第十七話
その後しばらく、ご領地内は平安だった。佐藤家には剣の腕のたつ者が増え、増田も警戒し始めているようだった。
御家来衆との剣の稽古が終わったとき、常春様がいらした。
「明綱、そなたに相談がある」
私と常春様は館の別室へ行った。
「佐々木家のことであるが」
「何用でございましょうか」
常春様が声を潜めた。
「佐々木家を調略するつもりじゃ」
私は体の内側から硬くなっていく気がした。
「調略するとは、いかようにございますか」
「佐々木家の内部に、わしに密通する者がおるのじゃ」
「それはどなたですか」
「そなたも知っておろう。内田道興だ」
内田道興は信明様の重臣だった人物だ。
「ぞんじております。あの道興殿が佐藤家になびくとは信じられません」
「兼忠が嫌いなのじゃ」
「それで佐々木をどうなされます」
「佐々木兼忠を追い落とし、内田道興をあとにすえるつもりじゃ」
「それでは、佐々木は内田殿の手に落ちるわけですか」
常春様は私の表情をみて言った。
「そなたはいやか」
「とんでもございません。私は佐藤家の家臣。佐々木家はすでに去った身。佐藤家のために尽くすのが武家の習いにございます」
私はかしこまって言った。だが、内心複雑な思いが交差していた。
「その覚悟でなくてはならぬぞ。この度の調略、そなたの力をかりたいと思っているのだからな」
「私として、できる限りのことをする所存にございます」
「それでこそ明綱だ。宜しく頼むぞ」
常春様は安堵した様子だった。
佐々木兼忠を追い落とす。
確かに、このまま兼忠殿が当主では佐藤家の包囲網がこのあたりにできてしまう。戦略的にまずいことだった。それを崩すためには、佐々木家から調略するのが得策に違いなかった。だが、それでは佐々木の家を私は裏切ることになる。そして麗様を裏切ることになる。
佐々木家を調略する。
まずは、内田道興に会わなくてはならなかった。
人知れず内田道興に会うために、佐藤家の領地のはずれにある庵に内田道興に来てもらうことにした。その日は、佐久間殿と二人、常春様の名代として庵に向かった。
佐久間殿と二人で庵で待っていると、部屋から内田道興が従者を一人連れて来るのが見えた。顔を隠すため笠を深くかぶっていた。
思い足取りとともに、内田道興が部屋に入ってきた。




