第二話
綾よ。そなたも存じていることだとは思うが、私は上総の国の豪族のひとり息子だった。相次ぐ合戦の末、孤児となってしまった。そして私は幼いとき、血縁の寺に預けられた。山寺の生活は寂しいもので、幼い私は日々涙にくれていた。父母を思って、月の光を肉親の面影と思って泣いていたものだった。そんなある日、立派な武士が従者をひとり従えて、山寺にやって来た。その武士は長い時間をかけて住職の光安様と話をしていた。
私が縁側に座り笛の練習をしているときだった。寺の下男が光安様の命で、私に来るようにと言うのだ。
「これが千寿丸でございます」
部屋に入って来た私を見て、光安様がそう言った。
「そなたが千寿丸か。大きくなったな。そなたの父上はよく存じておるぞ」
その立派な武士は佐々木信明という人物だった。
「そなたと私は同じ一門のものである。そなたのことを父上から頼まれていたのだ」
「千寿丸良かったな」
と光安様が安堵した表情で言った。
「私はどうなるのですか」
私は不安気に言った。
「そなたは私が引き取ることにした。按ずるでない。そなたを私のもとで元服させ立派な武士にしてみせる」
「信明殿、かたじけない。これで千寿丸の将来が決まりました」
光安様は佐々木信明様に深々と頭を下げた。
こうして私は佐々木家に引き取られることになった。
佐々木信明様は武勇の誉高く、合戦で多くの功績を残し、この佐々木信明様の人となりを知る我が父が、私のことをお願いしてあったのだ。
佐々木家は質実剛健な家風で、質素ではあるが、武門の誇り高い信明様の下で家臣団は一丸となっていた。しかし、そんな信明様には唯一悩みの種があった。信明様には病気がちの奥方様がいらっしゃった。たいへんお美しい方で、病気がちのため青白い顔がいっそう美しさをひきたたせているようだった。そしてこの奥方様と信明様との間に姫君がひとりいた。
私が姫君とお会いした日のこと、生涯忘れることができない。信明様に連れられて、私は奥方様のいる館の奥へ行った。ちょうど新緑の美しい時期だった。
奥方様はその日はお元気で姫君と人形遊びをしていた。
「これが千寿丸だ。よくよく見てやってほしい」
と信明様が言った。
「まあ、りりしい若武者ですこと」
と奥方様が言った。
そのとき、あどけない姫君が母君の手元を離れ、座っている私の顔を覗きこんだ。そして姫は言った。
「私の兄上様になるのね」
信明様が笑って言った。
「これは娘の麗だ。千寿丸も宜しく頼むぞ」
「はい」
私は早くより両親を失った身であるがゆえ、この信明様、奥方様、姫君を、我が家族としてお守りしていこうと決意したのだった。
佐々木家では私は武士として学問に、剣術に励むことができた。寺での生活とは違い、私は佐々木家のひとりとして見守られて成長することができた。
やがて私も元服を迎えるときが来た。
「千寿丸、そなたは元服して、佐々木明綱と名のるがよい」
と信明様が言いました。
「佐々木明綱、信明様の一字を頂けるとは、恐悦至極でございます」
私は心から嬉しく、涙が自然と頬を伝わった。
「明綱、そなたの剣の腕前はひとかたならぬものがある。よくぞ今日まで励んできた。これからは佐々木家の武士として、世に名を問うような働きをみせてほしい」
「ありがたきお言葉、私は信明様のため一命をかける所存にございます」
父亡き後、信明様は誠の父以上に私を助けてくれた。そのため、私は信明様に身を投げ打つ覚悟だった。
こうして私は元服し、佐々木明綱と名のるようになった。その頃、麗様は美しく成長され、長く艶やかな髪、娘らしい溌剌としたお姿に、私は密かに恋焦がれていた。