第二十一話
常春様の傷は深いものであったため、しばらくは動けなかった。それでも、日ごとに体は快方へと向かっていった。
「わしが死ぬようなことになったら、すぐに増田に攻め込まれるところであった」
お見舞いに、常春様のところに行くとそう言われた。
「確かに、そういう算段だったのでしょう」
と私は言った。
「これで、佐々木兼忠も死に、安川もうろたえておるだろう」
「佐藤を攻めるのは、難しいとわかったでしょう」
「家来を増やし、武勇に励んだ成果がでたわ」
常春様はそう言うと、左手の傷をなでた。
常春様の様子が良いのを確認し、部屋から下がると、廊下で小夜様に会った。
「明綱、そなたに知らせたいことがある」
「なんでございましょうか」
「兼忠殿の妻の麗様のことです」
あの方の消息を知っているのか。
「小夜様はごぞんじなのですか」
「麗様は出家されて、今、尼寺にいらっしゃるそうです」
麗様はやはり、髪を下してしまわれたのか。私はそのとき、麗様が心から哀れに思えた。
「戦国の世といえ、運命に翻弄され、お気の毒な人ですね」
と小夜様が言った。
「私はあの方を不幸にするだけでした」
「そなただけが悪いのではない」
「しかし、兼忠殿を打ったのは私です」
兼忠殿を私は憎んでいたが、この手にかけることになろうとは。
「後悔しておるのか」
「いいえ、それはございません」
私も武士。あのとき、兼忠殿を取り逃がすわけにはいかなかった。
「そうであろう。麗様とて武士の娘、そなたの気持ちはわかっておるだろう」
麗様は私を許せるだろうか。
「明綱、そなたにはずいぶん助けられました」
と小夜様が言った。
「とんでもございません。我が務めをはたしているにすぎません」
「今度は私がそなたを助けたい」
と小夜様が言った。
「私が麗様に会わせてあげます」
小夜様の顔は真剣だった。
「お会いしたいのでしょう」
「出家されたのでは、それはかなわぬのでは」
「でも、もう一度、会っておきたいでしょうに」
私は顔をそらせて、うつむいた。
光安様のもとで会ったときも、麗様は佐々木の家を失った苦しみに泣いていた。
そして今度は、夫を失ってしまった。もはや、私には会いたくないのではないか。その一方で、今生の別れに、今一度だけ、麗様に会いたかった。




