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面影  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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第四話

やがては麗様の婚儀の相手が決まる日がくることは、自分自身に言い聞かせていた。信明様から麗様の縁談の話を聞いてから、私はいっそう恋心がつのるようだった。時々、抑えきれない思いを押しとどめようと、激しく打たれるように剣の稽古に励んだ。


 安川家の重臣長門兼行殿には、男子が三人いた。三人目の男子長門兼忠殿が麗様を見初められたのだった。

 盛大な神社奉納の流鏑馬がおこなわれた折り、信明様は麗様を伴った。そのとき、長門殿の御一門に挨拶をした。そこで長門兼忠殿が麗様の美しさに心を動かされたのだった。

 縁談は安川家からの申し入れで、兼忠殿が佐々木家の養子に入るという、佐々木家にとってはありがたい話だった。そのため、佐々木家の家臣たちは、この良縁は亡き奥方様のお導きではと久しぶりに華やいでいた。

 私ひとりが我が思いに苦しんでいた。


 そうしたとき、私はその日の務めが終わり離れに戻ると、子供の頃、寺で

親しんだ笛を吹くようになった。昼は剣の稽古、夕方よりは笛の稽古と、なるべく心をまぎらわすようにしていた。

 いつものように笛を吹いていると、そろそろ暗くなり、闇がせまっている時刻になった。そのとき、かすかな衣擦れがすると、麗様が突然部屋に入って来た。

「明綱様お話があります」

 麗様の必死な様子に私は驚いた。

「麗様どうなさったのですか」

「あなたにお話ししたい儀があります」

 今まで見たことのない覚悟の顔だった。

「こんな夜分に困ります。誰かに見られたらどうなさいます」

 私はそう言いながらも、麗様の来訪に心がざわついていた。

「明綱様は、私が長門兼忠様と婚儀を執り行うこと、どう思われます」

 麗様は座ったそこで、両手を強く握りしめていた。

「それは」

 私は胸に熱い思いがこみ上げ、答えることができなかった。

「麗は長門様の妻ににはなりたくありません」

 麗様は激しさに顔を紅潮させて言った。

「麗は明綱様が好きです」

 その言葉に私は動かされた。

「私も、以前よりあなた様をお慕いしておりました」

 と私ははっきり言った。

「それゆえ、わざとあなた様を避けてきました。でも、誰よりもあなた様を思っていました。この婚儀の話では死ぬほど苦しんでいます」

 思いが突き上げて、私は本心を言った。

「麗は嬉しい」

 と麗様は言うと泣き崩れた。私は麗様が愛おしく、心のままに麗様を強く抱きしめた。

「今宵は帰らないで下さい」

 明け方近く、麗様はその夜の二人の寝所を離れ、自分の住まいの館の奥に帰って行った。恋の喜びを過ごしたあと、私は自分の犯した罪を思った。私はお世話になった信明様を裏切ったのだ。しかし、私は麗様に対する思いは断ち切れなかった。そして、昨夜の出来事が深く私を支配した。


 それから麗様は夜目にまぎれて、特に信明様が留守をしているようなときに、私の離れにやって来た。儚い恋がいつまで続くのかわからないがゆえ、私と麗様は互いの思いをつのらせた。これは、許されざることなのだとわかってはいたが、この腕に麗様を抱くと、その後悔の念よりも恋の情熱がまさってしまうのだった。

 信明様が遠方に御用向きがあるということで、朝早くからでかけていた。その夜も麗様が私の離れに来た。

「明綱様おあいしたかった」

 と麗様言うと、白く華奢な手を私の頬によせた。その瞬間、信明様が部屋に入り現れた。

「この所業はいかなることか」

 信明様は怒りに震え、顔は黒ずんでいた。

「申し訳ございません。すべては私のとがにございます」

 私はその場に頭を伏せ、信明様にお詫びした。

「父上様、明綱様だけが悪いのではありません」

 と麗様も泣きながら跪いた。

「この館の中でこのようなことに及ぶとは情けない。それでも武士か」

 信明様は、腰につけた刀に手をかけていた。もはやこれまでかと思い、私は言った。

「どうぞ、お手打ちにして下さい」

「おやめ下さい。明綱様をお手打ちにするなら、この麗も殺して下さい」

 麗様はそう叫ぶと、かばうように私の前に手を広げた。

「お前たちは私を裏切り、自分の立場も忘れている」

 信明様は息が荒く苦しそうだった。

「明綱、そなたにはここから出て行ってもらう。よいな」

「かしこまりました」

 私はひたすら平伏して言った。

 



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