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面影  作者: 槇野文香(まきのあやか)
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第二十二話

桜がほころび始める春になった頃だった。

 常春様の容体もだいぶ良くなり、臥所も上げ、領主としての務めもできるようになっていた。

 その日は、冬の寒々しい憂鬱な日々から解放され、春の芽吹きが感じられる陽気だった。

 部屋で執務をしているときだった。小夜様が来た。

「明綱、話があります」

「なにようでございますか」

「麗様がいらっしゃる尼寺がわかった」

「御存じでいらっしゃるのですか」

 私は、高鳴る胸の内を抑えることができなかった。

「私の母の、京の身内の者がそこの住職を務めております。建光寺という尼寺です」

 麗様はそこにいるのか。

「私が、そなたに会えるようになんとかします」

「麗様が、会うと言うでしょうか」

「あの方とて、そなたに会っておきたいのではないか」

 はたして、それはどうであろうか。

 だが、麗様のいる場所がわかった以上は、とにかく訪ねたいと強く思った。


 麗様のいる尼寺は、山のすそ野に人里離れてあった。私が訪ねた日は桜が満開だった。

 馬を降り、山門に入ると、一人の品位のある尼僧が立っていた。

「建光寺のご住職、恵恩院様におめどおり願いたいのですが」

「私でございます」

 とその尼僧が答えた。

「これは、ご無礼を。私は佐々木明綱でございます」

「あなた様が、そうですか。こちらにお入り下さい」

 と恵恩院様はそう言われると、私を寺の中に案内した。

 寺には石庭があり、石庭に面した座敷の戸を恵恩院様が開けた。

 そこには、髪をおろし、法衣をまとった麗様がいた。

「麗様」

 麗様が私に向かって、軽く頭を下げた。

「私はこれで」

 と恵恩院様は言うと、座敷を出た。

「麗様、ご健勝でいらっしゃいましたでしょうか」

 麗様はうなずいて言った。

「私のことなら、大丈夫です」

「さぞかし、私を恨んでおられることでしょうね」

「明綱様、そのようなことはもうございません」

 麗様は、落ち着いた表情で言った。

「兼忠殿の最後はご存じですか」

「わかっております。それが、兼忠様の運命だったのです」

「私は、あなた様のすべてを奪いました」

 私は心からそう思った。

「もはやそのようなこと。私はすべて御仏にあずけました」

「私を恨んでいないのですか」

「明綱様、すべて終わったことです。兼忠様も生きているときは、嫌いなお人でしたが、今は兼忠様もおかわいそうだったと思えます」

「麗様は、兼忠殿に苦しめられていたのでは」

「そうです。でも、兼忠様は最初から知っていたのです。私があなたのことをずっと思っているということを」

「やはり、そうでしたか」

「やるせない気持ちで、私に辛くあったてきたのです」

 麗様はふと笑いました。

「私はいけない女です」

「麗様、私たちは多くの人たちを傷つけたのかもしれませんが、あなた様をお慕いする気持ちは止められませんでした」

 と私は言った。すると、麗様が涙を流した。

「私も同じです。幼き日より、あなたがいつもそばにいて下さいました。明綱様を好きになったのは、本当に自然なことでした。いつも夢見てました。あなたの妻になることを」

「この世が、戦国の世が、それをゆるさなかったのです」

 と私は言った。

「これからは、亡き父や母、そして夫の菩提を弔いたいと思います」

 麗様が涙をそっとぬぐって言った。

 帰るとき、麗様は私を門までおくってくれた。

「もう、会えないでしょう」

 と私が言った。

「お元気でいて下さい」

 と麗様言った。

 別れてから、私は麗様に振り返って言った。

「私は、生涯妻をめとりません」

 麗様が微笑まれた。

 桜の花びらが舞い上がった。春の霞んだ空が、薄桃色の花びらで、いっそう見えくなった。

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