第二十三話
その後、私は光安様の寺へ行った。
寺では、子供の頃そうしてたように、夕闇せまるとき、縁側に座り笛を吹いていた。
「以前よりも、笛がうまくなったな」
と言うと、光安様がそばに座った。私は笛を置いた。
「いろいろなことがあり、心のひだが深くなったためでしょう」
「そうじゃな。そなたの笛の音は心をうつ美しさがある。続けてほしいぞ」
私はまた笛を吹いた。山寺に響きわたる笛の音は、私にもいつもと違い澄みわたるように感じられた。
「明綱、麗殿のこと、これで良いのかのう」
と光安様が言った。
「麗様は、これからは心安らかにおすごしになるでしょう」
「兼忠殿を弔うつもりなのだな」
「そうです。あの方は、佐々木兼忠の妻なのですから」
「そうか」
と光安様がため息のように言った。
「人の運命などというものはわからないものです。それゆえ、今を懸命に生きる以外に術はないのでございます」
「確かにそうじゃ。そなたはそなたで、懸命に生きてきたのだ」
「光安様にはいつもお世話になり、感謝しております」
その光安様もだいぶお年をめされて、弱られたご様子だった。
「佐々木の家もなくなってしまった。これからの乱世は何が起こるかわからぬが、明綱、死に急いではならぬぞ」
私は光安様に笑ってこたえた。
「大丈夫です。私は武将として、生をまっとうします」
「その言葉、誠であるな」
「誠です」
光安様の目には涙があった。
「笛をもう少し聞かせてほしい」
「かしこまりました」
私は笛を吹いた。その音が失われたすべてのものに、捧げられるようにと願いながら。
それから数年がたった。
秋も深まり、虫の声が聞こえるようになった頃だった。
建光寺の恵恩院様がおいでになった。それは、麗様がお亡くなりになったという知らせのためだった。
「流行り病にかかられて、熱がでて、少しの間苦しまれました」
「なんということか。あの若さで」
麗様は会えない人ではあったが、生きているというだけで、私の心の支えだった。
「麗様は最後まで、あなた様のお話をよくされていました」
「なんと言われてましたか」
「子供の頃のお話でした。よく二人で遊ばれたと」
麗様は、何も苦しみのなかった子供の頃の、二人の思い出を大切にしていたのか。あまりに哀れで、私は涙が止まらなかった。
「これをあなた様にわたしてほしいと、最後に言われました」
ひとふさの髪の毛だった。
「これは出家したときに、麗様が切り落としたものです」
私はそれを手にした。これがあの方の形見。
私は、恵恩院様にお礼を言った。
「本当にお美しい方でした。もっと、生きてほしかった」
と恵恩院様も涙をぬぐって言った。
恵恩院様が帰ったあと、私は馬を飛ばした。そして、かって佐々木家の館があった場所が見える丘陵に立った。すでに夜になっていた。
私はその場で激しく泣いた。これで、大事なものすべてを失ったと実感した。実の父母を幼くしてなくし、そして、育ててくれた佐々木家の人々も麗様ももはやいない。
そのとき、月は明るく赤みをおびた光で私を照らした。私は刀を抜き、夜空にむかって切った。心の苦しみを切り裂くように。
時代はより厳しい戦国時代へと突入した。
増田も安川も佐藤家に滅ぼされた。
その後も、私は戦いに明け暮れた。
やがて戦国の世は終わり、徳川の時代となった。
佐藤家は徳川家に仕える大名として、生き抜くことができた。




