として生きていきたいのです」
「そうであろうな。そなたの剣はなかなかのものだそうだ。やがて、役に立つ日が来よう。今しばらくは、おとなしく身をひそめている以外には術はないな」
と言うと、光安様はその場を立った。
光安様はそれ以上私を責めなかった。しかし、かえって私は自責の念にかられた。信明様のあの苦しそうな顔を思い出すと、私は恩を仇で返してしまったと思った。
すべてを忘れなくてはならない。私はそのために、寺で写経をしたり、座禅をくんだりと、寺の他の御坊たちとともに修行に励んだ。
やがて秋が来て、寺の木が紅葉し始めたときだった。私が庭で剣の稽古をしていると、光安様が本堂から私を呼んでいた。
「何でございましょうか」
本堂に入り座ってから私は言った。
「そなたに大事な話がある」
と光安様が前置きしてから、お話になった。
「信明殿の御息女、麗殿の婚儀が執り行われた」
私は思わず頭を下げた。言葉が出なかった。
「お相手は長門家の三男の兼忠殿じゃ。兼忠殿は養子に入られ、佐々木兼忠になった」
「そうでございますか」
やっと私は言った。
「そなたの気持ちを思うと、不憫ではあるが、これが定めと思い、麗様のことは忘れなくてはならぬぞ」
「わかっております」
「これで佐々木家は安泰じゃ」
と光安様が言った。
その年の紅葉は赤く燃えるように色づいていった。
麗様の婚儀の話を聞いたあと、私は馬を走らせた。
寺から遠く離れた峰に来ると、はるか遠方に佐々木家の館のある場所が見えた。そのとき、初めて涙があふれた。このことは致し方なきことと、自分に言い聞かせたが、あの方が別の男の妻になったという事実に、胸が痛みで引き裂かれるようだった。
それから光安様は麗様の話は一切しなかった。私も何もなかったように日々を過ごしていた。このまま、すべてが過去のことになるのかもしれない。すべてが忘れ去られて。そんな風に思われるように私はふるまっていた。
その日は時雨が降っていた。山寺はいかにも寂しげな様子だった。そこへひとりの若い武士が馬に乗ってきた。私が寺の廊下を歩いているときだった。その武士は馬から降り、下男と少し話すと、私に近づいてきた。私が不審に思い、かまえていると、武士が言った。
「そなたが明綱か」
居丈高な物言いに、私は憮然とした。
「いかにも。そこもとは」
「私は佐々木兼忠だ」
私は体から血の気がひいていくのを感じた。
「これはたいへんご無礼致しました。私は佐々木明綱でございます」
私は深々と頭を下げた。何のために、なぜこの寺に来たのだろう。
「そなたに会ってみたかった。どんな男かと」
「私は今は、この寺の食客の身分にすぎない者です」
「そのようだな。私は、そなたの良くない噂を耳にして、会ってみたいと思ったのだ」
兼忠殿の顔は、憎しみにゆがんでいた。
「噂はいかなることか存じ上げませんが、もはや私はただここで御坊たちと一緒に過ごしている身です」
すると、兼忠殿は笑いだした。
「一生、寺で終わればよい」
そう言うと、私から離れ、また馬に乗り帰って行った。
一瞬の出来事だった。兼忠殿は、私と麗様のことを聞き及び、山寺に来たのだった。
「兼忠殿がここに来たそうだな」
と光安様が言った。
「はい」
「どんなことを申していた」
「私に会ってみたかったと」
私はありのままに光安様に話した。
「まずいな。しかし刃傷沙汰にならなくて良かった」
と光安様は言うと、私の顔を見た。
「そなたが、兼忠殿を殺してしまっては困るからのう」
内心、私は兼忠殿に対して、仄暗い嫉妬の感情を持っていた。
「私はそのようなことはいたしません」
「本当か」
「これ以上、佐々木家の方々を苦しめることはいたしません」
そう言いながらも、あの男がもし切りかかってきたら、どうであったろうと思っていた。
「そなたの身の振り方、考えなければならないな」
と光安様が言った。